GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 泉鏡花 『外科室』
現代語化
「そうだよ、たまにはお前の言うこと聞くのもいいかな。浅草に行ってここへ来なかったら、参拝できなかったじゃないか」
「なにしろ、三人とも揃ってるんで、どれが桃なのか桜なのかわかんなかったよ」
「一人は丸髷だよね」
「いずれにしてもすぐ相談するんでしょ。丸髷でも、束髪でも、どっちでもいいよ」
「ところで、あの様子だと、高島田にするところを、銀杏にしたみたいだけど、どういうつもりなんだろう」
「銀杏ってのはおかしいよね」
「そう、つまらない冗談だよ」
「なんでも、あなたたちが忍んでいて目立たないようにするつもりらしい。ほら、真ん中の水の打ち手が立ってたでしょ。もう一人が影武者だっていうんだよ」
「それで着物はなんだったと思う?」
「藤色だと思うよ」
「え、藤色だけだと納得できないな。足元とも合わない気がするよ」
「眩しくて見下ろしちゃって、自然と天窓が開かなかったんだ」
「それで帯から下を見てみたんだよね」
「バカ言うな、そんなもったいないことしないよ。それでも誰かわからなかったんだ。ああ、残念だな」
「あと、歩き方がすごかったよ。まるで霞に乗って飛んでいくみたいだった。裾捌き、褄はずれってこういうことかって、今日初めて思ったよ。やっぱり身分が違うと違うね。あれはもう自然と特別なんだよ。どうして下賤の者が真似できるわけないよ」
「言い過ぎだよ」
「ほんとうだよ。俺はお前も知ってる通り、三年間も遊郭に行かないと神様に誓ったんだけど、何でもないことだよ。お守りを掛けて夜中に土手を歩いたって、罰なんてあたらないよ。今日みたいな日は修行になるよ。あの醜い女たちはどうしてるんだろうね。ほらほら、あそこにちらほら赤いものが動いてるけど、どうだい。まるでゴミかウジ虫がはってるみたいに見えるじゃないか。ばかばかしいよ」
「それは酷いよ」
「冗談じゃないよ。ほら見て、やっぱりあれ、手足があって、着物と羽織を着て、同じような蝙蝠傘を持って立ってるのは、恐れ多いけど人間の女性だ。しかも女郎だ。女郎に違いないけど、さっき参拝した人と比べて、どうだい。まるで汚れて腐ってるみたいだ。あれも女ってわけだ、おかしいね」
「おお、それは大変なことを言い出したな。でもその通りだよ。私もさ、前はちょっと女を見ると、ついその……って感じだったけど、今のを見てからもう胸がすっきりしたよ。なんか清々しい。これからは女は終わりだ」
「それじゃあ一生できないじゃないか。源吉って、あの姫様は言いそうもないよね」
「罰が当たっても仕方ないです」
「でも、あなたは? どうする?」
「正直なところ、僕は逃げ出すよ」
「あなたもですか」
「え、あなたは?」
「僕も逃げ出すよ」
「高峰、ちょっと歩こうか」
原文 (会話文抽出)
「吉さん、今日はいいことをしたぜなあ」
「そうさね、たまにゃおまえの謂うことを聞くもいいかな、浅草へ行ってここへ来なかったろうもんなら、拝まれるんじゃなかったっけ」
「なにしろ、三人とも揃ってらあ、どれが桃やら桜やらだ」
「一人は丸髷じゃあないか」
「どのみちはや御相談になるんじゃなし、丸髷でも、束髪でも、ないししゃぐまでもなんでもいい」
「ところでと、あのふうじゃあ、ぜひ、高島田とくるところを、銀杏と出たなあどういう気だろう」
「銀杏、合点がいかぬかい」
「ええ、わりい洒落だ」
「なんでも、あなたがたがお忍びで、目立たぬようにという肚だ。ね、それ、まん中の水ぎわが立ってたろう。いま一人が影武者というのだ」
「そこでお召し物はなんと踏んだ」
「藤色と踏んだよ」
「え、藤色とばかりじゃ、本読みが納まらねえぜ。足下のようでもないじゃないか」
「眩くってうなだれたね、おのずと天窓が上がらなかった」
「そこで帯から下へ目をつけたろう」
「ばかをいわっし、もったいない。見しやそれとも分かぬ間だったよ。ああ残り惜しい」
「あのまた、歩行ぶりといったらなかったよ。ただもう、すうっとこう霞に乗って行くようだっけ。裾捌き、褄はずれなんということを、なるほどと見たは今日がはじめてよ。どうもお育ちがらはまた格別違ったもんだ。ありゃもう自然、天然と雲上になったんだな。どうして下界のやつばらが真似ようたってできるものか」
「ひどくいうな」
「ほんのこったがわっしゃそれご存じのとおり、北廓を三年が間、金毘羅様に断ったというもんだ。ところが、なんのこたあない。肌守りを懸けて、夜中に土堤を通ろうじゃあないか。罰のあたらないのが不思議さね。もうもう今日という今日は発心切った。あの醜婦どもどうするものか。見なさい、アレアレちらほらとこうそこいらに、赤いものがちらつくが、どうだ。まるでそら、芥塵か、蛆が蠢めいているように見えるじゃあないか。ばかばかしい」
「これはきびしいね」
「串戯じゃあない。あれ見な、やっぱりそれ、手があって、足で立って、着物も羽織もぞろりとお召しで、おんなじような蝙蝠傘で立ってるところは、憚りながらこれ人間の女だ。しかも女の新造だ。女の新造に違いはないが、今拝んだのと較べて、どうだい。まるでもって、くすぶって、なんといっていいか汚れ切っていらあ。あれでもおんなじ女だっさ、へん、聞いて呆れらい」
「おやおや、どうした大変なことを謂い出したぜ。しかし全くだよ。私もさ、今まではこう、ちょいとした女を見ると、ついそのなんだ。いっしょに歩くおまえにも、ずいぶん迷惑を懸けたっけが、今のを見てからもうもう胸がすっきりした。なんだかせいせいとする、以来女はふっつりだ」
「それじゃあ生涯ありつけまいぜ。源吉とやら、みずからは、とあの姫様が、言いそうもないからね」
「罰があたらあ、あてこともない」
「でも、あなたやあ、ときたらどうする」
「正直なところ、わっしは遁げるよ」
「足下もか」
「え、君は」
「私も遁げるよ」
「高峰、ちっと歩こうか」