太宰治 『お伽草紙』 「可愛さうに、たうとう死んでしまつたぢやな…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 太宰治 『お伽草紙』

現代語化

「かわいそうに、とうとう死んじゃったんだ」
「なに、死んでないよ。気絶しただけだよ」
「でも、このまま雪の上に倒れてるといつまでも、凍えて死んじゃうよ」
「それそうだ。どうにかしないと。困ったことになった。こんなことにならないうちに、あの子がさっさと出て行けばよかったのに。いったい、あの子はどこ行ったんだ」
「お照さん?」
「ああ、誰かにいたずらされて口を怪我したみたいだけど、あれから、ぜんぜんこの辺に姿を見せないね」
「寝てるのよ。舌を切られちゃったから、何も言えずに、ただ、涙ポロポロ流して泣いてるわ」
「そうか、舌切られちゃったのか。ひどいイタズラするヤツもいるもんだな」
「そう、それがね、この人の奥さんなのよ。悪い奥さんじゃないんだけど、あの日は機嫌が悪かったんでしょう、急に、お照さんの舌を引きずり出して切っちゃったの」
「お前、見てたの?」
「そう、怖かったわ。人間って、あんなに突然残酷なことするのね」
「嫉妬だろう。俺もこの人の家はよく知ってるけど、どうもこの人は、奥さんをバカにしすぎてるよ。奥さんを可愛がりすぎるのも見過ごせないけど、あんなに冷たくするのもよくない。それをまたお照さんがいいことにしちゃって、やたらこの旦那とべったりしてたからね。まあ、みんな悪い。ほっとけばいい」
「あら、あなたこそ、嫉妬してるんじゃないの?あなたは、お照さんが好きだったんでしょ?隠さなくてもいいよ。この大竹藪で1番の歌声がきれいなお照さんだって、いつかため息ついて言ってたじゃない」
「嫉妬するなんてそんな下品なことはしないよ。でも、少なくともお前よりはお照さんの声の方がいいし、顔もきれいだ」
「ひどい」
「喧嘩はやめよう、つまらない。それより、この人を、どうする?ほっといたら死ぬよ。可哀そうに。どんなにお照さんに会いたいのか、毎日毎日この竹藪を捜し回って、とうとうこんなことになっちゃったって、気の毒じゃないの。この人は、きっと、いい人よ」
「なに、バカだよ。いい年して雀の子供を追いかけ回すなんて、呆れたバカだよ」
「そんなこと言わないで、会わせてあげたいのよ。お照さんも、この人に会いたがってるみたいよ。でも、もう舌切られちゃって口がきけないからさ、この人がお照さんを捜してるってことを言っても、藪の奥で寝たまま、涙をポロポロ流してるだけなのよ。この人も可哀そうだけど、お照さんも、それはそれは可哀そうよ。どうにかしてあげたいでしょ」
「俺、いやだ。俺はどうも色恋のことに関心を持てないたちなんだ」
「色恋じゃないわ。あなたは、わからないの。会わせてあげましょうよ」
「そうしましょう、そうしましょう。俺が引き受けた。どうってことないよ。神様にお願いするんだ。面倒なことをしてあげたい時は、神様にお願いするのが一番いいんだ。俺の親父が昔そう言ってた。そんな時はどんなことも叶えてくださるらしいよ。みんな、ここで待っててくれ。俺、鎮守の森の神様に頼んでくる」
「あら、起きたの?」
「ああ」
「ここはどこ?」
「雀のお宿」
「そう」
「あなたは、あの、舌切り雀?」
「いいえ、お照さんは奥で寝てます。私は、お鈴。お照さんとは大親友」
「そうか。じゃあ、あの、舌を切られた小雀の名前は、お照っていうの?」
「そう、すごくいい人よ。早く会ってあげて。可哀そうに口がきけなくなって、毎日ポロポロ涙流して泣いてるわ」
「会おう」
「どこで寝てるの?」
「案内するわ」
「ここです、入っておいで」

原文 (会話文抽出)

「可愛さうに、たうとう死んでしまつたぢやないの。」
「なに、死にやしない。気が遠くなつただけだよ。」
「でも、かうしていつまでも雪の上に倒れてゐると、こごえて死んでしまふわよ。」
「それはさうだ。どうにかしなくちやいけない。困つた事になつた。こんな事にならないうちに、あの子が早く出て行つてやればよかつたのに。いつたい、あの子は、どうしたのだ。」
「お照さん?」
「さう、誰かにいたづらされて口に怪我をしたやうだが、あれから、さつぱりこのへんに姿を見せんぢやないか。」
「寝てゐるのよ。舌を抜かれてしまつたので、なんにも言へず、ただ、ぽろぽろ涙を流して泣いてゐるわよ。」
「さうか、舌を抜かれてしまつたのか。ひどい悪戯をするやつもあつたものだなあ。」
「ええ、それはね、このひとのおかみさんよ。悪いおかみさんではないんだけれど、あの日は虫のゐどころがへんだつたのでせう、いきなり、お照さんの舌をひきむしつてしまつたの。」
「お前、見てたのかい?」
「ええ、おそろしかつたわ。人間つて、あんな工合ひに出し抜けにむごい事をするものなのね。」
「やきもちだらう。おれもこのひとの家の事はよく知つてゐるけれど、どうもこのひとは、おかみさんを馬鹿にしすぎてゐたよ。おかみさんを可愛がりすぎるのも見ちやをられないものだが、あんなに無愛想なのもよろしくない。それをまたお照さんはいいことにして、いやにこの旦那といちやついてゐたからね。まあ、みんな悪い。ほつて置け。」
「あら、あなたこそ、やきもちを焼いてゐるんぢやない? あなたは、お照さんを好きだつたのでせう? 隠したつてだめよ。この大竹藪で一ばんの美声家はお照さんだつて、いつか溜息をついて言つてたぢやないの。」
「やきもちを焼くなんてそんな下品な事をするおれではない。が、しかし、少くともお前よりはお照のはうが声が佳くて、しかも美人だ。」
「ひどいわ。」
「喧嘩はおよし、つまらない。それよりも、このひとを、いつたいどうするの? ほつて置いたら死にますよ。可哀想に。どんなにお照さんに逢ひたいのか、毎日毎日この竹藪を捜して歩いて、さうしてたうとうこんな有様になつてしまつて、気の毒ぢやないの。このひとは、きつと、実のあるひとだわ。」
「なに、ばかだよ。いいとしをして雀の子のあとを追ひ廻すなんて、呆れたばかだよ。」
「そんな事を言はないで、ね、逢はしてあげませうよ。お照さんだつて、このひとに逢ひたがつてゐるらしいわ。でも、もう舌を抜かれて口がきけないのだからねえ、このひとがお照さんを捜してゐるといふ事を言つて聞かせてあげても、藪のあの奥で寝たまま、ぽろぽろ涙を流してゐるばかりなのよ。このひとも可哀想だけれども、お照さんだつて、そりや可哀想よ。ね、あたしたちの力で何とかしてあげませうよ。」
「おれは、いやだ。おれはどうも色恋の沙汰には同情を持てないたちでねえ。」
「色恋ぢやないわ。あなたには、わからない。ね、みなさん、何とかして逢はせてあげたいものだわねえ。こんな事は、理窟ぢやないんですもの。」
「さうとも、さうとも。おれが引受けた。なに、わけはない。神さまにたのむんだ。理窟抜きで、なんとかして他の者のために尽してやりたいと思つた時には、神さまにたのむのが一ばんいいのだ。おれのおやぢがいつかさう言つて教へてくれた。そんな時には神さまは、どんな事でも叶へて下さるさうだ。まあ、みんな、ちよつとここで待つてゐてくれ。おれはこれから、鎮守の森の神さまにたのんで来るから。」
「あら、おめざめ?」
「ああ、」
「ここはどこだらう。」
「すずめのお宿。」
「さう。」
「お前は、それでは、あの、舌切雀?」
「いいえ、お照さんは奥の間で寝てゐます。私は、お鈴。お照さんとは一ばんの仲良し。」
「さうか。それでは、あの、舌を抜かれた小雀の名は、お照といふの?」
「ええ、とても優しい、いいかたよ。早く逢つておあげなさい。可哀想に口がきけなくなつて、毎日ぽろぽろ涙を流して泣いてゐます。」
「逢ひませう。」
「どこに寝てゐるのですか。」
「ご案内します。」
「ここです、おはひり下さい。」


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