芥川龍之介『奇怪な再会』「ねえ、牧野さん。これが島田に結っていたと…

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青空文庫図書カード: 芥川龍之介『奇怪な再会』

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「ねえ、牧野さん。これが島田に結ってたとか、赤熊に結ってたとか言うんなら、こんなに違っちゃ見えませんよねえ。何しろ昔が昔だから...」
「おい、おい、ここの婆さんは目がちょっと悪いようだけど、耳は全然遠くないからね」
「大丈夫。聞こえたってわかんなきゃいいんです...。ねえ、お蓮さん。あの時のことを考えると、まるで夢みたいじゃないですか」
「私も牧野さんに頼まれたから、一度はやったんですけど、ばれたら大変だから、無事に神戸に着くまでは、これでもだいぶ心配しましたよ」

「へえ、そんな危ない橋なら、渡り慣れてそうだけど...」
「冗談言っちゃいけません。人間の密輸なんて、まだ1回きりですから」
「でもお蓮が今いられるのは、本気で君の助けのおかげだよ」
「そう言われると恐縮ですが、とにかくあの時は困りましたよ。おまけにまた乗った船が、ちょうど玄海に出た途端、ひどいしけに遭って...。ねえ、お蓮さん」
「ええ、私はもう船も何も全部沈んじゃうと思いました」

原文 (会話文抽出)

「ねえ、牧野さん。これが島田に結っていたとか、赤熊に結っていたとか云うんなら、こうも違っちゃ見えまいがね、何しろ以前が以前だから、――」
「おい、おい、ここの婆さんは眼は少し悪いようだが、耳は遠くもないんだからね。」
「大丈夫。聞えた所がわかるもんか。――ねえ、お蓮さん。あの時分の事を考えると、まるで夢のようじゃありませんか。」
「私も牧野さんに頼まれたから、一度は引き受けて見たようなものの、万一ばれた日にゃ大事だと、無事に神戸へ上がるまでにゃ、随分これでも気を揉みましたぜ。」
「へん、そう云う危い橋なら、渡りつけているだろうに、――」
「冗談云っちゃいけない。人間の密輸入はまだ一度ぎりだ。」
「だがお蓮の今日あるを得たのは、実際君のおかげだよ。」
「そう云われると恐れ入るが、とにかくあの時は弱ったよ。おまけにまた乗った船が、ちょうど玄海へかかったとなると、恐ろしいしけを食ってね。――ねえ、お蓮さん。」
「ええ、私はもう船も何も、沈んでしまうかと思いましたよ。」

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