夏目漱石 『二百十日』 「おい」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『二百十日』

現代語化

「おい」
「おい。どう?豆は痛い?」
「豆なんかどうでもいいから、早く上がってよ」
「大丈夫だよ。下の方が風がないから、逆に楽だぜ」
「楽だって、もう日が暮れるよ。早く上がらないと」
「君」
「うん」
「ハンカチ持ってない?」
「持ってるけど、何に使うの?」
「落ちた時に爪を引っ掻いて剥がしちゃった」
「生爪を?痛い?」
「ちょっと痛い」
「歩ける?」
「歩けるよ。ハンカチがあるなら投げてくれ」
「裂いてあげようか」
「いや、僕が裂くから丸めて投げて。風で飛ぶと困るから、ちゃんと丸めて落としてね」
「濡れてるから大丈夫だよ。飛ぶ心配はない。いいか、投げるよ。そら」
「だいぶ暗くなってきたね。煙はまだ出てる?」
「うん。空一面煙だよ」
「激しく鳴ってるね」
「さっきよりひどくなってるみたい。――ハンカチは裂けた?」
「うん、裂けたよ。包帯もうできてる」
「大丈夫?血は出てない?」
「足袋の上で血が固まってるよ」
「痛そう」
「大丈夫大丈夫。痛いのも生きてる証拠さ」
「俺、腹が痛くなってきた」
「濡れた草の上に腹をつけてるからだ。もういいから、立ってよ」
「立つと君の顔が見えなくなる」
「困ったな。それならさ、ここへ飛び込んでよ」
「飛び込んでどうすんの?」
「飛び込めないの?」
「できないことはないけどさ――飛び込んでどうすんの?」
「一緒に歩くのさ」
「それでどこへ行くつもり?」
「どうせ溶岩が流れた跡なんだから、この穴の中を歩いてたらどこかに出るでしょ」
「だって」
「だって嫌か。嫌なら仕方ない」
「嫌じゃないけどさ――それより君が上がれると一番いいんだけど。何とか上がってみてよ」
「じゃあ、君は穴の縁を歩いて。俺はこの下を歩くから。そうしたら上下で話ができるでしょ」
「縁に道なんてないよ」
「草ばっかり?」
「うん。草がね……」
「うん」
「胸まで生えてる」
「とにかく俺は上がれないよ」
「上がれないって、それは困ったな――おい。――おい。――おいって呼んでるのに、なんで黙ってるの?」
「うん」
「大丈夫?」
「何が」
「しゃべれる?」
「しゃべれるよ」
「じゃあなんで黙ってるの?」
「ちょっと考えてた」
「何を」
「穴から出る方法をさ」
「そもそも何でそんなところに落ちたんだよ」
「早く君を安心させようと思って、草むらばっかり見てたら、足元がお留守になって落ちちゃった」
「ということは、俺のために落ちたようなもんだね。気の毒だな。何とかして上がってもらえないかな」
「そうだよね。――でも俺は構わないよ。それより君、早く立って。草の上で腹を冷やすと毒だ」
「腹なんかどうでもいいよ」
「痛むでしょ」
「痛むけど」
「だから、とにかく立って。そのうち俺がここで出る方法を考えるから」
「考えたら呼んでね。俺も考えるから」
「OK」

原文 (会話文抽出)

「おい」
「おい。どうだ。豆は痛むかね」
「豆なんざどうでもいいから、早く上がってくれたまえ」
「ハハハハ大丈夫だよ。下の方が風があたらなくって、かえって楽だぜ」
「楽だって、もう日が暮れるよ、早く上がらないと」
「君」
「ええ」
「ハンケチはないか」
「ある。何にするんだい」
「落ちる時に蹴爪ずいて生爪を剥がした」
「生爪を? 痛むかい」
「少し痛む」
「あるけるかい」
「あるけるとも。ハンケチがあるなら抛げてくれたまえ」
「裂いてやろうか」
「なに、僕が裂くから丸めて抛げてくれたまえ。風で飛ぶと、いけないから、堅く丸めて落すんだよ」
「じくじく濡れてるから、大丈夫だ。飛ぶ気遣はない。いいか、抛げるぜ、そら」
「だいぶ暗くなって来たね。煙は相変らず出ているかい」
「うん。空中一面の煙だ」
「いやに鳴るじゃないか」
「さっきより、烈しくなったようだ。――ハンケチは裂けるかい」
「うん、裂けたよ。繃帯はもうでき上がった」
「大丈夫かい。血が出やしないか」
「足袋の上へ雨といっしょに煮染んでる」
「痛そうだね」
「なあに、痛いたって。痛いのは生きてる証拠だ」
「僕は腹が痛くなった」
「濡れた草の上に腹をつけているからだ。もういいから、立ちたまえ」
「立つと君の顔が見えなくなる」
「困るな。君いっその事に、ここへ飛び込まないか」
「飛び込んで、どうするんだい」
「飛び込めないかい」
「飛び込めない事もないが――飛び込んで、どうするんだい」
「いっしょにあるくのさ」
「そうしてどこへ行くつもりだい」
「どうせ、噴火口から山の麓まで流れた岩のあとなんだから、この穴の中をあるいていたら、どこかへ出るだろう」
「だって」
「だって厭か。厭じゃ仕方がない」
「厭じゃないが――それより君が上がれると好いんだがな。君どうかして上がって見ないか」
「それじゃ、君はこの穴の縁を伝って歩行くさ。僕は穴の下をあるくから。そうしたら、上下で話が出来るからいいだろう」
「縁にゃ路はありゃしない」
「草ばかりかい」
「うん。草がね……」
「うん」
「胸くらいまで生えている」
「ともかくも僕は上がれないよ」
「上がれないって、それじゃ仕方がないな――おい。――おい。――おいって云うのにおい。なぜ黙ってるんだ」
「ええ」
「大丈夫かい」
「何が」
「口は利けるかい」
「利けるさ」
「それじゃ、なぜ黙ってるんだ」
「ちょっと考えていた」
「何を」
「穴から出る工夫をさ」
「全体何だって、そんな所へ落ちたんだい」
「早く君に安心させようと思って、草山ばかり見つめていたもんだから、つい足元が御留守になって、落ちてしまった」
「それじゃ、僕のために落ちたようなものだ。気の毒だな、どうかして上がって貰えないかな、君」
「そうさな。――なに僕は構わないよ。それよりか。君、早く立ちたまえ。そう草で腹を冷やしちゃ毒だ」
「腹なんかどうでもいいさ」
「痛むんだろう」
「痛む事は痛むさ」
「だから、ともかくも立ちたまえ。そのうち僕がここで出る工夫を考えて置くから」
「考えたら、呼ぶんだぜ。僕も考えるから」
「よし」


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