岡本綺堂 『半七捕物帳』 「なあ、松。ここの家できいても判るめえが、…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「なあ、松。ここの家で聞いてもわからないだろうけど、小伊勢の巳之って息子が睨みの松の下でお糸って女に会った時、その女はどんな格好してたんだ?まさか芝居でする花魁の道中みたいに、部屋着を着て、重ね草履を履いて、手ぬぐいを吹き流しにしてたわけでもあるまいが…」
「うーん」
「そりゃ本人である巳之助に聞けばわかるんだろうけど。でも親分、本当に人違いなんですか?」
「証拠がある。そのお糸って女は、今も無事若狭屋で働いてるそうじゃないか」
「それはそうですが…」
「品川に停泊してる黒船から、マドロスがこっちに上陸してくることはあるか?」
「ありますよ。時々、2〜3人でこの辺を見物して歩いてます」
「この辺の家に飲みに行くか?」
「ここには来ませんが、鮫洲の坂井屋にはよく遊びに行くそうです。川崎屋などは外国人は断ってますけど、坂井屋は気にせずに入れて飲ませるんです。外国人はみんなお金を持ってるそうで、どこで両替してくるのか知りませんが、2歩金や1歩銀をざくざく出してくれるって話で、馬鹿に儲かってます」
「まったく欲の世界だ。外国人でもマドロスでも関係の関係なく、金持ちには媚びて懐を肥やすのが今の世の中だな」
「まあ、そうかもしれませんね」
「その坂井屋に、お糸って女はいないか?」
「お糸さん…。いましたよ」
「もういないのか?」
「ええ、先月の終わりから姿が見えなくなって…。どこかへ駆け落ちでもしたんじゃないかって噂です…」
「坂井屋は外国人を泊めてるのか?」
「泊めていません。坂井屋は旅館じゃないですから…。それに外国人は船に戻る時間がうるさいので、その時間になるとみんな早々に帰ってしまうそうです…。どんなに酔ってても、感心するほどさっさと引き揚げていくそうです」
「そんなに金を使うなら、今の『欲の世の中』では、有力な客だね。その外国人と関係を持った女はいないか?」
「うーん、それはどうでしょうかね。いくら裕福でも、まさか外国人と…」
「誰もが関係を持つ相手がいるだろう」
「手を握らせるくらいが関の山でしょう」
「それで1歩も2歩ももらえりゃあ、いい商売だ」
「ははははははは」
「なるほど、親分の目は確かだ。人違いの相手は坂井屋のお糸だな」
「たぶんそうです。そのお糸が黒船のマドロスとできて、逃げたみたいですね」
「それを自分の馴染みの女と間違えるなんて、巳之助って奴はよっぽどそそっかしいヤツだな」
「本人もそそっかしいけど、女の方も女だ。まあ、待て。そこには何か訳があるだろう」
「おい、姐さん。駆け落ちしたお糸には、何か愛人がいたのか?」
「それはよく知りませんが、近所の伊之さんと…」
「伊之さん…。伊之助ってのか?」
「そうです。建具屋の息子で…。その伊之さんと怪しい噂もありましたが、伊之さんは相変わらず自分の家で働いていますから、一緒に逃げたわけではないでしょう」
「お糸の住所は?」
「知りません」

原文 (会話文抽出)

「なあ、松。ここの家できいても判るめえが、小伊勢の巳之という伜が睨みの松の下でお糸という女に逢った時に、その女はどんな装をしていたのかな。まさか芝居でするお女郎の道行のように、部屋着をきて、重ね草履をはいて、手拭を吹き流しに被っていたわけでもあるめえが……」
「さあ」
「そりゃあ本人の巳之助に訊いてみなけりゃあ判りますめえ。だが、親分。どうしても人違いでしょうか」
「論より証拠、そのお糸という女は無事に若狭屋に勤めていると云うじゃあねえか」
「そりゃあそうですが……」
「品川にかかっている黒船から、マドロスがここらへあがって来ることがあるかえ」
「ええ、時々に二、三人連れでここらを見物して歩いていることがあります」
「ここらの家へ飲みに来るかえ」
「ここへは来ませんが、鮫洲の坂井屋へはちょいちょい遊びに来るそうです。川崎屋なんぞでは異人は断わっていますが、坂井屋では構わずに上げて飲ませるんです。異人はみんなお金を持っているそうで、どこで両替えして来るのか知りませんが、二歩金や一歩銀をざくざく掴み出してくれるという話で、馬鹿に景気がいいんです」
「なんでも慾の世の中だ。異人でもマドロスでも構わねえ、銭のある奴は相手にして、ふところを肥やすのが当世かも知れねえ」
「まあ、そうかも知れませんね」
「その坂井屋さんにお糸という女はいねえかえ」
「お糸さん……。居りましたよ」
「もういねえかえ」
「ええ、先月の末から見えなくなって……。どっかへ駈け落ちでもしたような噂ですが……」
「坂井屋じゃあ異人を泊めるのかえ」
「泊めやあしません。坂井屋は宿屋じゃありませんから……。それに異人は船へ帰る刻限がやかましいので、その刻限になるとみんな早々に帰ってしまうそうで……。どんなに酔っていても、感心にさっさと引き揚げて行くそうです」
「そんなに金放れがよくっちゃあ、今も云う慾の世の中だ。その異人に係り合いでも出来た女があるかえ」
「さあ、それはどうですか。いくら金放れがよくっても、まさかに異人じゃあ……」
「誰だって相手になる者はありますまい」
「手を握らせるぐらいが関の山かな」
「それで一歩も二歩も貰えりゃあいい商法だ」
「ほほほほほほ」
「成程、親分の眼は高けえ。人ちがいの相手は坂井屋のお糸ですね」
「まあ、そうだろう。そのお糸が黒船のマドロスと出来合って逃げたらしいな」
「それを自分の馴染の女と間違えるというのは、巳之助という奴もよっぽどそそっかしい野郎だ」
「野郎もそそっかしいが、女も女だ。まあ、待て。それには何か訳があるだろう」
「おい、姐さん。駈け落ちをしたお糸には、なにか色男でもあったのかえ」
「それはよく知りませんが、近所の伊之さんと……」
「伊之さん……。伊之助というのか」
「そうです。建具屋の息子で……。その伊之さんと可怪しいような噂もありましたが、伊之さんは相変らず自分の家で仕事をしていますから、一緒に逃げたわけでも無いでしょう」
「お糸の宿はどこだ」
「知りません」


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