GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 谷崎潤一郎 『痴人の愛』
現代語化
「そ、そ、それはどういうわけですか?」
「どういうわけって、まったく話の外なんですから、―――僕はあなたのことを思って言うんですが、もうナオミさんのことなんかは、忘れてしまったらどうですか」
「そうすると君は、ナオミに会ってくれたんですか?会って話はしてみたけれど、とても絶望だと?」
「いや、ナオミさんには会いません。僕は熊谷のところへ行って、すっかり様子を聞いてきたんです。それであんまりひどすぎて、本当に驚いちゃいました」
「でも浜田君、ナオミはどこにいるんです?僕は第一にそれを聞かせてください」
「それがどこといって、決まったところがあるわけじゃなくて、あちこち泊まり歩いているんですよ」
「そんなにあちこち泊まれる家はないでしょうけどね」
「ナオミさんにはあなたの知らない男の友達が、何人いるか分かりません。もちろん最初、あなたと喧嘩をした日には、熊谷のところへ来たそうです。それもあらかじめ電話をかけて、こっそり訪ねて来てくれるならよかったんですけど、荷物を積んで、自動車を飛ばして、いきなり玄関に乗りつけたものですから、家じゅうの人が一体あれは何者だと大騒ぎになったもんだから、『まあお上がり』とも言えず、さすがの熊谷も弱っちゃったって言っていました」
「ふうん、それから?」
「それで仕方がないから、荷物は熊谷の部屋に隠して、二人はとにかく戸外へ出て、それから怪しげな旅館へ行ったっていうんです。しかもその旅館が、この大森のお宅の近くの何とか楼っていう家で、その日の朝もそこで出会ってあなたに見つかった場所だっていうから、本当に大胆ですよね」
「それじゃ、あの日にまたそこへ行ったんですか」
「ええ、そうだって言うんですよ。それを熊谷が得意そうに、自慢げにしゃべり散らすんで、僕は聞いていて不愉快でした」
「するとその晩は、二人でそこへ泊ったんですね?」
「ところがそうじゃないんです。夕方まではそこにいましたが、それから一緒に銀座を散歩して、尾張町の交差点で別れたんだそうです」
「でも、それはおかしいな。熊谷の奴、嘘をついてるんじゃないかな、―――」
「いや、まあ聞いてください。別れる時に熊谷が少し気の毒になって、『今夜はどこに泊まるんだい』って言ったら、『泊まるところなんていくらでもあるわよ。あたしこれから横浜へ行くわ』って、ちっともしょげてなんかいないで、そのままスタスタ新橋の方へ行くんだそうです。―――」
「横浜っていうのは、誰のところですか?」
「それが不思議なんですよ。いくらナオミさんが顔が広いって、横浜なんかには泊まるところがないでしょうから、ああ言いながら多分大森へ帰ったんだろうと、そう熊谷が思っていたら、次の日の夕方電話がかかって、『エルドラドオで待ってるからすぐ来て』って言ったんです。それで言われたところに行ってみると、ナオミさんが目を見張るような夜会服を着て、孔雀の羽の扇を持って、ネックレスだのブレスレットだのをきらきらさせて、西洋人だのいろんな男に囲まれて、盛んにはしゃいでいるんだそうです」
「おやッ」
原文 (会話文抽出)
「ええ、分ることは分りましたが、………しかし河合さん、もうあの人はとても駄目です、あきらめた方がよござんすよ」
「そ、そ、そりゃあどう云う訳なんです?」
「どう云う訳ッて、全く話の外なんですから、―――僕はあなたの為めを思って云うんですが、もうナオミさんのことなんぞは、忘れておしまいになったらどうです」
「そうすると君は、ナオミに会ってくれたんですか? 会って話はしてみたけれども、とても絶望だと云うんですか?」
「いや、ナオミさんには会やしません。僕は熊谷の所へ行って、すっかり様子を聞いて来たんです。そしてあんまりヒド過ぎるんで、実に驚いちまったんです」
「だけど浜田君、ナオミは何処に居るんです? 僕は第一にそれを聞かして貰いたいんだ」
「それが何処と云って、極まった所がある訳じゃなく、彼方此方を泊り歩いているんですよ」
「そんなに方々泊れる家はないでしょうがね」
「ナオミさんにはあなたの知らない男の友達が、幾人あるか知れやしません。尤も最初、あなたと喧嘩をした日には、熊谷の所へやって来たそうです。それも予め電話をかけて、コッソリ訪ねて来てくれるんならよかったんだが、荷物を積んで、自動車を飛ばして、いきなり玄関に乗り着けたんで、家じゅうの者が一体あれは何者だと云う騒ぎになったもんだから、『まあお上り』とも云う訳に行かず、さすがの熊谷も弱っちゃったと云っていました」
「ふうん、それから?」
「それで仕方がないもんだから、荷物だけを熊谷の部屋に隠して、二人でともかくも戸外へ出て、それから何でも怪しげな旅館へ行ったと云うんですが、しかもその旅館が、この大森のお宅の近所の何とか楼とか云う家で、その日の朝もそこで出会ってあなたに見付かった場所だと云うから、実に大胆じゃありませんか」
「それじゃ、あの日に又彼処へ行ったんですか」
「ええ、そうだって云うんですよ。それを熊谷が得意そうに、のろけ交りにしゃべり散らすんで、僕は聞いていて不愉快でした」
「するとその晩は、二人で彼処へ泊ったんですね?」
「ところがそうじゃないんです。夕方までは其処にいたけれど、それから一緒に銀座を散歩して、尾張町の四つ角で別れたんだそうです」
「けれども、それはおかしいな。熊谷の奴、嘘をついているんじゃないかな、―――」
「いや、まあお聞きなさい、別れる時に熊谷が少し気の毒になったんで、『今夜は何処へ泊るんだい』ッてそう云うと、『泊る所なんか幾らもあるわよ。あたしこれから横浜へ行くわ』ッて、ちっともショゲてなんかいないで、そのままスタスタ新橋の方へ行くんだそうです。―――」
「横浜と云うのは、誰の所なんです?」
「そいつが奇妙なんですよ、いくらナオミさんが顔が広いッて、横浜なんかに泊る所はないだろうから、ああ云いながら多分大森へ帰ったんだろうと、そう熊谷が思っていると、明くる日の夕方電話が懸って、『エルドラドオで待っているから直ぐ来ないか』と云う訳なんです。それで行って見ると、ナオミさんが目の覚めるような夜会服を着て、孔雀の羽根の扇を持って、頸飾りだの腕環だのをギラギラさせて、西洋人だのいろんな男に囲まれながら、盛んにはしゃいでいるんだそうです」
「おやッ」