芥川龍之介 『邪宗門』 「一体世の中の恋と申すものは、皆そのように…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 芥川龍之介 『邪宗門』

現代語化

「一体この世の恋っていうものは、みんなあんなふうに果てしないものなんでしょうか」
「そうじゃないとも限りません。でも、私達が万物の無常も忘れて、極楽浄土の妙薬をしばらくでも味わえるのは、ただ恋をしている時だけなんだ。いや、その間だけは恋の無常さえも忘れてると言ってもいい。だから私の目から見ると、恋慕に明け暮れた在原業平こそ、見事な悟りを開いてるんです。私達もこの世の苦しみを離れて、永遠の悟りの世界に住みたければ、『伊勢物語』そのままの恋をするしかありません。あなたもそう思いませんか?」
「そう考えると恋の功徳は、数え切れないほどあると言えますね」
「あなたのおじいさんもそう思うだろうな。もちろんおじいさんの場合は恋とは言わないけど、お酒だったらどう?」
「いや、全然そんなことはなくて、私は来世が怖いですよ」
「いや、その答えが何よりなんだ。おじいさんは来世が怖いと言うけど、極楽浄土に生まれ変わろうとする心は、それを暗闇のランプとも頼んで、この世の無常を忘れようとする心と変わりはありません。だからおじいさんも、仏教と恋の違いはあれど、結局は私と同じ考えになっちゃうんだよ」
「それはまたとんでもない。確かに姫様の美しさは、芸能の女神にも負けていませんが、恋は恋、仏教は仏教、ましてやお酒なんて、同じ土俵に乗せられません」
「そう思うのはあなたの考えが狭いからです。阿弥陀如来も女性も、私の前では、みんな私達の悲しみを忘れさせる人形にすぎません。――」
「でも女性が人形だったら嫌だって言いませんか?」
「人形でよくなければ、仏や菩薩と言います?」

原文 (会話文抽出)

「一体世の中の恋と申すものは、皆そのように果ないものでございましょうか。」
「されば果なくないとも申されまいな。が、われら人間が万法の無常も忘れはてて、蓮華蔵世界の妙薬をしばらくしたりとも味わうのは、ただ、恋をしている間だけじゃ。いや、その間だけは恋の無常さえ忘れていると申してもよい。じゃによって予が眼からは恋慕三昧に日を送った業平こそ、天晴知識じゃ。われらも穢土の衆苦を去って、常寂光の中に住そうには伊勢物語をそのままの恋をするよりほかはあるまい。何と御身もそうは思われぬか。」
「されば恋の功徳こそ、千万無量とも申してよかろう。」
「何と、爺もそう思うであろうな。もっともその方には恋とは申さぬ。が、好物の酒ではどうじゃ。」
「いえ、却々持ちまして、手前は後生が恐ろしゅうございます。」
「いや、その答えが何よりじゃ。爺は後生が恐ろしいと申すが、彼岸に往生しょうと思う心は、それを暗夜の燈火とも頼んで、この世の無常を忘れようと思う心には変りはない。じゃによってその方も、釈教と恋との相違こそあれ、所詮は予と同心に極まったぞ。」
「これはまた滅相な。成程御姫様の御美しさは、伎芸天女も及ばぬほどではございますが、恋は恋、釈教は釈教、まして好物の御酒などと、一つ際には申せませぬ。」
「そう思うのはその方の心が狭いからの事じゃ。弥陀も女人も、予の前には、皆われらの悲しさを忘れさせる傀儡の類いにほかならぬ。――」
「それでも女子が傀儡では、嫌じゃと申しは致しませぬか。」
「傀儡で悪くば、仏菩薩とも申そうか。」


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