谷崎潤一郎 『痴人の愛』 「浜田君、まあ何にしてもこんな所でしゃべっ…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 谷崎潤一郎 『痴人の愛』

現代語化

「浜田君、まあ何にしてもここで話していてもしょうがないから、どこかで飯でも食いながら、ゆっくり話そうじゃありませんか。まだまだいっぱい聞きたいことがあるんですから」
「松浅」
「河合さんも、今日は会社をお休みになったんですか」
「うん、昨日も休んだんです。会社の方も最近はまた意地悪く忙しいんで、出なきゃいけないんですけど、一昨日から頭がむしゃくしゃして、とてもそれどころじゃないんですよ。―――」
「ナオミさんは、あなたが今日大森に来てるの、知ってますか?」
「僕は昨日は一日家にいましたが、今日は会社へ出ると言って来たんです。あいつのことだから、もしかしたら気づいているかもしれないけど、まさか大森に来るとは思ってないでしょう。僕はあいつの部屋を探して、ラブレターでも落ちてないかなと思って、突然寄ってみる気になったんです」
「ああそうですか。僕はそうじゃなくて、あなたが僕を捕まえに来たと思ったんです。でもそれだと、後からナオミさんも来ちゃうんじゃないでしょうか」
「いや、大丈夫。―――僕は留守中、着物も財布も取り上げて、一歩も外に出られないようにしておいたんです。あいつの格好じゃ玄関にも出られないよ」
「へえ、どんな格好してるんですか?」
「ほら、君も知ってる、あの桃色の縮緬のガウンがあったでしょう?」
「ああ、あれですか」
「あれ一枚で、帯も締めてないから、大丈夫ですよ。まあ猛獣が檻に入れられたようなもんです」
「でも、さっきあそこにナオミさんが入って来たらどうなりました?それこそ本当に、どんな騒ぎが起きたか分かりませんね」
「でも、ナオミが君と今日会う約束をしたのって、いつなんですか?」
「一昨日―――あなたが僕を見つけたあの晩です。ナオミさんは、僕があの晩拗ねたもんですから、機嫌を取るつもりか何かで、『明後日大森に来てね』って言ったんですが、もちろん僕にも悪いんです。ナオミさんと絶交するか、熊谷と喧嘩するのが当然だったのに、それが僕にはできないんです。自分も卑屈だなと思いながら、気が弱くて、ついぐずぐずにあいつらと付き合ってたんです。だからナオミさんに騙されたんですが、つまり自分が馬鹿だったんですよね」
「松浅」

原文 (会話文抽出)

「浜田君、まあ何にしてもこんな所でしゃべってもいられないから、何処かで飯でも喰いながら、ゆっくり話そうじゃありませんか。まだまだ沢山聞きたいことがあるんですから」
「松浅」
「それじゃ河合さんも、今日は会社をお休みになったんですか」
「ええ、昨日も休んじまったんです。会社の方もこの頃は又意地悪く忙しいんで、出なけりゃ悪いんですけれど、一昨日以来頭がむしゃくしゃしちまって、とてもそれどころじゃないもんだから。………」
「ナオミさんは、あなたが今日大森へ入らっしゃるのを、知っていますかしら?」
「僕は昨日は一日内にいましたけれど、今日は会社へ出ると云って来たんです。あの女のことだから、或は内々気がついたかも知れないが、まさか大森へ来るとは思っていないでしょう。僕は彼奴の部屋を捜したら、ラブ・レターでもありゃしないかと思ったもんだから、それで突然寄って見る気になったんです」
「ああそうですか、僕はそうじゃない、あなたが僕を掴まえに来たと思ったんです。しかしそれだと、後からナオミさんもやって来やしないでしょうか」
「いや、大丈夫、………僕は留守中、着物も財布も取り上げちまって、一歩も外へ出られないようにして来たんです。あのなりじゃ門口へだって出られやしませんよ」
「へえ、どんななりをしているんです?」
「ほら、君も知っている、あの桃色のちぢみのガウンがあったでしょう?」
「ああ、あれですか」
「あれ一枚で、細帯一つ締めていないんだから、大丈夫ですよ。まあ猛獣が檻へ入れられたようなもんです」
「しかし、さっき彼処へナオミさんが這入って来たらどうなったでしょう。それこそほんとに、どんな騒ぎが持ち上ったかも知れませんね」
「ですが一体、ナオミが君と今日逢うと云う約束をしたのはいつなんです?」
「それは一昨日、―――あなたに見つかったあの晩でした。ナオミさんは、僕があの晩すねていたもんですから、御機嫌を取るつもりか何かで、明後日大森へ来てくれろって云ったんですが、勿論僕も悪いんですよ。僕はナオミさんと絶交するか、でなけりゃ熊谷と喧嘩をするのが当り前だのに、それが僕には出来ないんです。自分も卑屈だと思いながら、気が弱くって、ついぐずぐずに奴等と附き合っていたんです。ですからナオミさんに欺されたとは云うものの、つまり自分が馬鹿だったんですよ」
「松浅」


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