佐々木味津三 『右門捕物帖』 「こうしてたき火にあたためさせてくださった…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 佐々木味津三 『右門捕物帖』

現代語化

「こうして焚き火で暖めてくれた優しさといい、ただの一般人じゃねえだろうとは思ってましたけど、右門の旦那様なら、結局何もかも見逃さないだろうから、正直に言います」
「ほう、真面目な言い分だ。手籠めにしてたってことなら、あの屋敷自体が怪しいけど、一体誰の住まいだ」
「アレは、なんと眠白の屋敷でございまして」
「なんだって、眠白とな。眠白といえば、当時この江戸でも一、二を争う仏画師のはずだが、それにしても一介の絵描きには釣り合わねえあの屋敷はどうしたんだ」
「大のケチなんで、高い画料を貪って、貯め込んだんです」
「聞いただけで腹立たしくなる奴だな。じゃ、あんたは眠白の何にあたる人だ。その見苦しい姿から察するに、多分娘とか姉妹じゃねえだろうけど、愛人かい」
「はい。恥ずかしい話ですが、ご想像通り愛人として、この3年間情を通じてます」
「相当歳いってそうだけど、眠白っていくつくらい?」
「62歳です」
「ほほう、62とな。よし、それでだいたい先がわかった。60過ぎたヨボヨボじじいに、あんたみたいに歳の離れた愛人ができたら、両腕の痣も何かしらの罰だろうってだいたい察しがつくが、きっとあんたは眠白の愛情に飽きてるな」
「はい……ご明察です。このような不吉な病にかかって、夢の中で人の指を切り落とすようになったのも、それが元なんです。でも、実は眠白様の振る舞いが余りにも酷くてしつこいので、だんだんと嫌になって、つい弟子の五雲様と密会するようになってしまいました。その五雲様がまた不運というか、この頃めっきり絵が上達して、師匠よりもだんだん画名が上がってきましたので、私たちの仲に気づいた時、眠白様の憎しみは倍になったのでしょう。可哀想なことに、五雲様は眠白様の嫉妬に遭って、絵描きにとって何よりも大切な右腕を切り落とされました。それも、眠白様の考えでは、あんたが五雲様に心を移したのは、あの人が有名になったからだと勘違いしたのでしょう。筆を取る右腕を切れば絵は描けないはずだ、絵が描けなければ名声は落ちるはずだ、名声が落ちればあんたの恋も冷めるはずだと、このように浅はかなことを言って、理不尽に根元からスパッと切り落としたんです。でも、五雲様にはまだ無事な左腕が1本ありましたので、人間の執念というのはこんなに恐ろしい力を見せるものかと驚いたのですが、半年も経たないうちに、その残った左腕で、しかも五雲様が以前よりも一段と名声を高めるような絵を何枚も何枚も仕上げたんです。それに、私たちの関係もますます深まるばかりで、そんなことで恋心が冷めるはずはないので、ついに眠白様の嫉妬は3倍にも8倍にも強まったのでしょう。可哀想なことに、今度は残った五雲様のその左腕を、それも意地悪にも筆を取るのに大切な親指と人差し指を、またも理不尽に切り落としたんです」
「そうか。よし、それで全部わかった。――じゃ、伝六! そろそろアバタの敬公を助け出しに行こうよ」
「え?」
「アバタの敬公をこの世に解放してやろうって言ってるんだよ」
「わけのわからないことを突然言いますね。だって、まだ話を半分も聞いてないんです。この女がどうしてまたあんな非常識なことをしたのか、それすらわかってないじゃないですか」
「血の巡りが悪いやつだな。惚れた絵描きが、最後に残った左手の大切な大切な親指と人差し指をまたも懲らしめに切り落とされたんで、この奥様がそれを可哀想に思って思い詰めた結果、夢遊病になって、自分では気づかないうちにあんなことをしたんだよ。それが夢遊病の恐ろしいところだが、正気じゃ誰もそんなことは考えることさえできないのに、夢の中で考えると、他人の指を切り取れば、惚れた男のダメになった手の指が、無事に直ると思われたんで、ふらふらとあんなふうに、不気味なことをしてしまったんだ。さっきのあの足のある幽霊みたいな歩き方を見てもわかるが、それよりも大きな証拠は、今この奥様が、おいらの怒鳴り声で夢から覚めたとき、自分でもまたやったかと思って、ゾッとしてたじゃないか」
「なるほどね。そう言われると、納得できないこともないんですが、それにしてもあの怪力はどこから出たんです? こんな弱々しい女性に、あんな怪力が湧いたのが不思議じゃないですか」
「それが夢の中での執念なんだよ。狐が憑いたみたいなものだからな、自分では知らない力が湧くんだ。ついでに言うと、この奥様が夢の中で歩いていても、そのとおり江戸の地勢に詳しかった手品の種も明かしてやるが――ねえ、奥さん、あなたは今のこの眠白の愛人になる前に、江戸節とか鳥追い節を流しながら、江戸の町を歌って歩いた人じゃなかったかい?」
「ま! 恐れ入りました。恥ずかしい流し稼業でしたので、それだけは隠していましたが、どうしてまた昔の素性までがおわかりになったんですか?」
「むっつり右門は伊達にそんなあだ名をもらってるんじゃないよ。何を隠そう、その手がかりは、あなたの右手先に残ってる三味線のバチダコだ。どうだい、伝六。わかったら、そろそろアバタの敬公に自由を与えてやろうじゃないか」
「まあお待ち下さい、お待ち下さい。自由を与えるのは結構ですが、そもそも奴がどこにいるかもまだわかってないじゃないですか」
「うるせえな。右門の睨んだ目に、ハズレたためしは一度たりともねえんだよ。小さくなってついて来いよ」

原文 (会話文抽出)

「こうしてたき火にあたためさせてくださったご慈悲深さといい、いずれただのおかたではあるまいと存じていましたが、右門のだんなさまだったら、しょせん何もかももうお見のがしはなさりますまいゆえ、ありていに申し上げますでござりましょう」
「さようか、神妙ないたりじゃ。手ごめに会っていたとすると、あの屋敷がそもそも不審じゃが、いったい何者の住まいじゃ」
「あれこそは何を隠しましょう。絵師眠白の屋敷でござります」
「なに、眠白とな。眠白といえば、当時この江戸でも一、二といわれる仏画師のはずじゃが、それにしても一介の絵かきふぜいには分にすぎたあの屋敷構えはどうしたことじゃ」
「名代の強欲者でございますゆえ、高い画料をむさぼって、ためあげたものにござります」
「聞いただけでも人の風上に置けなさそうなやつじゃな。して、そなたは、眠白の何に当たる者じゃ。そのあだめいた姿から察するに、たぶん娘やきょうだいではあるまいが、囲われ者ででもあるか」
「はい。お恥ずかしいことながら、お目がねどおり囲われ者として、この三年来情をうけている者にござります」
「もうよほどの年のはずじゃが、眠白は何歳ぐらいじゃ」
「六十を二つすぎましてござります」
「ほほう、六十二とな。よし、もうそれで先はだいたいあいわかった。六十を過ぎたちょぼくれおやじに、そなたのような年の違いすぎるあだ者が囲われ者となっていると聞かば、両腕首のあざのあとも何の折檻かおおよそ察しはついたが、思うに、そなた眠白の情をいとうているな」
「はい……ご眼力恐れ入ってござります。このようなのろわしい病にかかって、夢の間に人の指なんぞを切り盗むようになりましたのも、みんなそれがもとでござりまするが、実は眠白様のおふるまいがあんまりあくどく、しつこうござりますゆえ、いとうとものういとうているうちに、ついお弟子の五雲様と人目を忍ぶような仲になってしもうたのでございます。その五雲様がまたあいにくと申しますか、このごろめっきり絵のほうがお上達なさいまして、お師匠よりもだんだんと画名が高まってまいりましたので、わたくしたちの仲をお気づきなさいましたとき、つい眠白様の憎しみが二倍したのでござりましょう。おかわいそうに、五雲様は眠白様の嫉刃にお会いなさいまして、画工には何よりもたいせつな右の腕を切りとられたのでござります。それというのも、眠白様のお考えでは、わたくしが五雲様に心を移したのも、あのかたのご名声が高まってきたゆえからと思い違えたのでござりましょう。筆とる右腕を切ってやったら絵はかけぬはずじゃ、絵がかけなくば名声がすたるはずじゃ、名声がすたらばわたくしの恋もさめるはずじゃ、とこのようにあさはかなことを申されまして、おむごたらしいことに根もとからぷっつりとお切り取りなさいましたのでござります。けれども、五雲様にはまだ満足な左腕が一本ござりましたゆえ、人の一心というものはあのように恐ろしい力を見せるものかと驚いてでござりまするが、半年とたたぬうちに、その残った左腕で、またまた五雲様がまえよりもいっそう名声のお高くなるような絵をいくつもいくつもお仕上げなさいましたのでござります。それに、わたくしどもの間がらも、ますます深まってこそまいりましょうとも、そのくらいなことでお考えのようにさめるはずはござりませなんだゆえ、とうとう眠白様の嫉刃が三倍にも八倍にも強まったのでござりましょう。おかわいそうに、今度は残った五雲様のその左腕を、それも意地わるく筆をとるにたいせつな親指と人さし指を、またもむごたらしゅう切りとったのでござります」
「そうか。よし、もうそれでことごとく皆あいわかった。――では、伝六! そろそろあばたの敬公を救い出しに出かけようよ」
「えッ?」
「あばたの敬公をしゃばの風に吹かしてやろうといってるんだよ」
「わからねえことをとつぜんおっしゃいますね。だって、まだ話を中途まで聞いただけで、この女がどうしてまたあんなだいそれたまねをしやがったか、それさえわからねえんじゃござんせんか」
「血のめぐりのおそいやつだな。ほれた絵かきの男が、最後に残った左手のたいせつもたいせつな親指と人さし指をまたもや見せしめに切りとられたんで、このご新造さんそれをかわいそうに思いつめた結果、夢癆病に取りつかれて、ご自身は知らずにあんなまねをしたんだよ。それが夢癆病の気味のわるいとこだが、正気じゃだれだってもそんなことは考えることさえもできねえのに、夢まぼろしの中で考えると、他人の指を切りとってくりゃ、ほれた男のだいなしになった手の指が、満足に直ると思われたんで、ふらふらとあんなふうに、ぶきみなまねをしちまったんだ。さっきのあの足のある幽霊みていな歩き方を見てもわかるが、それよりも大きな証拠は、今このご新造さん、おれの一喝で夢からさめたとき、自身でもまたやったかとおっかながって、おぞ毛をふるっていたじゃねえか」
「なるほどね。そういわれると、ふにおちねえでもねえんだが、それにしてもあの怪力はどうしたんですい。こんな優女に、あんな怪力の出たのが不思議じゃござんせんか」
「それが夢の中の一念だよ。きつねが乗りうつったようなものだからな、自身じゃ知らねえ力がわくんだよ。ついでだから、このご新造さんが夢の中を歩いていても、あのとおり江戸の地勢に詳しかった手品の種もあかしてやるが――な、ご新造さん、あなたは今のその眠白のお囲い者になるまえに、江戸節か、鳥追い節を流して江戸の町を歌い歩いたおかたじゃなかったのかい」
「ま! 恐れ入ってござります。恥ずかしい流し稼業でございましたゆえ、そればっかりはお隠しだてしてでございましたが、どうしてまた昔の素姓までがおわかりでございましたか」
「むっつり右門は伊達にそんなあだ名をもらっているんじゃござんせんよ。ほかでもねえ、その眼のついたのは、あなたの右手先に見える三味線のばちだこからさ。どうだい、伝六。わかったら、そろそろあばたの敬公に人ごこちをつけてやろうじゃねえか」
「まあお待ちなせえよ、お待ちなせえよ。人ごこちをつけてやるはいいが、だいいち野郎がどこにいるかもまだわからねえじゃござんせんか」
「うるせえな。右門のにらんだまなこに、はずれたためしはただの一度だってもねえじゃねえか。ちっちゃくなってついてきなよ」


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