GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』
現代語化
「よくすぐに来てくれたな」
「親分さんのご用事ということで…」
「それでさっそくだが、お前は柳原の清水山へ何しに行くんだ?」
「いや、行ったことはございません。山卯の喜平どんに誘われましたが、どうも気が進まないので断りました」
「気が進まないなら、なぜ初めから自分の方から行こうと言ったんだ?いやなものなら黙っていたらよさそうなもんだ。一度行こうとしながら、途中で寝返りを打つばかりか、山卯の小僧に100文くれて、仕事場の丸太をなぜ倒させた?そのわけを聞きたいんだ。正直に言えよ」
「はい」
「一体お前は妙な知り合いを持っているな。あの35〜36の色の黒い、骨太の男はなんだ?」
「それから32〜33の小柄な男…あんな奴らとなんでつき合ってるんだ?」
「もう全部お上の耳に入ってるんだ。じたばたするな、死に際の悪いヤツだ」
「さあ、なんとか返事しろ。黙ってるなら、俺の方からもっと言って聞かせてやろうか。だが、俺に口をきかせるほど、お前の罪が重くなるんだぞ。そのつもりでいろ。それともここで素直に言うか?」
「親分、勘弁してください。申し上げます、申し上げます」
「さあ、水をやる。一杯飲んで、落ち着いて、はっきりと申し立てろ」
「ありがとうございます」
「こうなれば何もかもありのまま申しますが、私は決して悪事を働いた覚えはございません」
「嘘をつけ」
「どうも強情なヤツだな。じゃあ、俺の方からよく言って聞かせる。お前が最初から清水山へ行く気もなく、また何も後ろ暗いことがなければ、初めから黙ってるはずだ。脛に傷を持つ奴の癖で、自分の方からわざわざ清水山へ行こうなどと言ったものの、もともと本当にに行く気はないから、喜平たちを脅すために、小僧に頼んで丸太を倒させた。それでも喜平が強情に行くと決めたので、今度は長屋に急病人が出たなどという適当な嘘をつきやがって逃げ出した……。おい、勝次郎。まだ俺に喋らせるのか?世話焼くにも程があるぞ」
「恐れ入りました」
「親分のおっしゃることは一々その通りでございます。しかし親分、私は清水山の一件に関係していることは違いますが、決して悪いことはしておりません。まあ、お聞きください。今年の7月末のことでした。日が暮れてもまだまだ残暑が厳しくて、私は涼みながら鼻歌で柳原の堤の下を通りました。もう5時半(午後9時)頃だったと思います。ふとその見ると、薄暗い中に白地の浴衣を着ているらしい女がぼんやりと立ってるんです。シケを踏んだ夜鷹だろうと思って、からかい半分に近づいて何か冗談を言うと、その女は突然私の腕をつかまえて、堤の上へ引っ張っていく。私も若いもんですから、いよいよ面白くなってついていきました。ところが相手は夜鷹どころか、別れる時に向こうから一分を私の手に握らせてくれたんです。そして、明日の晩も必ず来てくれと言うんです。ますます嬉しくなって、その明日の晩も約束通りに出かけて行くと、女はやっぱり待ってくれていました。会う場所はいつも清水山で、会うたびに必ず一分ずつくれるんです。こんな面白いことはないと思っていたところ、忘れもしない8月8日の晩でした。その晩は月が綺麗で、女の顔が…。女はいつも手ぬぐいを深くかぶっているので、一体どんな女だかよくわからなかったんですが、今夜こそはよく見届けようと思って、月光で手ぬぐいの隙間を覗いてみると、これはもうびっくりしました。その女は両方の目の周りから鼻の下あたりまで、まるで仮面でもかぶったような一面の青黒い痣で、絵に描いた鬼女とでも言うような人相でしたから、私は気が遠くなるほどびっくりして、慌てて突き放して逃げようとすると、女は袖にしがみついて離しません。まあ、話すことがあるから一緒に来てくれと言って、無理に私を清水山の奥へ引きずっていきました。今まで一分ずつくれていたのですから、本当の化け物でないことはわかりますが、それにしても化け物のような女の正体がわかると、なんだか薄気味悪くなって、お岩か累にでもとり憑かれたような気持ちで、私は怖々ながらついていくと、女はすすり泣きをしながら、『どうせ一度は知れることだと覚悟はしていたけれど、こうなると悲しい、情けない。私のような者でも不憫と思って、今まで通りに会ってくれるかしら?それとも愛想を尽かしてこれで終わりにするかしら?その返事次第で私も決断するわ』と言うんです。嫌だと言うと、いきなり喉笛に噛みつくか、帯から剃刀でも取り出すか、どっちにしても助けておかないぞという勢いなので、どうにもこうにもしようがなくなって、私も一時逃げるつもりで、必ず今まで通りに会うという約束をしてしまいました」
原文 (会話文抽出)
「おい、御苦労」
「よくすぐに来てくれたな」
「親分さんの御用だということですから」
「そこで早速だが、お前は柳原の清水山へ何しに行くんだ」
「いいえ、行ったことはございません。山卯の喜平どんに誘われましたが、どうも気が進まないのでことわりました」
「気が進まないなら、なぜ初めに自分の方から行こうと云い出したんだ。いやなものなら黙っていたらよさそうなもんだ。一旦行こうとしながら、中途で寝返りを打つばかりか、山卯の小僧に百の銭をくれて、仕事場の丸太をなぜ倒さした。そのわけが訊きてえ。正直に云ってくれ」
「へえ」
「一体おめえは妙な知りびとを持っているな。あの三十五六の色の黒い、骨太の男はなんだ」
「それから三十二三の小作りの男……あんな奴らとなぜ附き合っているんだ」
「もう何事もお上の耳にはいっているんだ。じたばたするな、往生ぎわの悪い野郎だ」
「さあ、なんとか返事をしろ。黙っているなら、おれの方からもっと云って聞かしてやろうか。だが、おれに口をきかせれば利かせるほど、貴様の罪が重くなるのだから、その積りでいろ。それともここらで素直に云うか」
「親分、堪忍してください。申し上げます、申し上げます」
「さあ、水をやる。一杯のんで、気をおちつけて、はっきりと申し立てろ」
「ありがとうございます」
「こうなれば何もかも有体に申し上げますが、わたくしは決して悪事を働いた覚えはございません」
「うそをつけ」
「どうも強情な奴だな。じゃあ、おれの方からよく云って聞かせる。貴様が初手から清水山へ行く料簡もなし、またなんにもうしろ暗いことがねえなら、初めから黙っている筈だ。脛に疵もつ奴の癖で、自分の方からわざと清水山へ行こうなぞと云い出したものの、もともとほんとうに行く気はねえんだから、喜平たちをおどかすために、小僧に頼んで丸太を倒させた。それでも喜平が強情に行くと云うので、今度は長屋に急病人が出来たなどといい加減な嘘をついて逃げてしまった……。やい、勝次郎。まだおれにしゃべらせるのか。世話を焼かせるにも程があるぞ」
「恐れ入りました」
「親分のおっしゃることは一々図星でございます。しかし親分、わたくしは清水山の一件に係り合いがあるには相違ありませんが、決して悪いことをした覚えはないのでございます。まあ、お聞きください。ことしの七月の末でございました。日が暮れてもなかなか残暑が強いので、涼みながら鼻唄で柳原の堤下を通りました。もうかれこれ五ツ半(午後九時)頃でしたろう。ふいと見ると、うす暗いなかに白地の浴衣を着ているらしい女がぼんやりと突っ立っているんです。しけを食った夜鷹だろうと思って、からかい半分にそばへ寄って、何か冗談を云いかけると、その女はいきなりわたくしの腕をつかまえて、堤の上へ引っ張って行く。こっちも若いもんですから、いよいよ面白くなって付いて行きました。ところが、相手は夜鷹どころか、別れる時に、向うから一分の金をわたくしの手に握らせてくれました。そうして、あしたの晩もきっと来てくれと云うんです。いよいよ嬉しくなって、そのあしたの晩も約束通りに出かけて行くと、女はやっぱり待っていました。出逢う所はいつでも清水山で、逢うたびにきっと一分ずつくれるんですから、こんな面白いことはないと思っていると、忘れもしない八月八日の晩でした。その晩はいい月で、女の顔が……。女はいつも手拭を深くかぶっているので、一体どんな女だかよくわからなかったんですが、今夜こそはよく見とどけてやろうと思って、月明かりで手拭のなかを覗いてみると、いやどうもおどろきました。その女は両方の眼のまわりから鼻の下あたりまで、まるで仮面でもかぶったような一面の青黒い痣で、絵にかいた鬼女とでも云いそうな人相でしたから、わたくしは気が遠くなる程にびっくりして、あわてて突き放して逃げようとすると、女は袖にしがみついて放しません。まあ、話すことがあるから一緒に来てくれと云って、無理にわたくしを清水山の奥へ引き摺って行きました。今まで一分ずつくれていたのですから、ほんとうの化け物でないことは判っていますが、なにしろ化け物のような女の正体がわかってみると、なんだか薄気味が悪くなって、お岩か累にでも執着かれたような心持で、わたくしは怖々ながら付いて行くと、女はすすり泣きをしながら、どうで一度は知れるに決まっていると覚悟はしていたが、さてこうなると悲しい、情けない。わたしのような者でも不憫と思って、今まで通りに逢ってくれるか、それとも愛想を尽かしてこれぎりにするか、その返事次第でわたしにも料簡があると、こう云うんです。嫌だと云ったら、いきなり喉笛にでも啖いつくか、帯のあいだから剃刀でも持ち出すか、どの道、唯はおかないという権幕ですから、どうにもこうにもしようがなくなって、わたくしも一時逃がれの気やすめに、きっと今まで通りに逢うという約束をしてしまいました」