芥川龍之介 『偸盗』 「そうして、お前さんの情人なんだろう。」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 芥川龍之介 『偸盗』

現代語化

「あいつのこと、まだ好きなの?」
「全然! あのバカ、私の言うことなら何でも聞くから、もう彼のことは全部知ってるわ。藤堂さんの家のこととか、昨日なんて、最近買った馬の話までしてくれたのよ。…あ、そういえば、その馬、太郎に盗ませようかなって思ってるの。陸奥産のサラブレッドらしいし、悪くないかも。」
「やっぱり兄貴は、お前の言うことしか聞かないんだね。」
「そうよ。でも、やきもち妬かれるのは嫌なの。それに、太郎なんて…最初はちょっと気になってたけど、今はもうどうでもいいわ。」
「いつか私にもそう言う日が来るんじゃないの?」
「さあ、どうなるか。」
「怒ったの? じゃ、もう来ないって言おうか。」
「なんて意地悪なの。あなたは。」
「だって、私だって女でしょ。あなたみたいな男に惚れられたのが、私の悪運よ。…まだ疑ってるの? じゃ、もう知らないわ。」
「そんなに疑うなら、面白いこと教えてあげる。」
「何?」
「あのね、彼に全部話しちゃったの。」
「何を?」
「今夜、みんなで藤堂さんの家に忍び込むって。」
「そんなに驚かないでよ。別に大したことじゃないし。」
「こう言ったの。“私の部屋は、あの大きな生け垣のすぐそばなんだけど、昨日夜、泥棒が5、6人集まって、あなたのところへ侵入する計画を立ててるのを聞いたわ。今夜やるみたいだから、十分気を付けてね。”って。だから、きっと今夜、向こうも警戒してると思うわ。彼も今、人を集めてるみたい。20人とか30人の侍が来るかもよ。」
「なんでそんな余計なことをしたの?」
「余計なことじゃないわ。」
「私のため?」
「まだ分からないの? そう言っておいて、太郎に馬を盗ませようと思ってるの。だって、一人で盗むのは無理でしょ? みんなでやれば簡単じゃん。そうすれば、あなたも私も、ハッピーじゃない?」
「兄貴を殺すつもりか!」
「殺すのが悪いわけ?」
「悪いとか悪いとかじゃなくて…兄貴を罠にかけようとして…」
「じゃ、あなたも殺せるの?」

原文 (会話文抽出)

「そうして、お前さんの情人なんだろう。」
「あいつのばかと言ったら、ないのよ。わたしの言う事なら、なんでも、犬のようにきくじゃないの。おかげで、何もかも、すっかりわかってしまった。」
「何がさ。」
「何がって、藤判官の屋敷の様子がよ。そりゃひとかたならないおしゃべりなんでしょう。さっきなんぞは、このごろ、あすこで買った馬の話まで、話して聞かしたわ。――そうそう、あの馬は太郎さんに頼んで盗ませようかしら。陸奥出の三才駒だっていうから、まんざらでもないわね。」
「そうだ。兄きなら、なんでもお前の御意次第だから。」
「いやだわ。やきもちをやかれるのは、わたし大きらい。それも、太郎さんなんぞ、――そりゃはじめは、わたしのほうでも、少しはどうとか思ったけれど、今じゃもうなんでもないわ。」
「そのうちに、わたしの事もそう言う時が来やしないか。」
「それは、どうだかわかりゃしない。」
「おこったの? じゃ、来ないって言いましょうか。」
「内心女夜叉さね。お前は。」
「そりゃ、女夜叉かもしれないわ。ただ、こんな女夜叉にほれられたのが、あなたの因果だわね。――まだうたぐっているの。じゃわたし、もう知らないからいい。」
「そんなに疑うのなら、いい事を教えてあげましょうか。」
「いい事?」
「ええ」
「わたしね、あいつにすっかり、話してしまったの。」
「何を?」
「今夜、みんなで藤判官の屋敷へ、行くという事を。」
「そんなに驚かなくたっていいわ。なんでもない事なのよ。」
「わたしこう言ったの。わたしの寝る部屋は、あの大路面の檜垣のすぐそばなんですが、ゆうべその檜垣の外で、きっと盗人でしょう、五六人の男が、あなたの所へはいる相談をしているのが聞こえました。それがしかも、今夜なんです。おなじみがいに、教えてあげましたから、それ相当の用心をしないと、あぶのうござんすよって。だから、今夜は、きっと向こうにも、手くばりがあるわ。あいつも、今人を集めに行ったところなの。二十人や三十人の侍は、くるにちがいなくってよ。」
「どうしてまた、そんなよけいな事をしたのさ。」
「よけいじゃないわ。」
「あなたのためにしたの。」
「どうして?」
「まだわからない? そう言っておいて、太郎さんに、馬を盗む事を頼めば――ね。いくらなんだって、一人じゃかなわないでしょう。いえさ、ほかのものが加勢をしたって、知れたものだわ。そうすれば、あなたもわたしも、いいじゃないの。」
「兄きを殺す!」
「殺しちゃ悪い?」
「悪いよりも――兄きを罠にかけて――」
「じゃあなた殺せて?」


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