夏目漱石 『二百十日』 「僕の小供の時住んでた町の真中に、一軒豆腐…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『二百十日』

現代語化

「僕の小さい頃に住んでた町の真ん中に、豆腐屋が1軒あってね」
「豆腐屋があるの?」
「豆腐屋があって、その豆腐屋の角を100メートルくらい登っていくと寒磬寺っていうお寺があってね」
「寒磬寺っていうお寺があるの?」
「ある。今でもたぶんあるよ。門前から見ると大きな竹藪しか見えなくて、本堂も庫裏もなさそうなんだ。そのお寺で毎朝4時頃に、誰かが鉦を叩くんだ」
「誰かが鉦を叩くんじゃなくて、和尚さんが叩くんでしょ」
「和尚さんなのか何なのかわかんない。ただ竹の中でカンカンと静かに叩くんだよね。冬の朝なんか、霜がビシバシ降って、布団の中で寒さを2センチくらい遮ったところで聞いてると、竹藪の中からカンカン音が響いてくる。誰が叩いてるのかわかんないんだ。僕は寺の前を通るたびに、長い石畳と、傾きかけた山門と、山門を覆い尽くすほど大きな竹藪を見るんだけど、1度も山門の中を覗いたことがないんだ。ただ竹藪の中で叩かれる鉦の音だけを聞いて、布団の中で丸くなって震えてるんだよね」
「丸くなって震えるの?」
「うん。丸くなって、『カンカン、カンカン』って言ってるんだ」
「変だね」
「すると、門前の豆腐屋がきっと起きて、雨戸を開ける。ギシギシと豆を臼で挽く音がする。ザザザッと豆腐の水を替える音がする」
「そもそも君の家はどこにあるの?」
「僕の家は、つまり、そういう音が聞こえるところにあるんだよ」
「だから、どこにあるのって」
「すぐ近く」
「豆腐屋の向かい?隣?」
「いや、2階」
「どこの?」
「豆腐屋の2階」
「へー。それは……」
「僕は豆腐屋の子だよ」
「へー。豆腐屋なのか」
「それから垣根の朝顔が、茶色に枯れて、引っ張るとガラガラ鳴る頃、白い霧が一面に降りて、町の外れのガス灯に明かりがチカチカするとまた鉦が鳴る。カンカンと竹の奥で澄んで鳴るんだ。それから門前の豆腐屋がこの鉦を合図に、腰障子を締める」
「門前の豆腐屋っていうのは、君の家じゃないのか」
「僕のうち、つまり門前の豆腐屋が腰障子を締めるんだ。カンカンっていう音を聞きながら僕は2階に上がって布団を敷いて寝る。――うちの吉原揚は美味かったよ。近所で評判だった」

原文 (会話文抽出)

「僕の小供の時住んでた町の真中に、一軒豆腐屋があってね」
「豆腐屋があって?」
「豆腐屋があって、その豆腐屋の角から一丁ばかり爪先上がりに上がると寒磬寺と云う御寺があってね」
「寒磬寺と云う御寺がある?」
「ある。今でもあるだろう。門前から見るとただ大竹藪ばかり見えて、本堂も庫裏もないようだ。その御寺で毎朝四時頃になると、誰だか鉦を敲く」
「誰だか鉦を敲くって、坊主が敲くんだろう」
「坊主だか何だか分らない。ただ竹の中でかんかんと幽かに敲くのさ。冬の朝なんぞ、霜が強く降って、布団のなかで世の中の寒さを一二寸の厚さに遮ぎって聞いていると、竹藪のなかから、かんかん響いてくる。誰が敲くのだか分らない。僕は寺の前を通るたびに、長い石甃と、倒れかかった山門と、山門を埋め尽くすほどな大竹藪を見るのだが、一度も山門のなかを覗いた事がない。ただ竹藪のなかで敲く鉦の音だけを聞いては、夜具の裏で海老のようになるのさ」
「海老のようになるって?」
「うん。海老のようになって、口のうちで、かんかん、かんかんと云うのさ」
「妙だね」
「すると、門前の豆腐屋がきっと起きて、雨戸を明ける。ぎっぎっと豆を臼で挽く音がする。ざあざあと豆腐の水を易える音がする」
「君の家は全体どこにある訳だね」
「僕のうちは、つまり、そんな音が聞える所にあるのさ」
「だから、どこにある訳だね」
「すぐ傍さ」
「豆腐屋の向か、隣りかい」
「なに二階さ」
「どこの」
「豆腐屋の二階さ」
「へええ。そいつは……」
「僕は豆腐屋の子だよ」
「へええ。豆腐屋かい」
「それから垣根の朝顔が、茶色に枯れて、引っ張るとがらがら鳴る時分、白い靄が一面に降りて、町の外れの瓦斯灯に灯がちらちらすると思うとまた鉦が鳴る。かんかん竹の奥で冴えて鳴る。それから門前の豆腐屋がこの鉦を合図に、腰障子をはめる」
「門前の豆腐屋と云うが、それが君のうちじゃないか」
「僕のうち、すなわち門前の豆腐屋が腰障子をはめる。かんかんと云う声を聞きながら僕は二階へ上がって布団を敷いて寝る。――僕のうちの吉原揚は旨かった。近所で評判だった」


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