芥川龍之介 『一夕話』 「そうだ。青蓋句集というのを出している、―…

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青空文庫図書カード: 芥川龍之介 『一夕話』

現代語化

「そうだ。青蓋句集ってのを出してる、――あいつが小えんの檀家なんだ。いや、2か月くらい前までは檀家だったんだ。今はもう完全に縁切ってるけど、――」
「へえ、じゃあの若槻っていう人は、――」
「俺の中学時代の同級生なんだ」
「これはいよいよ穏やかじゃない」
「お前ら知らない間に、その中学時代の同級生ってやつと、花を折って柳に登って、――」
「ばか言うな。俺があの女に会ったのは、大学病院に行った時に、若槻からもちょっと頼まれてたから、便宜を図ってやっただけなんだ。蓄膿症か何かの手術だったけど、――」
「でもあの女はおもしろい奴だな」
「惚れたのか?」
「それは多分惚れたかもしれない。あるいはまた全然惚れてなかったかもしれない。でも、そういうことよりも話したいのは、あの女と若槻の関係なんだ。――」
「俺は藤井の話した通り、この間偶然小えんに会った。ところが話してみると、小えんはもう2か月くらい前に、若槻と別れたって言うじゃないか?なんで別れたのか聞いても、返事らしい返事は何もしない。ただ寂しそうに笑いながら、もともと私はあの人みたいに、風流人じゃないんですって言うんだ。<br />「俺もその時、深くは聞かなかったし、2人は別れてしまったんだけど、つい昨日、――昨日ってのは午後から雨降ってたろ。あの雨の中、若槻から飯を食いに来ないかって手紙が来たんだ。ちょうど暇だったし、ちょっと早めに行ってみたら、先生は6畳の書斎で、いつも通り悠々と読書してる。俺はこの通り野蛮人だから、風流なんてものは全然知らない。でも若槻の書斎に入ると、芸術的とか何とかいうのは、こういう暮らしだろうって気がするんだ。まず床の間にはいつ行っても、古い掛け軸が飾ってある。花もいつもある。本も和書の本棚のほかに、洋書の本棚も並べてある。おまけに華奢な机の横には、三味線もたまに置いてあるんだ。その上、そこにいる若槻自身も、どこか当世の浮世絵みたいな、通人らしい格好してる。昨日も変なの着てたから、それは何だって聞いたら、占城<span class="notes">[#ルビの「チャンパ」
「チャンパ」

原文 (会話文抽出)

「そうだ。青蓋句集というのを出している、――あの男が小えんの檀那なんだ。いや、二月ほど前までは檀那だったんだ。今じゃ全然手を切っているが、――」
「へええ、じゃあの若槻という人は、――」
「僕の中学時代の同窓なんだ。」
「これはいよいよ穏かじゃない。」
「君は我々が知らない間に、その中学時代の同窓なるものと、花を折り柳に攀じ、――」
「莫迦をいえ。僕があの女に会ったのは、大学病院へやって来た時に、若槻にもちょいと頼まれていたから、便宜を図ってやっただけなんだ。蓄膿症か何かの手術だったが、――」
「しかしあの女は面白いやつだ。」
「惚れたかね?」
「それはあるいは惚れたかも知れない。あるいはまたちっとも惚れなかったかも知れない。が、そんな事よりも話したいのは、あの女と若槻との関係なんだ。――」
「僕は藤井の話した通り、この間偶然小えんに遇った。所が遇って話して見ると、小えんはもう二月ほど前に、若槻と別れたというじゃないか? なぜ別れたと訊いて見ても、返事らしい返事は何もしない。ただ寂しそうに笑いながら、もともとわたしはあの人のように、風流人じゃないんですというんだ。<br />「僕もその時は立入っても訊かず、夫なり別れてしまったんだが、つい昨日、――昨日は午過ぎは雨が降っていたろう。あの雨の最中に若槻から、飯を食いに来ないかという手紙なんだ。ちょうど僕も暇だったし、早めに若槻の家へ行って見ると、先生は気の利いた六畳の書斎に、相不変悠々と読書をしている。僕はこの通り野蛮人だから、風流の何たるかは全然知らない。しかし若槻の書斎へはいると、芸術的とか何とかいうのは、こういう暮しだろうという気がするんだ。まず床の間にはいつ行っても、古い懸物が懸っている。花も始終絶やした事はない。書物も和書の本箱のほかに、洋書の書棚も並べてある。おまけに華奢な机の側には、三味線も時々は出してあるんだ。その上そこにいる若槻自身も、どこか当世の浮世絵じみた、通人らしいなりをしている。昨日も妙な着物を着ているから、それは何だねと訊いて見ると、占城<span class="notes">[#ルビの「チャンパ」
「チャンバ」


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