夏目漱石 『二百十日』 「あの音を聞くと、どうしても豆腐屋の音が思…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『二百十日』

現代語化

「あの音を聞くと、どうしても豆腐屋の音が思い浮かぶ」
「そもそも豆腐屋の子なのに、どうしてあんなになったんだろうね」
「豆腐屋の子がどうなったの?」
「だって豆腐屋らしくないじゃない」
「豆腐屋だって、魚屋だって――なりたいと思えば、何にでもなれるよ」
「そうだな。結局は頭の問題だよね」
「頭だけじゃないよ。世の中には頭のいい豆腐屋がいくらでもいる。それでも一生豆腐屋だよ。気の毒だよね」
「それで何なの?」
「何でもなの。君、やっぱりなりたいと思うんだ」
「なりたいと思っても、世の中が認めてくれないこともあるだろう」
「だから気の毒なんだよ。不公平な世の中に生まれたらしょうがないから、世の中が認めてくれなくても、自分からなりたいと思うんだ」
「思って、なれなかったら?」
「なれなくてもいいんだ。思い続けるんだ。そうすれば、いつか世の中が認めてくれるようになるよ」
「そんな上手くいくといいけど。ハハハ」
「だって僕は今までそうしてきたんだもん」
「だから君が豆腐屋らしくないって言われるんだよ」
「これから先、また豆腐屋らしくなっちゃうかもしれないな。やだね。ハハハ」
「なったら、どうするつもり?」
「なったとしたら、世の中が悪いんだ。不公平な世の中を公平にしようと頑張ったのに、世の中が言うことを聞いてくれなかったら、悪いのは世の中の方だよ」
「でも世の中ってさ、豆腐屋が偉くなるような状況になったら、自然と偉い人たちが豆腐屋になるんじゃ」
「偉い人って、どんな人?」
「偉い人ってさ、例えば貴族とかお金持ちとか」
「うん、貴族とお金持ちか。あれって今でも豆腐屋じゃん」
「その豆腐屋連が馬車に乗ったり、別荘を建てたりして、自分たちだけの世界にいるみたいに振る舞ってるからダメなんだよ」
「だから、そんな奴らを本当の豆腐屋にしてしまえばいいんだよ」
「こっちがそうしたいと思っても、あっちがそうならないでしょ」
「ならないのをできるようにすれば、世の中が公平になるんだよ」
「公平にできればいいですね。大いにやってください」
「やってくださいじゃダメだよ。君もやらないといけないよ。――ただ、馬車に乗ったり、別荘を建てたりするだけならいいけど、やたらめったら人をいじめる豆腐屋は最悪だよね。自分が豆腐屋なのに」
「君はそんな目に遭ったことがあるの?」
「まだ文句言ってる。――おい、僕の腕は太いでしょ」
「君の腕って昔から太いよ。それに、妙に黒いね。豆を磨いたことあるの?」
「豆も磨いた、水も汲んだ。――おい、君がうっかり人の足を踏んだら、どっちが謝る?」
「踏んだ方が謝るのが普通だと思う」
「突然、誰かの頭を殴ったら?」
「それは気違いでしょ」
「気違いなら謝らなくてもいいの?」
「そうだね。謝らさすことができるなら、謝らせない方がいいだろう」

「それを気違いの側から謝れって言われるのは変じゃない?」
「そんな気違いがいるの?」
「今の豆腐屋連はみんな、そういう気違いばっかりだよ。人を威圧しておいて、人に頭を下げさせようとするんだ。本来ならあいつらが恐縮すべきなのが人間だろうがよ」
「もちろんそれが人間だよ。でも気違いの豆腐屋なら、ほっとくしかないよね」
「そんな気違いが増長するくらいなら、生まれてこない方がいい」

原文 (会話文抽出)

「あの音を聞くと、どうしても豆腐屋の音が思い出される」
「全体豆腐屋の子がどうして、そんなになったもんだね」
「豆腐屋の子がどんなになったのさ」
「だって豆腐屋らしくないじゃないか」
「豆腐屋だって、肴屋だって――なろうと思えば、何にでもなれるさ」
「そうさな、つまり頭だからね」
「頭ばかりじゃない。世の中には頭のいい豆腐屋が何人いるか分らない。それでも生涯豆腐屋さ。気の毒なものだ」
「それじゃ何だい」
「何だって君、やっぱりなろうと思うのさ」
「なろうと思ったって、世の中がしてくれないのがだいぶあるだろう」
「だから気の毒だと云うのさ。不公平な世の中に生れれば仕方がないから、世の中がしてくれなくても何でも、自分でなろうと思うのさ」
「思って、なれなければ?」
「なれなくっても何でも思うんだ。思ってるうちに、世の中が、してくれるようになるんだ」
「そう注文通りに行けば結構だ。ハハハハ」
「だって僕は今日までそうして来たんだもの」
「だから君は豆腐屋らしくないと云うのだよ」
「これから先、また豆腐屋らしくなってしまうかも知れないかな。厄介だな。ハハハハ」
「なったら、どうするつもりだい」
「なれば世の中がわるいのさ。不公平な世の中を公平にしてやろうと云うのに、世の中が云う事をきかなければ、向の方が悪いのだろう」
「しかし世の中も何だね、君、豆腐屋がえらくなるようなら、自然えらい者が豆腐屋になる訳だね」
「えらい者た、どんな者だい」
「えらい者って云うのは、何さ。例えば華族とか金持とか云うものさ」
「うん華族や金持か、ありゃ今でも豆腐屋じゃないか、君」
「その豆腐屋連が馬車へ乗ったり、別荘を建てたりして、自分だけの世の中のような顔をしているから駄目だよ」
「だから、そんなのは、本当の豆腐屋にしてしまうのさ」
「こっちがする気でも向がならないやね」
「ならないのをさせるから、世の中が公平になるんだよ」
「公平に出来れば結構だ。大いにやりたまえ」
「やりたまえじゃいけない。君もやらなくっちゃあ。――ただ、馬車へ乗ったり、別荘を建てたりするだけならいいが、むやみに人を圧逼するぜ、ああ云う豆腐屋は。自分が豆腐屋の癖に」
「君はそんな目に逢った事があるのかい」
「まだ、かんかん遣ってる。――おい僕の腕は太いだろう」
「君の腕は昔から太いよ。そうして、いやに黒いね。豆を磨いた事があるのかい」
「豆も磨いた、水も汲んだ。――おい、君粗忽で人の足を踏んだらどっちが謝まるものだろう」
「踏んだ方が謝まるのが通則のようだな」
「突然、人の頭を張りつけたら?」
「そりゃ気違だろう」
「気狂なら謝まらないでもいいものかな」
「そうさな。謝まらさす事が出来れば、謝まらさす方がいいだろう」
「それを気違の方で謝まれって云うのは驚ろくじゃないか」
「そんな気違があるのかい」
「今の豆腐屋連はみんな、そう云う気違ばかりだよ。人を圧迫した上に、人に頭を下げさせようとするんだぜ。本来なら向が恐れ入るのが人間だろうじゃないか、君」
「無論それが人間さ。しかし気違の豆腐屋なら、うっちゃって置くよりほかに仕方があるまい」
「そんな気違を増長させるくらいなら、世の中に生れて来ない方がいい」


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