岡本綺堂 『半七捕物帳』 「あなたには判りませんかな。権田原で取り押…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「覚えてるでしょ?権田原で捕まえたのが野口武助だって言ったじゃん。武助が酔っぱらって刀振り回したわけじゃないんだ。米屋の茂兵衛とつるんでたんよ」
「じゃあ、2人は前から仲良しだったんですか?」
「茂兵衛は奥さんが亡くなって独身だったから、新宿とか遊びに行ってたんだ。でも、夜遊びはせず、昼間だけだったから誰も気づかなかったんだって。その遊び場で武助と知り合って、2人とも悪い奴だったから仲良くなっちゃった。茂兵衛のほうが頭が良いからリーダーで、中で若造の銀八、外では浪人の武助を使って、いろんな悪事してたんだ。その悪事がどんどんバレてくるにつれて、近所の人たちはビックリしたんだって」
「為吉の妹を襲ったのは誰ですか?」
「お種を襲ったのも、やっぱり銀八だよ」
「私は米搗きの藤助が怪しいと思ってました。意外にまともな人で、銀八のほうが悪党だったんですね。銀八は、茂兵衛に言われて、化け物屋敷に監禁されてるオサーンにこっそり食べ物運んでたんだって。でも、そんな奴が何もせず帰るわけないでしょ。オサーンが『家に帰らせて』って頼むと、『明日の夕方連れて行ってやる』って約束して帰ったんだ。それで、次の日の午後、お種が近くの銭湯に行ったのを見計らって、化け物屋敷にオサーンを迎えに行った。オサーンは嬉しそうに出てきたんだけど、途中で人通りのない場所を見つけて、銀八は突然オサーンにナイフ突きつけて、『これからお種に会っても、俺の許可が出るまで口きくな』って脅して連れて行った。それから、銭湯の近くでお種が出てくるのを待ってた。オサーンの姿を見て、お種はびっくりして駆け寄ったんだ。そしたら、銀八が『ここで話はできないから、ちょっと来て』って言ったんだ。つまり、オサーンをエサにして、お種をおびき出したんだよ。オサーンは脅されてたから、何も言えない。お種はオサーンに引っ張られて、何も考えずに着いて行った。16と17歳の田舎娘だから、悪い奴に捕まっちゃったら赤ん坊も同然。どうすることもできなかった。それで、オサーンは化け物屋敷に戻って、お種も一緒に捕まってしまったんだ」
「ひどい奴ですね」
「ひどいよ。茂兵衛と銀八は、2人を捕まえて宿場の遊郭に売り飛ばすつもりだったんだ。でも、金ちゃんと為吉がいたら邪魔になる。特に為吉は血気盛んな若い衆だから、自分の女房だと思ってるオサーンがいなくなっちゃって心配してる。金ちゃんのケガが治っても、オサーンとお種の居場所がわからないうちは絶対に帰らないって言ってるんだ。だから、茂兵衛と銀八も何とかして為吉を邪魔にしなきゃいけなくなった。それで、2人は相談して、為吉を権田原に呼び出すことにしたんだ。わかるでしょ?榛の木の下に待ってたのが野口武助で、ここで為吉を殺すってことだったんだよ」

「案内人の藤助は何も知らなかったんですか?」
「米搗きの藤助は、商売っぽくないお洒落なヤツで、ちょっと遊びもしてたけど、案外ぼーっとしてたから、茂兵衛に利用されてたんだ。でも、ラッキーだったのは、命が助かったこと。茂兵衛と武助は、為吉だけ殺すと怪しまれるから、ついでに藤助も殺すつもりだったんだって。ひどい奴らでしょ」
「武助ってやつ、おかしいですよね。2人殺すのって、さすがに気が引けるでしょ?それで酒飲んで勢いをつけて、新宿で飲んでから榛の木の下で待ってたんだ。そしたら、お若と徳次郎がデートして来たんだ。道中、清元とか常磐津で『落人のためかや今は冬枯れて』って歌いそうな雰囲気。みんな、ここで心中するつもりだったんだ。芝居みたいだよね。『初会のその日から』とか言いながら、口説き文句も言い合ってたみたい」
「お若と徳次郎は、そこに人が隠れてるとは思ってなくて、イチャイチャしてたんだ。でも、武助は暗がりで2人の口説き文句を聞いて、イライラしちゃった。機嫌が悪くなっちゃったんだ。それに、武助の邪魔になってた。だから、突然飛び出して、『斬るぞ!』って脅かしたんだ。2人は驚いて逃げ出した。そしたら、為吉と藤助が来て、庄太と俺も来た。もう大パニックで、めちゃくちゃになっちゃった」
「武助は面倒くさくなって、一旦隠れたんだけど、なんか心配になって、戻ってきて様子を見てた。お若と徳次郎を帰した後、為吉と藤助の取り調べが始まりそうになったから、『ヤバイ、喋られる!』って飛び出して斬りつけたんだ。それで逃げたのに、また戻ってきて俺を斬ろうとした。自分では藤助を斬ったつもりだったみたいだけど、どっちにしても戻ってきたのが運の尽きで、捕まっちゃった」
「茂兵衛と銀八はすぐに捕まりましたか?」
「捕まえたよ。庄太はまだ戻ってなくて、1人じゃ大変かなと思ったんだけど、逃げるのも困るから、賭けに出た。夜じゃないし、下総屋は戸を閉めてて、潜り戸の障子に明かりが漏れてたから、俺は藤助に、外から『今来たよ』って言わせたんだ。冥途の道連れになるはずだった藤助が生きて帰ってきて、中で驚いたんだろうね。銀八がすぐ潜り戸を開けて外を見た。そこへ俺が飛び込んで、何も言わせずに縄をかけてやった」
「その音を聞いて、奥から主人の茂兵衛が出てきたから、これも押さえた。2人相手だったけど、都合よく順番に出てきてくれたから、あっさり片付いたよ。なんとかなるもんじゃない?」
「おさんとお種が銀八に連れ去られて、化け物屋敷に閉じ込められたのは知ってますよね?手足を縛って押入れに入れてたんだけど、2人になったから、次の日の夜、片方の縄の結び目をもう片方が噛んでほどいて、なんとか自由になって逃げ出したんだ。時間がわかるんだけど、俺が踏み込んだのよりちょっと前みたい。残念だったよ」
「それで無事に逃げおおせたんですよね?」
「ところがさ、そうじゃない。逃げ出したはいいけど、夜だし土地勘もないから、迷っちゃって品川と大森の海岸に出ちゃったんだ。もう夜も更けて、目の前に暗い海が広がってる。漁師町に行って相談すればいいのに、2人とも若い娘だから、ちょっとおかしくなっちゃってたみたい。こんな苦労をするくらいなら、死んだほうがマシだって言って、海に飛び込んだんだ。幸い夜網の船が出てたから、2人とも助けられたんだけど、息を吹き返したのはお種だけで、おさんは助からなかった。佐倉宗吾の芝居がもとで大変な目に遭って、江戸に死ににきたようなもんだった」
「でも、金ちゃんは軽傷で早く治りましたよね。茂兵衛の仇だから、うかうかしてるとまた仇討ちされて、無事には済まなかったでしょうけど、茂兵衛と銀八が捕まったから助かったんですね。為吉は重傷で危なかったけど、2ヶ月くらいで回復して、佐倉から迎えが来て、金 ちゃんと為吉は帰りました」
「それから、道行のほうはどうなりました?」
「これまた芝居みたいな結末だよ。男も女も借金なんてたいしたことないから、俺は口利いて、甲州屋の方はお若を身請けさせてやったんだ」
「めでたく徳次郎と結婚したんですね。その身請け金のことは…」
「仕方がないよ。半七が腹を切ったんだ。でも、俺の面子を立てて、甲州屋も安くしてくれたから、大したダメージじゃなかった。俺も、人を縛るだけじゃないんだ。こういう善人役もするよ。はははははは」

原文 (会話文抽出)

「あなたには判りませんかな。権田原で取り押さえたのが野口武助だと云ったじゃあありませんか。武助だって酔狂に抜き身を振り廻したのじゃあない。下総屋の茂兵衛と糸を引いているのですよ」
「そうすると、この二人は前から懇意なんですね」
「茂兵衛も女房に死に別れて、当時は独り身ですから、新宿なぞへ遊びに行く。しかし多くは昼遊びで、決して家を明けたことが無いので、誰も気がつかなかったそうです。その遊び先で武助と知り合いになって、悪い奴同士が仲好くなってしまったのです。茂兵衛の方が役者は一枚上なので総大将格、内では若い者の銀八、外では浪人の武助、この二人を両手のように働かせて、いろいろの悪事を重ねていたので、その兇状がだんだん明白になるに付けて、近所の者はいよいよ驚いたそうです」
「為吉の妹をかどわかしたのは誰です」
「お種をかどわかしたのも、やっぱり銀八です」
「わたくしは米搗きの藤助に眼を着けていたんですが、これは案外の善人で、銀八の方が案外の曲者でした。銀八は、茂兵衛の指図を受けて、化け物屋敷の空家に監禁してあるおさんの処へ、食い物をそっと運んでいたのですが、こんな奴が唯それだけで帰る筈がありません。定めて好き勝手な真似をして、年の行かない娘をいじめたのでしょう。おさんがどうぞ家へ帰してくれと泣いて頼むと、それじゃあ明日の夕がたに連れて行ってやると約束して帰りました。 そこで、あしたの午後、お種が近所の湯屋へ出て行ったのを見とどけて、化け物屋敷へおさんを迎えに行きました。おさんは喜んで出て来ると、途中で往来のないのを窺って、銀八は不意に匕首をおさんに突き付けて、これからお種に逢っても、おれの許すまで決して口を利いてはならないと嚇かして連れて行きました。そうして、湯屋の近所に待っていて、お種の出て来るのをそっと呼びました。 おさんの姿をみて、お種はおどろいて駈け寄ると、銀八がここでは話が出来ないから、ちょいと其処まで来てくれと云う。つまりはおさんを囮にして、お種を誘い出したのです。おさんは嚇かされているので、迂濶に口を利くことが出来ない。お種はおさんに引かれて、うかうか付いて行く。なにしろ十六と十七の田舎娘ですから、こんな悪い奴に出逢っては赤児も同然、どうにも仕様がありません。こうして、おさんは化け物屋敷へ逆戻り、お種も一緒に生け捕られてしまいました」
「成程ひどい奴ですね」
「ひどい奴ですよ。茂兵衛や銀八の肚では、こうして生け捕って置いて、二人の女を宿場女郎に売り飛ばす目算でしたが、金右衛門と為吉がいては何かの邪魔になる。殊に為吉は血気ざかりの若い者で、自分の女房と思っているおさんが行方不明になったので、気が気でない。たとい金右衛門の傷どころが癒っても、おさんやお種のゆくえの知れないうちは決して国へ帰らないなどと云っているので、これも何とか押し片付けてしまわなければならない。そこで、茂兵衛と銀八は相談して、為吉を権田原へ誘い出すことになったのです。こう云えば大抵お察しが付くでしょうが、榛の木の下に待っていたのはかの野口武助で、ここで為吉をばっさりという段取りでした」
「案内者の藤助は全くなんにも知らなかったんですか」
「米搗きの藤助、見かけは商売柄に似合わない小粋な奴で、ちっとは道楽もするのですが、案外にぼんやりした人間で、なんにも知らずに茂兵衛の手先に使われていたのです。いや、それでも運の好かったのは、自分の命の助かったことで……。茂兵衛や武助の料簡じゃあ、為吉ひとりを殺すと世間の疑いを受けるので、刷毛ついでに藤助も冥途へ送るつもりだったそうです。どう考えてもひどい奴らです。 そこで、おかしいのは武助という奴で、なんぼ何でも人間ふたりを殺すのですから心持がよくない。酒の勢いを借りて威勢よくやる積りで、新宿あたりで一杯のんで来て、榛の木の下の暗やみに待っていると、そこへかのお若と徳次郎のひと組が来ました。道行の二人連れ、さしずめ清元か常磐津の出語りで『落人の為かや今は冬枯れて』とか云いそうな場面です。誰の考えも同じことで、この榛の木を目当てに『辿り辿りて来たりけり』という次第。何しろここで心中をするのだから、それだけじゃあ済みますまい。お芝居の紋切り型で『抑や初会の其の日より』なぞと、口説き文句も十分にあった事と察せられます。 お若と徳次郎はそこらに人が忍んでいようとは夢にも知らないで、色模様よろしくあったのですが、暗やみで其の口説き文句を聴かされている武助はやりきれません。すっかり気を悪くして癪にさわった。おまけに一杯機嫌ですからなお堪まりません。もう一つには、ここで二人にごたごたされていては、自分の仕事の邪魔になる。かたがた不意に飛び出して、斬るぞと嚇かしたので、二人は驚いて逃げる。そこへ為吉と藤助が来る、庄太とわたくしが来る。いや、もう、大騒ぎで、何もかもめちゃくちゃになってしまいました。 武助は事面倒と見て、一旦は姿を隠したのですが、なんだか不安心でもあるので、そっと引っ返して来て窺っていると、お若と徳次郎は送り還されて、これから為吉と藤助の詮議が始まりそうになったので、為吉の口から詰まらないことを喋られては大事露顕の基と、だしぬけに斬って逃げたのです。それで逃げてしまえばいいのに、また引っ返して来て今度はわたくしを斬ろうとした。本人は藤助を斬るつもりだったと云っていましたが、どっちにしても又出直して来たのが不覚で、とうとう運の尽きになりました」
「茂兵衛と銀八はすぐに召し捕られましたか」
「召し捕りました。庄太はまだ帰って来ず、わたくし一人では手に余るかと思ったのですが、うかうかしていて高飛びをされると困るので、まあどうにかなるだろうと、多寡をくくって、わたくし一人でむかいました。夜の商売でありませんから、下総屋はもう大戸をおろして、潜り戸の障子に灯のかげが映しているので、わたくしは藤助を指図して、外から唯今と声をかけさせました。冥途の道連れにされた筈の藤助が、無事に帰って来たので、内でもおどろいたのでしょう。銀八がすぐに潜り戸をあけて表を覗く。そこへわたくしが飛び込んで、有無を云わさずに縄をかけてしまいました。 その物音を聞きつけて、奥から亭主の茂兵衛が出て来ましたから、これもすぐに押さえました。相手が二人ですから、一度に召し捕るのはむずかしいと思っていましたら、都合好く順々に出て来たので、案外にばたばたと片付きました。案じるよりは産むが易いとは此の事です」
「おさんとお種が銀八に引き摺られて、例の化け物屋敷へ封じ込められたのは、御承知の通りです。もちろん手足をくくって押入れに投げ込んで置いたのですが、今度は二人になったので、その翌日の夕方、ひとりの縄の結び目をほかの一人が噛んで解いて、どうにか斯うにか二人とも自由のからだになって、そこを抜け出しました。時刻を測ると、わたくしが踏ん込んだ少し前のようです。ひと足ちがいで残念でした」
「それにしても無事に逃げたんですね」
「ところが、無事でない。ともかくもそこを抜け出したのですが、夕方ではあり、土地の勝手を知らないので、何処をどう歩いたのか、迷い迷って品川から大森の海岸へ出てしまったのです。もう夜は更けて、眼のまえに暗い大きい海がある。そこらの漁師町へでも行って、なんとか相談すればいいのですが、年の若い娘二人、いろいろのひどい目に逢って、少しは気も変になっていたのでしょう。こんな難儀をする位なら、いっそ死んだ方がましだと云うので、二人は一緒に海に飛び込みました。幸いに夜網の船が出ていたので、二人とも引き揚げられましたが、息を吹き返したのはお種だけで、おさんは可哀そうに助かりませんでした。佐倉宗吾の芝居が飛んだ災難の基で、江戸へ死にに来たようなものでした。 しかし金右衛門は浅手のために早く癒りました。これは茂兵衛のかたきですから、うかうかしていたら二度のかたき討ちをされて、おそらく無事には済まなかったでしょうが、茂兵衛や銀八が早く召し捕られたので命拾いをしました。為吉の傷は重いので一時はどうだかと危ぶまれましたが、これもふた月あまりで全快、国許から迎えの者が来て、金右衛門と為吉兄妹を引き取って帰りました」
「それから、道行の方はどうなりました」
「この方はなんと云っても芝居がかりの粋事です。男も女も借金と云ったところで知れたものですから、わたくしが口を利いて、甲州屋の方は親許身請けと云うことにして、お若のからだを抜いてやりましたよ」
「めでたく徳次郎と夫婦になったのですね。そこで、その親許身請けの金は……」
「乗りかかった船で仕方がありません。半七の腹切りです。しかし、わたくしの顔を立てて、甲州屋でも思い切って負けてくれましたから、さしたる痛みでもありませんでした。そりゃあ貴方、わたくしだって、人を縛るばかりが能じゃあない。時にはこういう立役にもなりますよ。はははははは」

原文 (会話文抽出)


青空文庫現代語化 Home リスト