GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 夏目漱石 『二百十日』
現代語化
「もう大丈夫。背中を洗わない。入り過ぎるとのぼせるから、時々こうやって立つのさ」
「ただ立ってるだけなら、安心だね。――ところで、その、荒木又右衛門を知ってるかい」
「又右衛門?そうだな、どこかで聞いた気がする。豊臣秀吉の家臣じゃないか」
「ハハハハ、あきれた。華族とお金持ちを豆腐屋にするなんて大それたことを言うけど、どうも何も知らないんだね」
「ちょっと待った。少し考える。又右衛門ね。又右衛門、荒木又右衛門だね。ちょっと待って。荒木の又右衛門と言えば。うん、わかった」
「何だい」
「相撲取りだ」
「ハハハハ、荒木、ハハハハ、荒木、又ハハハハ又右衛門が、相撲取り。すっかりあきれてしまった。無知もいいところだね。ハハハハ」
「そんなに可笑しいか」
「可笑しいって、誰に言っても笑うよ」
「そんなに有名な男なのか」
「そうだよ、荒木又右衛門じゃないか」
「だから僕もどこかで聞いたように思うんだ」
「ほら、「落ち行く先きは九州相良」って言うじゃないか」
「言うかもしれないけど、その句は聞いたことがないみたいだな」
「困ったやつだな」
「全然困ってないよ。荒木又右衛門くらい知らなくても、僕の人格には何の関係もない。それよりも5里の山道が苦しくて、やたら不平を並べる人のほうが困ったやつだよ」
「腕力や脚力を持ち出されるとだめだね。到底かなわないよ。その点、やはり豆腐屋出身の天下だね。僕も豆腐屋に弟子入りして住み込んでおけばよかった」
「君はまず普段から怠けててだめだよ。意志がなさすぎる」
「それなりに意志があるつもりなんだけどな。ただ、うどんに直面した時は、自分でも意志が弱いと思うよ」
「ハハハハ、くだらないことを言ってるな」
「でも豆腐屋にしては、君の体つきはきれいすぎるね」
「こんなに黒くてもかい」
「黒とか白とかは別として、豆腐屋は大抵アトピーがあるじゃないか」
「なんで?」
「なんで知らないけど、アトピーがあるんだよ。君、なんでできなかったの」
「バカ言うなよ。僕みたいな高尚な男が、そんな愚かな真似をするものか。華族や金持ちなら似合うかもしれないけど、僕にはそんなものは向かない。荒木又右衛門だって関係ない」
「荒木又右衛門か。それは困ったな。まだそこまでは調べてないからね」
「それはどうでもいいけど、とにかく明日は6時に起きるんだよ」
「そしてやっぱりうどんを食べるんだろう。僕の意志が弱いのも困るけど、君の意志の強固さも閉口するよ。家を出発してから、僕の言うことは1つも通らないんだから。全く唯々諾々として命令に従ってるんだ。豆腐屋主義は厳しいね」
「これくらい厳しくしないと、増長しちゃうんだよ」
「僕かい」
「いや、世間の連中だよ。金持ちとか、華族とか、なんだかんだと偉そうにふんぞり返ってる奴ら」
「でもそれは違うと思うぞ。そんな奴らの身代わりを僕が豆腐屋主義に屈服するなんて我慢できない。本当におどろいた。これからは君と旅するのはごめんだ」
「構わないよ」
「君が構わなくてもこっちは大いに構うよ。それに旅費はきれいに折半されるんだから、愚の骨頂だ」
「でも僕のおかげで、天地の壮大な阿蘇の火口を見ることができるだろう」
「かわいそうに。1人だって阿蘇くらい登れるよ」
「でも華族や金持ちって意外に意気地がないもんで……」
「また身代わりか。身代りはやめて、本当の華族や金持ちの方に行ったらどうだい」
「いずれそうするつもりなんだ。――意気地がなくて、理屈がわからなくて、1人の人間として何の価値もないやつらだ」
「だから、どんどん豆腐屋にしてしまうよ」
「そのうちにしてやるつもりさ」
「思ってるだけじゃ生ぬるいよ」
「いや、いつも思ってれば、なんとかなるもんだ」
「なんて気が長いんだ。そういえば僕の知人にさ、コレラにならなくなると思っていたら、とうとうコレラになったやつがいるんだけどね。君の場合も、うまくいくといいけど」
「ところで、さっき髭を抜いていたおじさんが手ぬぐいを下げてやってきたよ」
「ちょうどいいから、君1度聞いてみたら」
「僕はもう湯気で死にそうだ。出るよ」
「いいよ、出なくても。君が嫌なら僕が聞いてみるから、もう少し入っていたら」
「おや、さっきの竹刀と小手が一緒にやってきた」
「どれどれ。なるほど、揃って来た。その後ろに、また来るぞ。やあ、婆さんが来た。婆さんもこの湯船に入るのかな」
「僕はとにかく出るよ」
「婆さんが入るとしたら、僕もとにかく出よう」
原文 (会話文抽出)
「もう仁王の行水は御免だよ」
「もう大丈夫、背中はあらわない。あまり這入ってると逆上るから、時々こう立つのさ」
「ただ立つばかりなら、安心だ。――それで、その、荒木又右衛門を知ってるかい」
「又右衛門? そうさ、どこかで聞いたようだね。豊臣秀吉の家来じゃないか」
「ハハハハこいつはあきれた。華族や金持ちを豆腐屋にするだなんて、えらい事を云うが、どうも何も知らないね」
「じゃ待った。少し考えるから。又右衛門だね。又右衛門、荒木又右衛門だね。待ちたまえよ、荒木の又右衛門と。うん分った」
「何だい」
「相撲取だ」
「ハハハハ荒木、ハハハハ荒木、又ハハハハ又右衛門が、相撲取り。いよいよ、あきれてしまった。実に無識だね。ハハハハ」
「そんなにおかしいか」
「おかしいって、誰に聞かしたって笑うぜ」
「そんなに有名な男か」
「そうさ、荒木又右衛門じゃないか」
「だから僕もどこかで聞いたように思うのさ」
「そら、落ち行く先きは九州相良って云うじゃないか」
「云うかも知れんが、その句は聞いた事がないようだ」
「困った男だな」
「ちっとも困りゃしない。荒木又右衛門ぐらい知らなくったって、毫も僕の人格には関係はしまい。それよりも五里の山路が苦になって、やたらに不平を並べるような人が困った男なんだ」
「腕力や脚力を持ち出されちゃ駄目だね。とうてい叶いっこない。そこへ行くと、どうしても豆腐屋出身の天下だ。僕も豆腐屋へ年期奉公に住み込んで置けばよかった」
「君は第一平生から惰弱でいけない。ちっとも意志がない」
「これでよっぽど有るつもりなんだがな。ただ饂飩に逢った時ばかりは全く意志が薄弱だと、自分ながら思うね」
「ハハハハつまらん事を云っていらあ」
「しかし豆腐屋にしちゃ、君のからだは奇麗過ぎるね」
「こんなに黒くってもかい」
「黒い白いは別として、豆腐屋は大概箚青があるじゃないか」
「なぜ」
「なぜか知らないが、箚青があるもんだよ。君、なぜほらなかった」
「馬鹿あ云ってらあ。僕のような高尚な男が、そんな愚な真似をするものか。華族や金持がほれば似合うかも知れないが、僕にはそんなものは向かない。荒木又右衛門だって、ほっちゃいまい」
「荒木又右衛門か。そいつは困ったな。まだそこまでは調べが届いていないからね」
「そりゃどうでもいいが、ともかくもあしたは六時に起きるんだよ」
「そうして、ともかくも饂飩を食うんだろう。僕の意志の薄弱なのにも困るかも知れないが、君の意志の強固なのにも辟易するよ。うちを出てから、僕の云う事は一つも通らないんだからな。全く唯々諾々として命令に服しているんだ。豆腐屋主義はきびしいもんだね」
「なにこのくらい強硬にしないと増長していけない」
「僕がかい」
「なあに世の中の奴らがさ。金持ちとか、華族とか、なんとかかとか、生意気に威張る奴らがさ」
「しかしそりゃ見当違だぜ。そんなものの身代りに僕が豆腐屋主義に屈従するなたまらない。どうも驚ろいた。以来君と旅行するのは御免だ」
「なあに構わんさ」
「君は構わなくってもこっちは大いに構うんだよ。その上旅費は奇麗に折半されるんだから、愚の極だ」
「しかし僕の御蔭で天地の壮観たる阿蘇の噴火口を見る事ができるだろう」
「可愛想に。一人だって阿蘇ぐらい登れるよ」
「しかし華族や金持なんて存外意気地がないもんで……」
「また身代りか、どうだい身代りはやめにして、本当の華族や金持ちの方へ持って行ったら」
「いずれ、その内持ってくつもりだがね。――意気地がなくって、理窟がわからなくって、個人としちゃあ三文の価値もないもんだ」
「だから、どしどし豆腐屋にしてしまうさ」
「その内、してやろうと思ってるのさ」
「思ってるだけじゃ剣呑なものだ」
「なあに年が年中思っていりゃ、どうにかなるもんだ」
「随分気が長いね。もっとも僕の知ったものにね。虎列拉になるなると思っていたら、とうとう虎列拉になったものがあるがね。君のもそう、うまく行くと好いけれども」
「時にあの髯を抜いてた爺さんが手拭をさげてやって来たぜ」
「ちょうど好いから君一つ聞いて見たまえ」
「僕はもう湯気に上がりそうだから、出るよ」
「まあ、いいさ、出ないでも。君がいやなら僕が聞いて見るから、もう少し這入っていたまえ」
「おや、あとから竹刀と小手がいっしょに来たぜ」
「どれ。なるほど、揃って来た。あとから、まだ来るぜ。やあ婆さんが来た。婆さんも、この湯槽へ這入るのかな」
「僕はともかくも出るよ」
「婆さんが這入るなら、僕もともかくも出よう」