夏目漱石 『薤露行』 「ランスロット?」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『薤露行』

現代語化

「ランスロット?」
「ああ」
「二十数人の敵と渡り合った際、何者かの槍を受け流せなかったか、鎧の胴を二寸下げて、左の股に傷を負ったそうです……」
「深い傷か」
「鞍に耐えられないほどではないそうです。夏の日の終わりに夕暮れになり、青い夕方を草深い原を進むにつれて、馬の蹄は露に濡れていました。――二人は一言も交わしません。ランスロットは何を考えているのか分かりませんが、私は昼の試合の派手さを思い出していました。風を渡る梢はなく、馬の蹄が地面を叩く音が響くばかりです。――道が二手に分かれます」
「左に行けばここまで十哩だ」
「ランスロットは馬の頭を右に向け直します」
「右?右はシャロットへの街道で、十五哩はあるでしょう」
「そのシャロットの方へ――後から追う私を振り返りもせず、轡を鳴らして去ってしまいます。私も仕方なく従います。不思議なのは、自分の馬を振り向かせようとしたとき、前足を上げて奇妙に嘶いたことです。嘶く声が夏野に響き渡り、馬が普通通りに手綱のままに動き出したときには、ランスロットの姿は、夜とともに闇の中に消えていました。――私は鞍を叩いて追います」
「追いついたのか」
「追いついた時にはもう遅かったです。乗っている馬の息が、闇を押し分けて白く立ち上っています。何でもかんでも鞭で打ち据え、長い道を走りました。黒いものがちらりと現れたとき、私は息を切らせてランスロットと呼びました。黒いものは無視を装って進みます。かすかに聞こえてくるのは轡の音でしょうか。奇妙なのは、さほど急いでいる様子もないのに、なかなか追いつけないことです。ようやくの間一丁ほどに近づいたとき、黒いものは夜の中に溶け込んだように、突然消えてしまいます。理解できない私は追跡を続けます。シャロットの入り口にある石橋に、蹄を砕けとばかり乗りかかったと思うと、馬は何かにつまずいて前足を折ります。私はたてがみを逆立てて前にのめりになります。硬いものにぶつかったと思いきや、私より先に倒れたのは人の鎧の袖でした」
「危ない!」
「危ないのは私ではありません。私より先に倒れたランスロットです……」
「倒れたのはランスロットか」

原文 (会話文抽出)

「ランスロット?」
「あな」
「二十余人の敵と渡り合えるうち、何者かの槍を受け損じてか、鎧の胴を二寸下りて、左の股に創を負う……」
「深き創か」
「鞍に堪えぬほどにはあらず。夏の日の暮れがたきに暮れて、蒼き夕を草深き原のみ行けば、馬の蹄は露に濡れたり。――二人は一言も交わさぬ。ランスロットの何の思案に沈めるかは知らず、われは昼の試合のまたあるまじき派手やかさを偲ぶ。風渡る梢もなければ馬の沓の地を鳴らす音のみ高し。――路は分れて二筋となる」
「左へ切ればここまで十哩じゃ」
「ランスロットは馬の頭を右へ立て直す」
「右? 右はシャロットへの本街道、十五哩は確かにあろう」
「そのシャロットの方へ――後より呼ぶわれを顧みもせで轡を鳴らして去る。やむなくてわれも従う。不思議なるはわが馬を振り向けんとしたる時、前足を躍らしてあやしくも嘶ける事なり。嘶く声の果知らぬ夏野に、末広に消えて、馬の足掻の常の如く、わが手綱の思うままに運びし時は、ランスロットの影は、夜と共に微かなる奥に消えたり。――われは鞍を敲いて追う」
「追い付いてか」
「追い付ける時は既に遅くあった。乗る馬の息の、闇押し分けて白く立ち上るを、いやがうえに鞭って長き路を一散に馳け通す。黒きもののそれかとも見ゆる影が、二丁ばかり先に現われたる時、われは肺を逆しまにしてランスロットと呼ぶ。黒きものは聞かざる真似して行く。幽かに聞えたるは轡の音か。怪しきは差して急げる様もなきに容易くは追い付かれず。漸くの事間一丁ほどに逼りたる時、黒きものは夜の中に織り込まれたる如く、ふっと消える。合点行かぬわれは益追う。シャロットの入口に渡したる石橋に、蹄も砕けよと乗り懸けしと思えば、馬は何物にか躓きて前足を折る。騎るわれは鬣をさかに扱いて前にのめる。戞と打つは石の上と心得しに、われより先に斃れたる人の鎧の袖なり」
「あぶない!」
「あぶなきはわが上ならず。われより先に倒れたるランスロットの事なり……」
「倒れたるはランスロットか」


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