森林太郎 『高瀬舟』 「いや。別にわけがあつて聞いたのではない。…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 森林太郎 『高瀬舟』

現代語化

「いや、別にわけがあるわけじゃないんだ。実はな、俺はお前から島に行く心持ちを聞いてみたかったんだ。俺はこれまでこの船でたくさん人を島に送ったけど、それはいろんな身の上の人がいた。でも、みんな島に行くのを悲しがって、見送りに来て、一緒に船に乗る親戚のものと夜通し泣くに決まってた。それにお前の様子を見れば、どうも島に行くのを苦にしてないみたいだ。一体お前はどう思ってるんだい?」
「親切に言ってくださって、ありがとうございます。確かに島に行くっていうのは、他の人には悲しいことなんでしょうね。その気持ちは僕にもわかります。でも、それは世間で楽をしてた人だからだと思います。京都はいいところだけど、そのいいところで、これまで僕みたいに苦しい思いをしたことはありません。お上のご慈悲で、命を助けて島に送ってくださいます。島はつらいところかもしれないけど、鬼が住むところじゃないですよね。僕はこれまで、どこも自分の居場所なんてありませんでした。今度お上で島にいろって言われます。そのいろって言われるところに、落ち着けるのが、まず何よりもありがたいことです。それに僕はこんなに体が弱いけど、一度も病気になったことがないので、島に行ってからも、どんなつらい仕事をしても、体を壊したりしないと思います。それから今度島に送られるのに、200文の小遣いをいただきました。それをここに持ってます」
「恥ずかしいことを言わなきゃいけないんですが、僕は今日まで200文っていうお金を、こうやって懐に入れて持っていたことはありません。どこかで仕事に就きたいと思って、仕事を探し回って、見つかれば一生懸命働きました。でももらったお金は、いつもすぐ人に使っちゃって。現金で物が買えて食べられる時は、僕のやりくりがうまくいった時で、たいていは借りたものを返して、また新しく借りてました。それがお牢に入ってからは、何もせずに食べさせてくれます。僕はそれだけでも、お上に申し訳ないことをしてるような気がします。それに牢を出る時に、この200文をいただきました。こうして相変わらずお上のものを食べて暮らしているわけだから、この200文は僕が使わずに持つことができます。お金を自分のものとして持ってるっていうのは、僕にとってはこれが初めてです。島に行ってからどんな仕事ができるかわかりませんが、僕はこの200文を島での仕事の資金にしようと楽しみにしています」
「うん、そうかい」

原文 (会話文抽出)

「いや。別にわけがあつて聞いたのではない。實はな、己は先刻からお前の島へ往く心持が聞いて見たかつたのだ。己はこれまで此舟で大勢の人を島へ送つた。それは隨分いろいろな身の上の人だつたが、どれもどれも島へ往くのを悲しがつて、見送りに來て、一しよに舟に乘る親類のものと、夜どほし泣くに極まつてゐた。それにお前の樣子を見れば、どうも島へ往くのを苦にしてはゐないやうだ。一體お前はどう思つてゐるのだい。」
「御親切に仰やつて下すつて、難有うございます。なる程島へ往くといふことは、外の人には悲しい事でございませう。其心持はわたくしにも思ひ遣つて見ることが出來ます。しかしそれは世間で樂をしてゐた人だからでございます。京都は結構な土地ではございますが、その結構な土地で、これまでわたくしのいたして參つたやうな苦みは、どこへ參つてもなからうと存じます。お上のお慈悲で、命を助けて島へ遣つて下さいます。島はよしやつらい所でも、鬼の栖む所ではございますまい。わたくしはこれまで、どこと云つて自分のゐて好い所と云ふものがございませんでした。こん度お上で島にゐろと仰やつて下さいます。そのゐろと仰やる所に、落ち着いてゐることが出來ますのが、先づ何よりも難有い事でございます。それにわたくしはこんなにかよわい體ではございますが、つひぞ病氣をいたしたことはございませんから、島へ往つてから、どんなつらい爲事をしたつて、體を痛めるやうなことはあるまいと存じます。それからこん度島へお遣下さるに付きまして、二百文の鳥目を戴きました。それをここに持つてをります。」
「お恥かしい事を申し上げなくてはなりませぬが、わたくしは今日まで二百文と云ふお足を、かうして懷に入れて持つてゐたことはございませぬ。どこかで爲事に取り附きたいと思つて、爲事を尋ねて歩きまして、それが見附かり次第、骨を惜まずに働きました。そして貰つた錢は、いつも右から左へ人手に渡さなくてはなりませなんだ。それも現金で物が買つて食べられる時は、わたくしの工面の好い時で、大抵は借りたものを返して、又跡を借りたのでございます。それがお牢に這入つてからは、爲事をせずに食べさせて戴きます。わたくしはそればかりでも、お上に對して濟まない事をいたしてゐるやうでなりませぬ。それにお牢を出る時に、此二百文を戴きましたのでございます。かうして相變らずお上の物を食べてゐて見ますれば、此二百文はわたくしが使はずに持つてゐることが出來ます。お足を自分の物にして持つてゐると云ふことは、わたくしに取つては、これが始でございます。島へ往つて見ますまでは、どんな爲事が出來るかわかりませんが、わたくしは此二百文を島でする爲事の本手にしようと樂んでをります。」
「うん、さうかい」


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