芥川龍之介 『邪宗門』 「わしもその方に会ったのは何よりも満足じゃ…

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青空文庫図書カード: 芥川龍之介 『邪宗門』

現代語化

「私はあなたにお会いできて何よりも満足です。以前油小路の道祖神の祠の前でも、ちらっと見かけましたが、あなたは私の方を見てくれず、文をつけた橘の枝を力なく担ぎながら、もの思いにふけってゆっくり屋敷の方へ歩いて行かれました」
「そうでしたか。それはまた、年甲斐もなく失礼なことをしました」
「でも今日お会いできたのは、完全にも清水寺の観音菩薩のご利益でしょう。平太夫一生のうちに、これほど嬉しいことはありません」
「いや、私の前で神様や仏様のお名前は言わないでください。不肖ながら、私は天上天皇の神のお告げを受けて、日本に摩利の教えを広めようとする僧侶なんです」

原文 (会話文抽出)

「わしもその方に会ったのは何よりも満足じゃ。いつぞや油小路の道祖の神の祠の前でも、ちらと見かけた事があったが、その方は側目もふらず、文をつけた橘の枝を力なくかつぎながら、もの思わしげにたどたどと屋形の方へ歩いて参った。」
「さようでございますか。それはまた年甲斐もなく、失礼な事を致したものでございます。」
「しかしこうして今日御眼にかかれたのは、全く清水寺の観世音菩薩の御利益ででもございましょう。平太夫一生の内に、これほど嬉しい事はございません。」
「いや、予が前で神仏の名は申すまい。不肖ながら、予は天上皇帝の神勅を蒙って、わが日の本に摩利の教を布こうと致す沙門の身じゃ。」

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