岡本かの子 『富士』 「わたくしは、それを人に伝えるために選まれ…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本かの子 『富士』

現代語化

「私は、それを人に伝えるために選ばれました。父よ。あなたが、山の神の眷属として私を、ただ眷属の中で褒められた者として育てることを望んだ娘は、この福慈岳に籠ることが許された偉大な命の中に組み込まれ、今は天地と共に長い歴史を持つものとなってしまいました。もう私は、あなたが望む程度にほどほどになることも、娘として可愛らしくあることもできません。それはどんなに悲しいことでしょうが、運命です。仕方ありません。お父さん、あなたはもう1度私を東国へ捨てた気持ちになって、思い切って離れてください。さあ、夜が明けてきました。私は、夜明けのお祭りを執り行わなければなりません。早く、あなたが泊めて差し上げた村の宿屋へ行って、寝てください。いつもそうしているのは身体に毒ですわ。明日は、もっとゆっくり、このことについてお話できますから」
「私は、偉大なものへ命を捧げることは大好きなのだよ。最愛の娘でそれをしたのだから。その悲しみや壮烈な思いで、私の心はこんなに貝のようにねじ曲がったのさ」
「でも、親子で切れるのはいやだ」
「あなたは生みの親ですが、私の命の親は、この天地と、この国の山や人々です。もうあなたと私をつなぐ親子関係はないのです」
「あなたが私を思い切って捨てれば捨てるほど、私はあなたになついていきます。逆に、少しでも親子としての血を繋ごうとすると、それは私と距離を置くことになるのです。わかりますか」
「私が、お前を東国に捨てたときから今まで、いくら山の神々の時間が人間の時間と違うとはいえ、数えてみれば短い。それを何十万年何百万年の話をするなんて、親をバカにするのもいい加減にしろ。...この山がどんなに広くても、せいぜい3つ4つの国くらいだろう。それを海を越えて連れてきた話をするなんて、大げさすぎるぞ。女の癖に」
「おい、娘、何か言え」
「この子は氷のように冷たい女だ」
「よし、お前がそのつもりなら、私も考えがある」

原文 (会話文抽出)

「わたくしは、それを人に伝えるために選まれました。 父よ。あなたが、山の神の眷属としてわたくしを、ただ眷属中での褒められ者として育つのを望んだ娘は、この福慈岳に籠れる選まれた偉大ないのちの中に綯い込められ、いまや天地大とも久遠劫来のものとなってしまいました。いまや娘はあなたの望まれる程度に程良くなることも、娘子として可愛らしくあることも出来ません。それはどんなにか悲しいことでしょうが、運命です。仕方ありません。おとうさま、あなたはもう一度娘を東国へ思い捨てた気持になって、わたくしを思い捨てて下さい。さあ、暁が白みかけました。わたくしは、暁の祭りにいそしまねばなりません。早く、取って差上げた村の宿屋へおいでになって、お寝って下さいまし。いつでもそうしておいでては身体にお毒ですわ。あしたは、もっとゆっくり、これに就てのお話も出来ましょうから」
「わしゃ、偉大なものへ生命を賭けることは大好きなのじゃよ。わしは最愛のこどもでそれをした。その愛別離苦の悲しみや壮烈な想いで、わしの腸はこんなに螺の貝のように捻じ巻いたのじゃないか」
「だが、親子の縁は切り度くないもんじゃよ」
「あなたは生みの親、わたくしのいのちの親は、このあめつちと、この島山の人々。もはやあなたとわたくしを継ぐとか切るとかいうせきは放れております」
「あなたが、わたくしを思い捨てなさるほど、わたくしはあなたに親しい愛娘になりましょう。その反対に、あなたが一筋でも低い肉親の血をわたくしにおつなぎのつもりがあったら、それは却ってわたくしから遠ざかりなさることになるのです。お判りになりませんか」
「わしが、おまえを東国へ思い捨てた歳からいま娘になるまでの歳月を数えてみるのに、いくら山の神々の歳月は人間の歳月と違うにしろ、数えて額が知れている。それを何十万年何百万年の生い立ちの話をするなんて、あんまり親をばかにし過ぎるぞ。……いくらこの山の座り幅が広いたって、三国か四国に亙っているに過ぎまい。それを海山遠く取入れた話をするなんて、あんまり大袈裟だぞ。女の癖に」
「おい、娘、何とかいわんかい」
「こいつ氷のように冷たいおなごじゃねえ」
「よし、きさまがそういう料簡なら、こっちにもこっちの料簡がある」


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