芥川龍之介 『一夕話』 「和田の乗ったのは白い木馬、僕の乗ったのは…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 芥川龍之介 『一夕話』

現代語化

「和田が乗ったのは白い木馬、俺が乗ったのは赤い木馬なんだけど、楽隊と一緒に回り出した時は、どうなることかと思ったよ。お尻は跳ねるし、目は回るし、振り落とされないだけマシなんだ。でも、その中でも目についたのは、欄干の外の見物の中に、芸者っぽい女が混じってるの。肌が青白くて、目が潤んでて、どこか妙に憂鬱な、――」
「それだけわかれば十分だよ。目が回ってたに決まってる」
「だからその中でもって言ってるじゃない?髪はもちろん銀杏返し、着物は薄青の縞のセルに、何か更紗の帯だったと思うけど、とにかく花柳小説の挿絵みたいな、楚々とした女が立ってるんだ。するとその女が、――どうしたと思う?俺の顔をちらっと見るなり、まさににっこり笑ったんだ。おやと思ったけど間に合わない。こっちが木馬に乗ってるんだから、すぐ女の前を通り過ぎてってしまう。誰だったかなと思う時には、もう俺の赤い木馬の前に、楽隊のやつらが現れてる。――」
「2回目もやっぱり同じさ。また女が微笑む。と思うと見えなくなる。残るのはただ前後左右に、木馬が跳ねたり、馬車が躍ったり、それともトランペットがぶかぶか鳴ったり、太鼓がどんどん鳴ってるだけなんだ。――俺はふとそう思ったよ。これは人生の象徴だな。俺たちはみんな同じように現実の木馬に乗せられてるから、たまには『幸福』にめぐり合っても、つかまえる前に通り過ぎてしまう。もし『幸福』をつかまえたいなら、思い切って木馬から飛び降りればいい。――」
「まさか本当に飛び降りたりしないだろう?」
「冗談言うなよ。哲学は哲学、人生は人生さ。――ところがそんなことを考えてるうちに、3回目になったと思ってくれ。その時ふと気がついたら、――俺もびっくりしたよ。あの女が笑顔を見せてたのは、残念ながら俺じゃなくて。暴漢退治の大将、リヴィングストンの崇拝家、ETC. ETC. ……ドクター和田長平だったんだ」
「でもまあ哲学通りに、飛び降りなかっただけよかったよ」
「和田のやつも女の前に来ると、きっと嬉しそうに挨拶してるよ。それもまたなんだか腰が引けてて、白い木馬にまたがったまま、ネクタイだけ前へだらーんとぶら下げてね。――」
「嘘つけ」

原文 (会話文抽出)

「和田の乗ったのは白い木馬、僕の乗ったのは赤い木馬なんだが、楽隊と一しょにまわり出された時には、どうなる事かと思ったね。尻は躍るし、目はまわるし、振り落されないだけが見っけものなんだ。が、その中でも目についたのは、欄干の外の見物の間に、芸者らしい女が交っている。色の蒼白い、目の沾んだ、どこか妙な憂鬱な、――」
「それだけわかっていれば大丈夫だ。目がまわったも怪しいもんだぜ。」
「だからその中でもといっているじゃないか? 髪は勿論銀杏返し、なりは薄青い縞のセルに、何か更紗の帯だったかと思う、とにかく花柳小説の挿絵のような、楚々たる女が立っているんだ。するとその女が、――どうしたと思う? 僕の顔をちらりと見るなり、正に嫣然と一笑したんだ。おやと思ったが間に合わない。こっちは木馬に乗っているんだから、たちまち女の前は通りすぎてしまう。誰だったかなと思う時には、もうわが赤い木馬の前へ、楽隊の連中が現れている。――」
「二度目もやはり同じ事さ。また女がにっこりする。と思うと見えなくなる。跡はただ前後左右に、木馬が跳ねたり、馬車が躍ったり、然らずんば喇叭がぶかぶかいったり、太鼓がどんどん鳴っているだけなんだ。――僕はつらつらそう思ったね。これは人生の象徴だ。我々は皆同じように実生活の木馬に乗せられているから、時たま『幸福』にめぐり遇っても、掴まえない内にすれ違ってしまう。もし『幸福』を掴まえる気ならば、一思いに木馬を飛び下りるが好い。――」
「まさかほんとうに飛び下りはしまいな?」
「冗談いっちゃいけない。哲学は哲学、人生は人生さ。――所がそんな事を考えている内に、三度目になったと思い給え。その時ふと気がついて見ると、――これには僕も驚いたね。あの女が笑顔を見せていたのは、残念ながら僕にじゃない。賄征伐の大将、リヴィングストンの崇拝家、ETC. ETC. ……ドクタア和田長平にだったんだ。」
「しかしまあ哲学通りに、飛び下りなかっただけ仕合せだったよ。」
「和田のやつも女の前へ来ると、きっと嬉しそうに御時宜をしている。それがまたこう及び腰に、白い木馬に跨ったまま、ネクタイだけ前へぶらさげてね。――」
「嘘をつけ。」


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