夏目漱石 『草枕』 「旦那あ、あんまり見受けねえようだが、何で…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『草枕』

現代語化

「旦那、あんまり見かけないですが、最近来たんですか?」
「2、3日前だよ」
「へえ、どこに泊まってるんですか?」
「シバタさんに逗留してるよ」
「うん、あそこのお客さんですか。そうだろうと思ってました。実は私もあの隠居さんを頼って来たんですよ。――なにしろ、あの隠居さんが東京にいた頃、私が近所に住んでいて、――それで知り合いなんです。いい人でね。物分かりがいいんですよ。去年お嫁さんが亡くなって、今は道具ばっかりいじってるんですけど――すごいものがたくさんあるって噂ですよ。売ったら大金になるだろうって話です」
「綺麗な娘さんがいるじゃないか」
「危ないですよ」
「何が?」
「何がって。旦那の前だけど、あれは厄介者ですよ」
「そうかい」
「そうかいどころの騒ぎじゃないんです。そもそも家にいなくてもいいようなところをさ。――銀行が潰れて贅沢できなくなったから、出てきちゃったわけでしょ、それで恩知らずなんですよ。隠居さんが生きてるうちはいいけど、もしものことがあったら、恩返しなんてできませんよね」
「そうかな」
「当たり前ですよ。本家の兄とは仲が悪いし」
「本家があるのかい?」
「本家は山の向こうにありますよ。遊びに行ってみてください。景色がいいですよ」
「おい、もう一回石鹸つけてくれないか。また痛くなってきた」
「よく痛くなる髭ですね。髭が硬すぎるからです。旦那の髭は、3日に1回はちゃんと剃らないといけませんよ。私の剃刀で痛いんだったら、どこに行っても我慢できませんよ」
「そうしよう。毎日来てもいいよ」
「そんなに長く滞在するつもりなんですか? それも危ないからやめたほうがいいです。いいこともありませんよ。ろくでもないものに引っかかって、痛い目に合うかもしれませんよ」
「どうして?」
「旦那、あの娘は見た目がいいようですが、本当は厄介者ですよ」
「なぜ?」
「なぜって、旦那。村の人たちはみんな気が狂ってるって言ってるんです」
「それは何か勘違いでしょう」
「証拠があるんですから、やめてください。害が及びますよ」
「私なら大丈夫だけど、どんな証拠があるんだい?」
「変な話なんですけど。まあ、ゆっくりとタバコでも吸いながら話をしますよ。――頭洗いますか?」
「頭はいいよ」
「頭垢だけ落としておきましょうか?」

原文 (会話文抽出)

「旦那あ、あんまり見受けねえようだが、何ですかい、近頃来なすったのかい」
「二三日前来たばかりさ」
「へえ、どこにいるんですい」
「志保田に逗ってるよ」
「うん、あすこの御客さんですか。おおかたそんな事たろうと思ってた。実あ、私もあの隠居さんを頼て来たんですよ。――なにね、あの隠居が東京にいた時分、わっしが近所にいて、――それで知ってるのさ。いい人でさあ。ものの解ったね。去年御新造が死んじまって、今じゃ道具ばかり捻くってるんだが――何でも素晴らしいものが、有るてえますよ。売ったらよっぽどな金目だろうって話さ」
「奇麗な御嬢さんがいるじゃないか」
「あぶねえね」
「何が?」
「何がって。旦那の前だが、あれで出返りですぜ」
「そうかい」
「そうかいどころの騒じゃねえんだね。全体なら出て来なくってもいいところをさ。――銀行が潰れて贅沢が出来ねえって、出ちまったんだから、義理が悪るいやね。隠居さんがああしているうちはいいが、もしもの事があった日にゃ、法返しがつかねえ訳になりまさあ」
「そうかな」
「当り前でさあ。本家の兄たあ、仲がわるしさ」
「本家があるのかい」
「本家は岡の上にありまさあ。遊びに行って御覧なさい。景色のいい所ですよ」
「おい、もう一遍石鹸をつけてくれないか。また痛くなって来た」
「よく痛くなる髭だね。髭が硬過ぎるからだ。旦那の髭じゃ、三日に一度は是非剃を当てなくっちゃ駄目ですぜ。わっしの剃で痛けりゃ、どこへ行ったって、我慢出来っこねえ」
「これから、そうしよう。何なら毎日来てもいい」
「そんなに長く逗留する気なんですか。あぶねえ。およしなせえ。益もねえ事った。碌でもねえものに引っかかって、どんな目に逢うか解りませんぜ」
「どうして」
「旦那あの娘は面はいいようだが、本当はき印しですぜ」
「なぜ」
「なぜって、旦那。村のものは、みんな気狂だって云ってるんでさあ」
「そりゃ何かの間違だろう」
「だって、現に証拠があるんだから、御よしなせえ。けんのんだ」
「おれは大丈夫だが、どんな証拠があるんだい」
「おかしな話しさね。まあゆっくり、煙草でも呑んで御出なせえ話すから。――頭あ洗いましょうか」
「頭はよそう」
「頭垢だけ落して置くかね」


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