芥川龍之介 『地獄變』 「いえ、それが一向目出度くはござりませぬ。…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 芥川龍之介 『地獄變』

現代語化

「いや、それは全然めでたくありません」
「だいたいの部分はできましたが、唯一つ、どうしても描けない場所があります」
「なに、描けない場所がある?」
「そうです。私は基本的に、見たものでなければ描けません。描けても、納得できません。それでは描けないのと同じことです」
「だとすると地獄変の屏風を描こうと思えば、地獄を見なければなりませんね」
「そうです。でも私は先年大火事があった時、炎熱地獄の猛火にも負けない火の手を、目の当たりに見ました。「よじり不動」の炎を描いたのも、実はあの火事のおかげなんです。あなたもあの絵はご存知でしょう」
「だけど罪人はどうするんですか?獄卒は見たことがないでしょう」
「私は鉄の鎖に縛られた人を見たことがあります。怪鳥に悩まされる人の姿も、ありありと写しました。だから罪人が苦しむ様子を知らないとは言えません。それから獄卒は――」
「それから獄卒は、夢幻の中で何度も私の目に映りました。牛頭だったり、馬頭だったり、三面六臂の鬼だったり、音がしない手を叩き、声が出ない口を開けて、私をいじめに来ます。それはほとんど毎日毎夜のことと言ってもいいでしょう。――私が描こうとして描けないのは、そのようなものではありません」

原文 (会話文抽出)

「いえ、それが一向目出度くはござりませぬ。」
「あらましは出來上りましたが、唯一つ、今以て私には描けぬ所がございまする。」
「なに、描けぬ所がある?」
「さやうでございまする。私は總じて、見たものでなければ描けませぬ。よし描けても、得心が參りませぬ。それでは描けぬも同じ事でございませぬか。」
「では地獄變の屏風を描かうとすれば、地獄を見なければなるまいな。」
「さやうでござりまする。が、私は先年大火事がございました時に、炎熱地獄の猛火まうくわにもまがふ火の手を、眼のあたりに眺めました。「よぢり不動」の火焔を描きましたのも、實はあの火事に遇つたからでございまする。御前もあの繪は御承知でございませう。」
「しかし罪人はどうぢや。獄卒は見た事があるまいな。」
「私は鐵の鎖に縛られたものを見た事がございまする。怪鳥に惱まされるものゝ姿も、具に寫しとりました。されば罪人の呵責に苦しむ樣も知らぬと申されませぬ。又獄卒は――」
「又獄卒は、夢現に何度となく、私の眼に映りました。或は牛頭、或は馬頭、或は三面六臂の鬼の形が、音のせぬ手を拍き、聲の出ぬ口を開いて、私を虐みに參りますのは、殆ど毎日毎夜のことと申してもよろしうございませう。――私の描かうとして描けぬのは、そのやうなものではございませぬ。」


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