GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』
現代語化
「それで早速だが、神田の方は後回しにして、まずその雑司ヶ谷の方を聞かせてくれ。その家は穀屋で、桝屋とか言ったな?」
「家号は桝屋ですが、苗字は庄司というんだそうで、土地の人たちはみんな庄司と呼んでいます。土地では由緒のある家だそうで、店の商売は穀屋ですが、田畑をたくさん持ってる大百姓で、店の右側に大きな門があって、家の構えもなかなか立派です。店舗と畑を合わせると、使用人が40〜50人もいるそうです」
「使用人の他に家族は?」
「大家の割りに、家族はすごく少ないんです」
「主人は藤左衛門といって、もう60歳くらい。奥さんは10年ほど前に亡くなりました。子供は息子2人と娘2人で、長男は奥州の方へ行って店を出してるんです。次男は中国の方へ養子に出てます。長女は越後の方へ嫁ぎました。家に残ってるのはお早という妹娘だけで、これが26歳になるんですが、なぜか体が悪いとかで、去年あたりから家に閉じこもって、誰にも顔を見せないそうです」
「そうすると、親子2人だけだな。その庄司の家になにか悪い噂はあるか?」
「うーん、そんな噂は聞きませんでした。主人は心優しい方だそうで、土地では庄司の旦那様といえば、仏様のように敬ってるようです。何を聞いてもいいことばかりで、悪い噂をする人は1人もいませんよ。これじゃ無駄っぽいですね」
「いや、無駄じゃない」
「もうこれでいよいよ決まった。勝次郎に会いに来る女は、そのお早という26歳の娘に違いない」
「そうでしょうか?」
「だって、考えてみろ。それほどの大家なのに、長男を遠い奥州へやってしまうのがわからないだろ?次男も遠い中国へやる。長女も遠い北国へやる。大勢の子供をみんな遠くにやってしまうのは、何か理由があるはずだ。その家には悪い病気の血筋がある。おそらくハンセン病とか何かを引き継いでるんだろう。親父は運良く無事だったとしても、子供たちは年頃になると悪い病気が出る。だから、奥州へやったの、北国へやったのと称して、どこか知らない田舎に隠してるんだろ。家に残ってるお早という娘が去年から具合悪いのも、やっぱりそれだ。ただの病気なら誰にも顔を見せない理由はない。人に見られないように、どこかで隠れて療養してるんだろう。考えてみると気の毒なもんだ」
「それにしても、そのお早という女が勝次郎に会いに来たんでしょうか?それがまだわかりません」
「わからないことがあるものか」
「その女は顔に青い痣があるというじゃないですか?それはもう病気が出てるのを何かの化粧で塗りたくって、痣のようにごまかしてるんだ。だから相手の男をいつも清水山の薄暗いところに連れ込んでるんだろう。勝次郎は道中で偶然その女に出くわしたと言ってるけど、どうもそうじゃないらしい。この6〜7月の一ヶ月ほどの間に仕事に行ってる間に、何かのはずみでお早という娘と関係を持ったんだろう。女は男が恋しくてたまらなくて、わざわざ雑司ヶ谷から会いに来る。それを自分の家に連れ込むわけにもいかないし、近所のことも気になる。女の方も例の件で、できるだけ薄暗いところが良い。そこで2人で話し合って、昔から人が立ち入らない清水山を出逢い場所に決めたんだろう」
「勝次郎は一件のことを知ってるでしょうか?」
「おそらく知らないだろう」
「痣のあることは知ってたでしょうけど、相手は大店の娘だ。あいつも欲に負けて引っかかったんだろう。悪いことはしちゃいけないもんだ。喜平や銀蔵を殴った奴も雑司ヶ谷の使用人だろう。大勢の使用人の中に忠義者がいて、外部の者に主人の娘を守らせたんだろう。甚五郎の床屋に髪を結いに来たという2人組がまさにそれだ。こう考えてくると、昨夜勝次郎を拉致った奴もだいたいわかるはずだ。お早と勝次郎の逢瀬は本人同士の勝手だが、世間を騒がせてるのは良くないから、一応は叱っておかなきゃならない。特に雑司ヶ谷の奴らが勝次郎を拉致するなんてのは良くないことだ。警察沙汰にするほどのことではないとしても、これまた叱って勝次郎を助けてやらなきゃ気の毒だ」
「じゃあ、すぐに繰り出しましょうか?」
「今から出かけても、夜が更けて何か問題が起こるかもしれない。まあ、明日にしておこう。世間の噂があまりに騒々しくなったのと、勝次郎のヤツがこの頃どんどん調子に乗ってきたので、向こうも拉致ったんだろうから、命を取るようなことはあるまい。証拠が出れば、そんなに慌てなくても大丈夫だ」
原文 (会話文抽出)
「そうだろうと思っていた」
「そこで早速だが、神田の方はあと廻しとして、まずその雑司ヶ谷の方から聞かしてくれ。その家は穀屋で、桝屋とか云ったな」
「家号は桝屋ですが、苗字は庄司というんだそうで、土地の者はみんな庄司と云っています。土地では旧家だそうで、店の商売は穀屋ですが、田地をたくさん持っている大百姓で、店の右の方には大きい門があって、家の構えもなかなか手広いようです。店の方と畑の方とを合わせると、奉公人が四五十人も居るということです」
「奉公人のほかに家内は幾人いる」
「大家内の割合いに、家の者は極く少ないんです」
「主人は藤左衛門といって、もう六十ぐらいになる。女房は十年ほど前に死ぬ。子供は男二人と女ふたりで、惣領は奥州の方へ行って店を出している。舎は中国の方へ養子にやる。惣領娘は越後の方へ嫁にやる。家に残っているのはお早という妹娘だけで、これが二十六になるそうですが、なんだか身体が悪いとかいうので、去年あたりから内に閉じこもっていて、誰にも顔をみせないということです」
「そうすると、親子二人ぎりだな。その庄司の家には何か悪い筋でもあるという噂は聞かねえか」
「さあ、そんな噂は聞きませんでした。主人は慈悲ぶかい人だそうで、土地では庄司の旦那様といえば、仏さまのように敬っているようです。なにを訊いてもいいことばかりで、悪い噂なんぞする者は一人もありませんよ。どれもこれも無駄らしゅうござんすね」
「いや、無駄でねえ」
「もうこれでいよいよ極まった。勝次郎に逢いに来る女は、そのお早という二十六の娘に相違ねえ」
「そうでしょうか」
「だって、考えてみろ。それほどの大家でありながら、惣領息子を遠い奥州へ出してやるというのがわからねえ。舎も遠い中国へやる。惣領むすめも遠い北国へやる。大勢の子供をみんな遠国へ出してしまうというのは、なにか仔細がなければならねえ。その家には悪い病気の筋がある。おそらく癩病か何かの血筋を引いているのだろう。おやじは幸いに無事でいても、その子供たちは年頃になると悪い病いが出る。そこで、奥州へやったの、北国へやったのと云って、どこか知らねえ田舎に隠しているに相違ねえ。家にのこっているお早という娘が去年から悪いというのも、やっぱりそれだ。唯の病気ならば誰にも顔を見せねえという筋はねえ。人に見られねえように、どっかに隠れて養生しているんだろう。考えてみれば可哀そうなものだ」
「それにしても、そのお早という女が勝次郎に逢いに来たんでしょうか。それがまだわからねえ」
「わからねえことがあるものか」
「その女は顔に青い痣があるというじゃあねえか。それはもう病気の発しているのを何かの絵具で塗りかくして、痣のように誤魔化しているんだ。それだから相手の男をいつも清水山の薄暗いところへ連れ込んでいるんだろう。勝次郎は往来のまん中で不意にその女に出っくわしたように云っているが、どうもそうじゃあねえらしい。この六月から七月にかけて小ひと月ほども仕事に行っているあいだに、何かのはずみでお早という娘と出来あったに相違ねえ。女は男が恋しい一心で雑司ヶ谷からわざわざ逢いに来る。それを自分の家へ引き摺り込んでは近所となりの手前もある。女の方も例の一件だから、なるたけ薄暗いところがいい。そこでふたりが話しあって、むかしから人のはいらねえ清水山を出逢い場所にきめたんだろう」
「勝次郎は一件を知っているんでしょうか」
「よもや知るめえ」
「痣のあることは知っていたろうが、相手は大家の娘だ。あいつも慾に転んで引っかかったんだろう。悪いことは出来ねえもんだ。喜平や銀蔵をなぐった奴も雑司ヶ谷の奉公人だろう。大勢の奉公人のうちには忠義者があって、よそながら主人のむすめの警固に来ているらしい。甚五郎の床店へ髪を束ねに来たという二人連れの男が確かにそれだ。こう煎じつめて来ると、ゆうべ勝次郎を引っかついで行った奴も大抵わかる筈だ。お早と勝次郎の逢いびきは当人同士の勝手だが、世間を騒がすのはよくねえから、一応は叱って置かなけりゃあならねえ。殊に雑司ヶ谷の奴らが勝次郎をさらって行くなどとはよくねえことだ。科人をこしらえるほどの事でなくっても、これも叱って勝次郎を助けてやらなけりゃあ可哀そうだ」
「じゃあ、すぐに繰り出しましょうか」
「これから出かけると、夜がふけて何かの都合が悪かろう。まあ、あしたにしようぜ。世間のうわさがあんまり騒々しくなったのと、勝次郎の奴がこの頃だんだんぐらつき出したので、向うでも引っかついで行ってしまったんだろうから、なにも命を取るようなこともあるめえ。種さえあがれば、そんなに慌てなくてもいい」