GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 夏目漱石 『二百十日』
現代語化
「豆腐屋の出身だからさ。体が悪かったら、華族とかお金持ちとケンカできないじゃん。こっちが1人に対して、あっちが大勢だから」
「まるでケンカ相手がいるみたいだね。相手は誰なんだい」
「誰でもいいよ」
「ハハハ、呑気だね。ケンカには強そうだけど、君の足は速いね。君といっしょじゃなかったら、昨日まではとても来られなかったよ。実は途中で帰ろうかと思ったんだ」
「実際、ちょっと気の毒だったね。あれでも僕はかなり気を遣って、ゆっくり歩いたつもりなんだけど」
「本当かい?本当ならすごいね。――なんだか怪しいな。調子に乗るから嫌なんだよ」
「ハハハ、調子に乗るもんか。調子に乗るのは華族とお金持ちだけだ」
「また華族とお金持ちか。目の敵だね」
「金がなくても、こっちには天下の豆腐屋がいる」
「そうだ、天下の豆腐屋だ。野生の腕力家だ」
「君、あの窓の外に咲いてる黄色い花は何だろう」
「かぼちゃだよ」
「バカ言ってんじゃないよ。かぼちゃは地面に這うものだろ。あれは竹に絡まって、風呂場の屋根に上がってるぜ」
「屋根に上がったら、かぼちゃになれないかな」
「だって変じゃん。今頃花が咲くなんて」
「構わないよ。変でも、屋根にかぼちゃの花が咲くんだ」
「それって歌じゃない?」
「そうだね。前半は歌にするつもりじゃなかったんだけど、後半になったらつい歌になっちゃったみたい」
「屋根にかぼちゃが生るんだから、豆腐屋だって馬車に乗るんだ。めちゃくちゃだよ」
「また怒ってるのかい。こんな山奥に来て怒っても始まらないよ。それより早く阿蘇に登って、火口から赤い岩が飛び出すところでも見ようよ。――でも、火口に飛び込んじゃダメだよ。――なんか心配だな」
「火口って実際すごいらしいね。なんでも、漬け物石みたいな岩が真っ赤になって、空に吹き出すんだって。それが数キロ四方一面に吹き出すんだから、すごいらしい。――明日は早く起きなきゃね」
「うん、起きることは起きるけど、山道に入ったら、そんなに早く歩かないでよ」
「とにかく6時に起きて……」
「6時に起きる?」
「6時に起きて、7時半にお風呂から出て、8時にご飯を食べて、8時半にトイレから出て、宿を出発して、11時に阿蘇神社にお参りして、12時から登るんだ」
「へえ、誰が」
「君と僕さ」
「なんだか君1人で登ってるみたいだよ」
「構わないよ」
「大歓迎だよ。まるで付き人みたいだね」
「うふん。ところで、昼は何を食べる?やっぱりうどんにしておく?」
「うどんはやめてよ。このあたりのうどんは箸を食べてるみたいで、お腹が張ってしょうがない」
「じゃあ蕎麦?」
「蕎麦もダメ。僕は麺類じゃ、とても足りないんだよ」
「じゃあ何食べるつもり?」
「とにかくご馳走が食べたい」
「阿蘇の山奥にご馳走なんてないよ。だからこの際、とにかくうどんでもいいじゃないか……」
「この際ってちょっと変だよね。この際って、どんな場合なんだい」
「剛健な趣味を養うための旅行だから……」
「そんな旅行なのかい。全く知らなかった。剛健なのはいいけど、うどんには反対だね。こう見えても身分が上なんだよ」
「だから柔弱じゃいけないんだよ。僕は学費に困った時、1日に白米2合で足りたことがあるよ」
「痩せたでしょ」
「そんなに痩せはしなかったけど、虱が湧いたには困った。――君、虱が湧いたことある?」
「僕はないよ。身分が違うから」
「まあ経験してみれば。あれは簡単に駆除できるもんじゃないよ」
「熱湯で洗濯すればいいんじゃない?」
「熱湯?熱湯ならいいかもしれない。でも洗濯するにしてもタダじゃできないから」
「なるほど、お金が一文もないんだね」
「一文もないよ」
「君、どうしたの?」
「仕方がないから、浴衣を敷居の上に置いて、丸い石を拾ってきて、コツコツ叩いたんだ。そしたら虱が死なないうちに、浴衣が破れちゃった」
「おやおや」
「しかもそれを宿のかみさんが見つけて、僕に退去を命じたんだ」
「さぞ困ったろうね」
「なあに、困らないさ。そんなことで困っちゃ、今日まで生きていられるものか。これから追い追い華族やお金持ちを豆腐屋にするんだからな。滅多に困っちゃいられないよ」
「すると僕なんかも、そのうち「豆腐!油揚げ!がんもどき!」って呼ばれることになるかな」
「華族じゃないのに」
「まだ華族にはなってないけど、金はけっこうあるよ」
「あってもそのくらいじゃダメだ」
「このくらいじゃ豆腐屋の資格はないのかな。だいぶ僕の財産を見くびったね」
「ところで君、背中を流してくれない?」
「僕のも流すの?」
「流してもいいよ。隣の部屋の男も流しくらをやってたよ、君」
「隣の男の背中と、君の背中って似たり寄ったりだから公平だけど、君の背中と僕の背中って面積が違うから損だよ」
「そんな面倒なことを言うなら、1人で洗えばいいだけだ」
原文 (会話文抽出)
「どうも、いい体格だ。全く野生のままだね」
「豆腐屋出身だからなあ。体格が悪るいと華族や金持ちと喧嘩は出来ない。こっちは一人向は大勢だから」
「さも喧嘩の相手があるような口振だね。当の敵は誰だい」
「誰でも構わないさ」
「ハハハ呑気なもんだ。喧嘩にも強そうだが、足の強いのには驚いたよ。君といっしょでなければ、きのうここまでくる勇気はなかったよ。実は途中で御免蒙ろうかと思った」
「実際少し気の毒だったね。あれでも僕はよほど加減して、歩行いたつもりだ」
「本当かい? はたして本当ならえらいものだ。――何だか怪しいな。すぐ付け上がるからいやだ」
「ハハハ付け上がるものか。付け上がるのは華族と金持ばかりだ」
「また華族と金持ちか。眼の敵だね」
「金はなくっても、こっちは天下の豆腐屋だ」
「そうだ、いやしくも天下の豆腐屋だ。野生の腕力家だ」
「君、あの窓の外に咲いている黄色い花は何だろう」
「かぼちゃさ」
「馬鹿あ云ってる。かぼちゃは地の上を這ってるものだ。あれは竹へからまって、風呂場の屋根へあがっているぜ」
「屋根へ上がっちゃ、かぼちゃになれないかな」
「だっておかしいじゃないか、今頃花が咲くのは」
「構うものかね、おかしいたって、屋根にかぼちゃの花が咲くさ」
「そりゃ唄かい」
「そうさな、前半は唄のつもりでもなかったんだが、後半に至って、つい唄になってしまったようだ」
「屋根にかぼちゃが生るようだから、豆腐屋が馬車なんかへ乗るんだ。不都合千万だよ」
「また慷慨か、こんな山の中へ来て慷慨したって始まらないさ。それより早く阿蘇へ登って噴火口から、赤い岩が飛び出すところでも見るさ。――しかし飛び込んじゃ困るぜ。――何だか少し心配だな」
「噴火口は実際猛烈なものだろうな。何でも、沢庵石のような岩が真赤になって、空の中へ吹き出すそうだぜ。それが三四町四方一面に吹き出すのだから壮んに違ない。――あしたは早く起きなくっちゃ、いけないよ」
「うん、起きる事は起きるが山へかかってから、あんなに早く歩行いちゃ、御免だ」
「ともかくも六時に起きて……」
「六時に起きる?」
「六時に起きて、七時半に湯から出て、八時に飯を食って、八時半に便所から出て、そうして宿を出て、十一時に阿蘇神社へ参詣して、十二時から登るのだ」
「へえ、誰が」
「僕と君がさ」
「何だか君一人りで登るようだぜ」
「なに構わない」
「ありがたい仕合せだ。まるで御供のようだね」
「うふん。時に昼は何を食うかな。やっぱり饂飩にして置くか」
「饂飩はよすよ。ここいらの饂飩はまるで杉箸を食うようで腹が突張ってたまらない」
「では蕎麦か」
「蕎麦も御免だ。僕は麺類じゃ、とても凌げない男だから」
「じゃ何を食うつもりだい」
「何でも御馳走が食いたい」
「阿蘇の山の中に御馳走があるはずがないよ。だからこの際、ともかくも饂飩で間に合せて置いて……」
「この際は少し変だぜ。この際た、どんな際なんだい」
「剛健な趣味を養成するための旅行だから……」
「そんな旅行なのかい。ちっとも知らなかったぜ。剛健はいいが饂飩は平に不賛成だ。こう見えても僕は身分が好いんだからね」
「だから柔弱でいけない。僕なぞは学資に窮した時、一日に白米二合で間に合せた事がある」
「痩せたろう」
「そんなに痩せもしなかったがただ虱が湧いたには困った。――君、虱が湧いた事があるかい」
「僕はないよ。身分が違わあ」
「まあ経験して見たまえ。そりゃ容易に猟り尽せるもんじゃないぜ」
「煮え湯で洗濯したらよかろう」
「煮え湯? 煮え湯ならいいかも知れない。しかし洗濯するにしてもただでは出来ないからな」
「なあるほど、銭が一文もないんだね」
「一文もないのさ」
「君どうした」
「仕方がないから、襯衣を敷居の上へ乗せて、手頃な丸い石を拾って来て、こつこつ叩いた。そうしたら虱が死なないうちに、襯衣が破れてしまった」
「おやおや」
「しかもそれを宿のかみさんが見つけて、僕に退去を命じた」
「さぞ困ったろうね」
「なあに困らんさ、そんな事で困っちゃ、今日まで生きていられるものか。これから追い追い華族や金持ちを豆腐屋にするんだからな。滅多に困っちゃ仕方がない」
「すると僕なんぞも、今に、とおふい、油揚、がんもどきと怒鳴って、あるかなくっちゃならないかね」
「華族でもない癖に」
「まだ華族にはならないが、金はだいぶあるよ」
「あってもそのくらいじゃ駄目だ」
「このくらいじゃ豆腐いと云う資格はないのかな。大に僕の財産を見縊ったね」
「時に君、背中を流してくれないか」
「僕のも流すのかい」
「流してもいいさ。隣りの部屋の男も流しくらをやってたぜ、君」
「隣りの男の背中は似たり寄ったりだから公平だが、君の背中と、僕の背中とはだいぶ面積が違うから損だ」
「そんな面倒な事を云うなら一人で洗うばかりだ」