谷崎潤一郎 『痴人の愛』 「君とナオミとは、一体いつからそう云う関係…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 谷崎潤一郎 『痴人の愛』

現代語化

「あなたはナオミと、いつからそういう関係だったんですか?」
「けっこう前からなんです。多分あなたが僕を知りもしない時分、―――」
「じゃあ、いつだったかあなたに初めて会ったことがありましたよね。―――あれは去年の秋だったでしょうか。僕が会社から帰ると、花壇のところであなたがナオミと立ち話をしていた?」
「はい、そうでした。もう1年くらいになります。―――」
「すると、あの頃から?―――」
「いや、もっと前からです。僕は去年3月からピアノを習いに、杉崎さんのところへ通い始めたんですが、そこで初めてナオミさんを知ったんです。それから間もなく、3月くらい経ってから、―――」
「その時はどこで会ってたんですか?」
「ここ、大森のあなたのお宅でした。午前中はナオミさんはどこにでも稽古に行かないし、一人で寂しくてしょうがないから遊びに来てくれって言うんです。最初はそのつもりで訪ねたんです」
「ふーん、じゃ、ナオミの方から遊びに来いって言ったんですね?」
「はい、そうでした。しかも僕はあなたが存在することを全然知らなかったんです。うちの田舎の方から大森の親戚に預けられてたんで、あなたは従兄妹なんだってナオミさんは言ってたんです。それが違うと分かったのは、あなたが初めてエルドラドのダンスに来られた時でした。でも僕は、―――もうその時はどうすることもできなくなってたんです」
「ナオミがこの夏、鎌倉に行きたがったのは、あなたと相談の結果なんじゃないでしょうか?」
「いいえ、僕じゃないんです。ナオミさんに鎌倉行きを勧めたのは熊谷なんです」
「河合さん、だまされたのはあなただけじゃないんです!僕もだまされてました!」
「―――ということはナオミは熊谷君とも?―――」
「そうです。今ナオミさんを一番自由にしているのは熊谷なんです。僕はナオミさんが熊谷を好いているのは、前から薄々気づいてました。でも一方僕と関係してるんだから、まさか熊谷ともそうはなってるわけがないと思ってました。しかもナオミさんは、『自分はただの男友達と無邪気に騒ぐのが好きなんだ。それ以上のことは何もないんだ』って言うもんだから、『なるほど、それもそうか』と思って、―――」
「ああ」
「それがナオミの策略だったんですよ。僕もそう言われたもんだから、それを信じてたんです。―――それであなたは、熊谷とそうなってるのをいつ発見したんですか?」
「あの、雨が降った晩にここで雑魚寝したことがあったでしょう。あの晩気づいたんです。―――あの晩、僕はあなたに同情しましたよ。あの時の2人の厚かましい態度は、どう考えてもただの仲じゃないと思いましたからね。僕は自分が嫉妬すればするほど、あなたの気持ちが分かったんです」
「じゃあ、あの晩あなたが気づいたって言うのは、2人の態度から推測して、想像しただけってことですか?」
「違います。その想像を裏付ける事実があったんです。明け方、あなたは寝ていらっしゃって知らなかったでしょうけど、僕は眠れなくて、2人がキスするところを見てたんですよ」
「ナオミはあなたが見ていることを知ってますか?」
「はい、知ってます。僕はその後ナオミさんに話したんです。そして熊谷とは別れてくれって言いました。僕はおもちゃにされるのは嫌だ、こうなったらナオミさんを妻にもらわなきゃ―――」
「もらわなきゃ?―――」
「ああ、そうでした。僕はあなたに2人のことを話して、ナオミさんを自分の妻にもらおうと思ってたんです。あなたは理解のある方だから、僕たちの苦しい気持ちを話せば、きっと認めてくださるだろうって、ナオミさんは言ってました。本当かどうか知りませんけど、ナオミさんの話では、あなたはナオミさんに学問を教えるつもりで養育していただけで、同棲してるけど、夫婦になる約束もない。しかもあなたとナオミさんは歳もかなり離れてるから、結婚しても幸せになれるかどうか分からないとか、―――」
「そんなことを、―――そんなことをナオミが言ったんですか?」
「はい、言いました。近いうちにあなたに話して、僕と結婚できるようにするから、もう少し待ってくれって、何度も何度も固く約束をしました。そして熊谷とも別れるって。でもそれは全部嘘だったんです。ナオミさんは最初から、僕と結婚する気なんて全くなかったんです」
「ナオミは、熊谷君ともそんな約束してるんでしょうか?」
「さあ、それは分かりませんが、多分そんなことないと思います。ナオミさんは飽きっぽいですし、熊谷だって本気じゃないでしょう。あいつは僕よりずっとずる賢いんですから、―――」

原文 (会話文抽出)

「君とナオミとは、一体いつからそう云う関係になっていました?」
「それはよほど前からなんです。多分あなたが僕を御存じにならない時分、………」
「じゃ、いつだったか君に始めて会ったことがありましたっけね、―――あれは去年の秋だったでしょう、僕が会社から帰って来ると、花壇のところで君がナオミと立ち話をしていたのは?」
「ええ、そうでした、かれこれちょうど一年になります。―――」
「すると、もうあの時分から?―――」
「いや、あれよりもっと前からでした。僕は去年の三月からピアノを習いに、杉崎女史の所へ通い出したんですが、あすこで始めてナオミさんを知ったんです。それから間もなく、何でも三月ぐらい立ってから、―――」
「その時分は何処で逢ってたんです?」
「やっぱり此処の、大森のお宅でした。午前中はナオミさんは何処へも稽古に行かないし、独りで淋しくって仕様がないから遊びに来てくれと云われたんで、最初はそのつもりで訪ねて来たんです」
「ふん、じゃ、ナオミの方から遊びに来いと云ったんですね?」
「ええ、そうでした。それに僕はあなたと云うものがあることを、全く知りませんでした。自分の国は田舎の方だものだから、大森の親類へ来ているので、あなたと従兄妹同士の間柄だと、ナオミさんは云っていました。それがそうでないと知ったのは、あなたが始めてエルドラドオのダンスに来られた時分でした。けれども僕は、………もうその時はどうすることも出来なくなっていたのです」
「ナオミがこの夏、鎌倉へ行きたがったのは、君と相談の結果なのじゃないでしょうか?」
「いいえ、あれは僕じゃないんです、ナオミさんに鎌倉行きをすすめたのは熊谷なんです」
「河合さん、欺されたのはあなたばかりじゃありません! 僕もやっぱり欺されていたんです!」
「………それじゃナオミは熊谷君とも?………」
「そうです、今ナオミさんを一番自由にしている男は熊谷なんです。僕はナオミさんが熊谷を好いているのを、とうからうすうすは感づいていました。けれども一方僕と関係していながら、まさか熊谷ともそうなっていようとは、夢にも思っていなかったんです。それにナオミさんは、自分はただ男の友達と無邪気に騒ぐのが好きなんだ、それ以上の事は何もないんだって云うもんだから、成る程それもそうかと思って、………」
「ああ」
「それがナオミの手なんですよ、僕もそう云われたものだから、それを信じていたんですよ。………そうして君は、熊谷とそうなっているのをいつ発見したんです?」
「それはあの、雨の降った晩に此処で雑魚寝をしたことがあったでしょう。あの晩僕は気がついたんです。………あの晩、僕はあなたにほんとうに同情しました。あの時の二人のずうずうしい態度は、どうしたってただの間柄ではないと思えましたからね。僕は自分が嫉妬を感じれば感じるほど、あなたの気持をお察しすることが出来たんです」
「じゃ、あの晩君が気がついたと云うのは、二人の態度から推し測って、想像したと云うだけの………」
「いいえ、そうじゃありません、その想像を確かめる事実があったんです。明け方、あなたは寝ていらしって御存じなかったようでしたが、僕は眠られなかったので、二人が接吻するところを、うとうとしながら見ていたのです」
「ナオミは君に見られたことを、知っているのでしょうか?」
「ええ、知っています。僕はその後ナオミさんに話したんです。そして是非とも熊谷と切れてくれろと云ったんです。僕はおもちゃにされるのは厭だ、こうなった以上ナオミさんを貰わなければ………」
「貰わなければ?………」
「ああ、そうでした、僕はあなたに二人の恋を打ち明けて、ナオミさんを自分の妻に貰い受けるつもりでした。あなたは訳の分った方だから、僕等の苦しい心持をお話しすれば、きっと承知して下さるだろうって、ナオミさんは云っていました。事実はどうか知りませんが、ナオミさんの話だと、あなたはナオミさんに学問を仕込むつもりで養育なすっただけなので、同棲はしているけれど、夫婦にならなけりゃいけないと云う約束がある訳でもない。それにあなたとナオミさんとは歳も大変違っているから、結婚しても幸福に暮せるかどうか分らないと云うような、………」
「そんな事を、………そんな事をナオミが云ったんですね?」
「ええ、云いました。近いうちにあなたに話して、僕と夫婦になれるようにするから、もう少し時期を待ってくれろと、何度も何度も僕に堅い約束をしました。そして熊谷とも手を切ると云いました。けれどもみんな出鱈目だったんです。ナオミさんは初めッから、僕と夫婦になるつもりなんかまるッきりなかったんです」
「ナオミはそれじゃ、熊谷君ともそんな約束をしているんでしょうか?」
「さあ、それはどうだか分りませんが、恐らくそうじゃなかろうと思います。ナオミさんは飽きッぽいたちですし、熊谷の方だってどうせ真面目じゃないんです。あの男は僕なんかよりずっと狡猾なんですから、………」


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