谷崎潤一郎 『痴人の愛』 「だけどあたし、夏は田舎もいいと思うわ」…

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青空文庫図書カード: 谷崎潤一郎 『痴人の愛』

現代語化

「でも私は夏は田舎も好きだよ」
「それは田舎によるよ。私の家なんて草ボーボーの農家で、周りはつまらないし、観光名所もなくて、昼間から蚊やハエがブンブン飛んで、暑くてたまんない」
「えー、そんなの?」
「そんなの」
「どこか海水浴に行きたいな」
「じゃあ、今度涼しいところに連れて行ってあげるよ。鎌倉がいい?箱根がいい?」
「温泉より海がいいな。行きたいなぁ、本当」

原文 (会話文抽出)

「だけどあたし、夏は田舎もいいと思うわ」
「そりゃ田舎にもよりけりだよ、僕の家なんか草深い百姓家で、近所の景色は平凡だし、名所古蹟がある訳じゃなし、真っ昼間から蚊だの蠅だのがぶんぶん呻って、とても暑くってやり切れやしない」
「まあ、そんな所?」
「そんな所さ」
「あたし、何処か、海水浴へ行きたいなあ」
「じゃ、近いうちに涼しい処へ連れて行こうか、鎌倉がいいかね、それとも箱根かね」
「温泉よりは海がいいわ、―――行きたいなア、ほんとうに」

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