夏目漱石 『明暗』 「始めから黙っていれば、それまでですけれど…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『明暗』

現代語化

「最初から黙っておけば、それでよかったんですけど、一度言い出したからには、持ってきたものを渡さずに帰るのも気が悪いので、どうか受け取ってくださいよ。兄さん」
「置いていきたいなら置いていけばいいじゃないか」
「だから受け取るように受け取ってくださいな」
「一体どうすればお前の気に入るんだか、僕には分からないよ。だからその条件をもっと簡単に言えばいいじゃないか」
「私は条件なんてそんな難しいもの要求してないんですよ。ただ兄さんが気持ちよく受け取ってくれれば、それでいいんです。つまり兄妹らしくしてくれたら、それでいいんです。それからお父さんに申し訳なかったと心から一言おっしゃってくれれば、何でもないんです」
「お父さんには、とっくに前にもう謝ったよ。お前も知ってるじゃないか。しかも一言や二言じゃないよ」
「でも私が言ってるのは、そんな形式的な謝罪じゃありません。心からの反省です」
「僕の謝りが空々しいとでも言うのか?いくら僕が金を欲しがってるって言っても、これでも一人前の男だよ。そうぺこぺこ頭を下げられるものか、考えてもみなよ」
「でも、兄さんは本当にお金が欲しいんですよね?」
「欲しくないとは言ってないよ」
「だからお父さんに謝ったんですよね?」
「謝らなきゃ何も謝る必要はないじゃないか」
「だからお父さんがくれなくなったんですよ。兄さんそこに気がつきませんか?」
「兄さんがそう思うなら、お父さんだけじゃなく、私だってあげられないわ」
「じゃあやめましょう。無理に貰おうなんて言うつもりはないんだから」
「ところが無理にも貰おうとおっしゃるじゃないですか」
「いつ?」
「さっきからそう言ってますよ」
「言いがかり言うな、バカ」
「言いがかりじゃありません。さっきから心の中でそう言い続けてるじゃないですか。兄さんこそドライじゃないから、それが口に出して言えないんです」

原文 (会話文抽出)

「始めから黙っていれば、それまでですけれども、いったん云い出しておきながら、持って来た物を渡さずにこのまま帰るのも心持が悪うござんすから、どうか取って下さいよ。兄さん」
「置いて行きたければ置いといでよ」
「だから取るようにして取って下さいな」
「いったいどうすればお前の気に入るんだか、僕には解らないがね、だからその条件をもっと淡泊に云っちまったらいいじゃないか」
「あたし条件なんてそんなむずかしいものを要求してやしません。ただ兄さんが心持よく受取って下されば、それでいいんです。つまり兄妹らしくして下されば、それでいいというだけです。それからお父さんにすまなかったと本気に一口おっしゃりさえすれば、何でもないんです」
「お父さんには、とっくの昔にもうすまなかったと云っちまったよ。お前も知ってるじゃないか。しかも一口や二口じゃないやね」
「けれどもあたしの云うのは、そんな形式的のお詫じゃありません。心からの後悔です」
「僕の詫様が空々しいとでも云うのかね、なんぼ僕が金を欲しがるったって、これでも一人前の男だよ。そうぺこぺこ頭を下げられるものか、考えても御覧な」
「だけれども、兄さんは実際お金が欲しいんでしょう」
「欲しくないとは云わないさ」
「それでお父さんに謝罪ったんでしょう」
「でなければ何も詫る必要はないじゃないか」
「だからお父さんが下さらなくなったんですよ。兄さんはそこに気がつかないんですか」
「兄さんがそういう気でいらっしゃる以上、お父さんばかりじゃないわ、あたしだって上げられないわ」
「じゃお止しよ。何も無理に貰おうとは云わないんだから」
「ところが無理にでも貰おうとおっしゃるじゃありませんか」
「いつ」
「先刻からそう云っていらっしゃるんです」
「言がかりを云うな、馬鹿」
「言がかりじゃありません。先刻から腹の中でそう云い続けに云ってるじゃありませんか。兄さんこそ淡泊でないから、それが口へ出して云えないんです」


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