GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 谷崎潤一郎 『痴人の愛』
現代語化
「そうです。それで、どこで会ってたと思います?」
「あの大久保の別荘ですか?」
「あなたが借りてた植木屋の離れ座敷ですよ」
「ふーん…そうか、ほんと驚くな」
「だからあのとき、一番迷惑してたのって、たぶん植木屋のおかみさんだと思うんですよ。熊谷の義理があるから、出てけとも言えないし、かといって自分の家が魔窟みたいになって、いろいろ男が出入りするんで、近所迷惑だし、もしあなたにバレたら大変ってことで、ハラハラしてたみたいですよ」
「ははぁ、なるほど。そう言われれば、俺がナオミのことを聞いたとき、おかみさんがめっちゃ動揺して、挙動不審だったのもそういうわけか。大森の家は君の密会所になるし、植木屋の離れは魔窟になるし、それを知らずにいたなんて、いやはや散々な目に遭ってたんだな」
「あ、河合さん、大森のことはなしなしにしてくださいよ! それ言われると困ります」
「はははは、気にすんなよ。もう過去の出来事だし、どうでもいいじゃないか。でも、ナオミにそんなにあざむかれてたのかと思うと、むしろやられても気持ちいいな。技が上手すぎて、ただ感心するしかないよ」
「まさに相撲の背負い投げをくらったみたいですよね」
「そう、まさにその通り。それで、あの連中は全員ナオミに振り回されて、お互い知らなかったんですか?」
「いや、知ってましたよ。一度に二人が鉢合わせすることがあったくらいです」
「それで喧嘩にならないんですか?」
「あいつらは暗黙の了解で同盟組んで、ナオミを共有してたんです。それでひどいあだ名がついたんですよ。みんな陰ではあだ名で呼び合ってた。あなたは知らないから、むしろ幸運だったけど、僕はすごく腹立たしくて、なんとかしてナオミを救おうと思ったんだけど、意見すると怒って逆にバカにするから、手に負えなかったんです」
「ねぇ河合さん、こないだ『まつあさ』で会ったときは、こんなことまでは話してなかったですよね。―――」
「あのときの話だと、ナオミを自由にさせてるのは熊谷だっていう―――」
「はい、そう言いました。でも、嘘じゃないんですよ。ナオミさんと熊谷は性格が似てて仲よかったんで、一番くっついてました。だから、熊谷が一番の親玉で悪いこととか全部あいつが教えてるんだと思ったんです。だからそう言ったんですけど、まさかそれ以上はあなたに言えなかったんです。あのときはまだ、あなたがナオミを捨てないように、そしてまともな方向に導いてあげてくださいって祈ってたんで」
「それが導くどころじゃ、こっちが引きずり込まれちゃって…―――」
「ナオミさんにハマったら、どんな男でもそうなると思います」
「あの子には不思議な魅力があるんですよね」
「あれはまさに魔力ですよ!僕もそれを感じたんで、もうあの人に近寄っちゃいけない、近寄ったらこっちが危ないって悟ったんです。―――」
原文 (会話文抽出)
「するとあの時の連中は、一人残らず?―――」
「ええ、そうですよ、そうしてあなた、何処で会っていたと思うんです?」
「あの大久保の別荘ですか?」
「あなたの借りていらしった、植木屋の離れ座敷ですよ」
「ふうむ、………」
「ふうむ、そうか、実際驚きましたなあ」
「だからあの時分、恐らく一番迷惑したのは植木屋のかみさんだったでしょうよ。熊谷の義理があるもんだから、出てくれろとも云う訳に行かず、そうかと云って自分の家が一種の魔窟になってしまって、いろんな男がしっきりなしに出入りするんで、近所隣りには体裁が悪いし、それに万一、あなたに知れたら大変だと思うもんだから、ハラハラしていたようでしたよ」
「ははあ、成る程、そう云われりゃあ、いつだか僕がナオミのことを尋ねると、かみさんがひどく面喰って、オドオドしていたようでしたが、そう云う訳があったんですか。大森の家は君の密会所にされるし、植木屋の離れは魔窟になるし、それを知らずにいたなんて、イヤハヤどうも、散々な目に遭ってたんだな」
「あ、河合さん、大森のことは云いッこなし! それを云われると詫まります」
「あはははは、なあにいいですよ、もう何もかも一切過去の出来事だから、差支えないじゃありませんか。しかしそれ程ナオミの奴に巧く欺されていたのかと思うと、寧ろ欺されても痛快ですな。あんまり技がキレイなんで、唯あッと云って感心しちまうばかりですな」
「まるで相撲の手か何かで、スポリと背負い投げを喰わされたようなもんですからね」
「同感々々、全くお説の通りですよ。―――それで何ですか、その連中はみんなナオミに飜弄されて、互に知らずにいたんですか?」
「いや、知ってましたさ、どうかすると一度に二人がカチ合うことがあったくらいです」
「それで喧嘩にもならないんですか?」
「奴等は互に、暗黙のうちに同盟を作って、ナオミさんを共有物にしていたんです。つまりそれからヒドイ仇名が附いちゃったんで、蔭じゃあみんな、仇名でばかり呼んでましたよ。あなたはそれを御存じないから、却って幸福だったけれど、僕はつくづく浅ましい気がして、どうかしてナオミさんを救い出そうと思ったんですが、意見をするとつんと怒って、あべこべに僕を馬鹿にするんで、手の附けようがなかったんです」
「ねえ河合さん、僕はいつぞや『松浅』でお目に懸った時、こんなことまではあなたに云わなかったでしょう。―――」
「あの時の君の話だと、ナオミを自由にしているものは熊谷だと云う―――」
「ええ、そうでした、僕はあの時そう云いました。尤もそれは嘘じゃないので、ナオミさんと熊谷とはガサツな所が性に合ったのか、一番仲よくしていました。だから誰よりも熊谷が巨魁だ。悪いことはみんな彼奴が教えるんだと思ったので、ああ云う風に云ったのですが、まさかそれ以上は、あなたに云えなかったんですよ。まだあの時は、あなたがナオミさんを捨てないように、そして善良な方面へ導いておやりになるようにと、祈っていたのですから」
「それが導くどころじゃない、却って此方が引き摺られて行っちまったんだから、―――」
「ナオミさんに懸った日には、どんな男でもそうなりまさあ」
「あの女には不思議な魔力があるんですな」
「確かにあれは魔力ですなあ! 僕もそれを感じたから、もうあの人には近寄るべからず、近寄ったらば、此方が危いと悟ったんです。―――」