谷崎潤一郎 『痴人の愛』 「さ、これでいいか」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 谷崎潤一郎 『痴人の愛』

現代語化

「さあ、これでいいか」
「うん、それでいい」
「これから何でも言うことを聞くか」
「うん、聞く」
「私が欲しいだけ、いくらでもお金を出すか」
「出す」
「私に好きなことをさせるか、いちいち干渉しないか」
「しない」
「私のことを『ナオミ』なんて呼び捨てにしないで、『ナオミさん』と呼ぶか」
「呼ぶ」
「必ずか」
「必ず」
「よし、じゃあ、馬じゃなくて人間扱いしてやる。可哀そうだから。…これでようやく夫婦になれた。もう今度こそ逃がさないよ」
「私に逃げられてそんなに困ったの?」
「ああ、困ったよ。一時は帰ってきてくれないかと思ったよ」
「どう?私の恐ろしいことが分かった?」
「分かった。分かり過ぎるほど分かったよ」
「じゃあ、さっき言ったことは忘れないよね。何でも好きにさせてくれるんでしょ?…夫婦と言っても、堅苦しい夫婦は嫌よ。そうでないと、私、また逃げ出すわよ」
「これからまた、『ナオミさん』に『譲治さん』で行くんだね」
「時々ダンスに行かせてくれる?」
「うん」
「いろんなお友達と付き合ってもいい?もう昔みたいに文句を言わない?」
「うん」
「でも、私、まあちゃんと絶交したのよ。…」
「へえ、熊谷と絶交したの?」
「うん、した。あんな嫌な奴はいないわ。…これからなるべく西洋人と付き合うの。日本人より面白いわ」
「あの横浜のマッカネルって男のこと?」
「西洋人のお友達ならたくさんいるわ。マッカネルだって、別に怪しいわけじゃないのよ」
「ふん、どうかなあ、…」
「それ、そう人を疑うからいけないのよ。私がこう言ったら、ちゃんとそれをお信じなさい。いい?さあ!信じる?信じない?」
「信じる!」
「まだそのほかにも注文があるのよ。…譲治さんは会社を辞めてどうするつもり?」
「お前に捨てられたら、田舎に引っ込もうと思ったんだけど、もうこうなれば引っ込まないよ。田舎の財産を整理して、現金にして持ってきてやるよ」
「現金にしたらどのくらいあるの?」
「さあ、こちらに持ってこられるのは、20万〜30万はあるだろう」
「それっぽっち?」
「それだけあれば、お前と俺と二人きりなら十分じゃないか」
「贅沢をして遊べる?」
「そりゃ、遊んではいられないよ。…お前は遊んでもいいけど、俺は何か事務所でも開いて、独立して仕事をやるつもりだ」
「仕事の方にお金全部注ぎ込まれちゃ嫌よ。私に贅沢をさせるお金は、別に置いておいてちょうだい。いい?」
「ああ、いい」
「じゃあ、半分に分けておいてくれる?…30万円なら15万円、20万円なら10万円、…」
「だいぶ細かく確認するんだね」
「そりゃあそうよ。最初に条件を決めておくのよ。…どう?了承した?そんなにまでして私を奥さんにするのは嫌?」
「嫌じゃないよ、…」
「嫌なら嫌って言ってよ。今のうちならどうにでもなるわよ」
「大丈夫だってば、…了承したよ、…」
「それからまだあるよ。…もうそうなったらこんな家にはいられないから、もっと立派な、ハイカラな家へ引っ越してちょうだい」
「もちろんそうする」
「私は西洋人のいる街で、洋館に住みたいの。綺麗な寝室や食堂のある家に引っ越して、コックやボーイを使ったりして、…」
「そんな家が東京にあるかな?」
「東京にはないけど、横浜にはあるわよ。横浜の山手にそういう借家がちょうど一軒空空いてるのよ。この間ちゃんと見ておいたの」

原文 (会話文抽出)

「さ、これでいいか」
「うん、それでいい」
「これから何でも云うことを聴くか」
「うん、聴く」
「あたしが要るだけ、いくらでもお金を出すか」
「出す」
「あたしに好きな事をさせるか、一々干渉なんかしないか」
「しない」
「あたしのことを『ナオミ』なんて呼びつけにしないで、『ナオミさん』と呼ぶか」
「呼ぶ」
「きっとか」
「きっと」
「よし、じゃあ馬でなく、人間扱いにして上げる、可哀そうだから。―――」
「………これで漸く夫婦になれた、もう今度こそ逃がさないよ」
「あたしに逃げられてそんなに困った?」
「ああ、困ったよ、一時はとても帰って来てはくれないかと思ったよ」
「どう? あたしの恐ろしいことが分った?」
「分った、分り過ぎるほど分ったよ」
「じゃ、さっき云ったことは忘れないわね、何でも好きにさせてくれるわね。―――夫婦と云っても、堅ッ苦しい夫婦はイヤよ、でないとあたし、又逃げ出すわよ」
「これから又、『ナオミさん』に『譲治さん』で行くんだね」
「ときどきダンスに行かしてくれる?」
「うん」
「いろいろなお友達と附き合ってもいい? もう先のように文句を云わない?」
「うん」
「尤もあたし、まアちゃんとは絶交したのよ。―――」
「へえ、熊谷と絶交した?」
「ええ、した、あんなイヤな奴はありゃしないわ。―――これから成るべく西洋人と附き合うの、日本人より面白いわ」
「その横浜の、マッカネルと云う男かね?」
「西洋人のお友達なら大勢あるわ。マッカネルだって、別に怪しい訳じゃないのよ」
「ふん、どうだか、―――」
「それ、そう人を疑ぐるからいけないのよ、あたしがこうと云ったらば、ちゃんとそれをお信じなさい。よくって? さあ! 信じるか、信じないか?」
「信じる!」
「まだその外にも注文があるわよ、―――譲治さんは会社を罷めてどうする積り?」
「お前に捨てられちまったら、田舎へ引っ込もうと思ったんだが、もうこうなれば引っ込まないよ。田舎の財産を整理して、現金にして持ってくるよ」
「現金にしたらどのくらいある?」
「さあ、此方へ持って来られるのは、二三十万はあるだろう」
「それッぽっち?」
「それだけあれば、お前と己と二人ッきりなら沢山じゃないか」
「贅沢をして遊んで行かれる?」
「そりゃ、遊んじゃあ行かれないよ。―――お前は遊んでもいいけれど、己は何か事務所でも開いて、独立して仕事をやる積りだ」
「仕事の方へみんなお金を注ぎ込んじまっちゃイヤだわよ、あたしに贅沢をさせるお金を、別にして置いてくれなけりゃ。いい?」
「ああ、いい」
「じゃ、半分別にして置いてくれる?―――三十万円なら十五万円、二十万円なら十万円、―――」
「大分細かく念を押すんだね」
「そりゃあそうよ、初めに条件を極めて置くのよ。―――どう? 承知した? そんなにまでしてあたしを奥さんに持つのはイヤ?」
「イヤじゃないッたら、―――」
「イヤならイヤと仰っしゃいよ、今のうちならどうでもなるわよ」
「大丈夫だってば、―――承知したってば、―――」
「それからまだよ、―――もうそうなったらこんな家にはいられないから、もっと立派な、ハイカラな家へ引っ越して頂戴」
「無論そうする」
「あたし、西洋人のいる街で、西洋館に住まいたいの、綺麗な寝室や食堂のある家へ這入ってコックだのボーイを使って、―――」
「そんな家が東京にあるかね?」
「東京にはないけれど、横浜にはあるわよ。横浜の山手にそう云う借家がちょうど一軒空いているのよ、この間ちゃんと見て置いたの」


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