GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 太宰治 『お伽草紙』
現代語化
「部屋でしょ」
「さっきから、お前部屋部屋言ってるけど、その部屋ってどこにあるの?何も、どこにも、見えないじゃん」
「ずっと向こう、乙姫様が歩いてる方の、ずっと向こうに、何か見えない?」
「ああ、そう言われてみると、何かあるみたいだね」
「あれか。小さいものだね」
「乙姫様がひとりで寝るのに、大きなお城なんていらないでしょ」
「そう言えば、まあ、そうだけど」
「あの人って、なんかいつもあんなに無口なの?」
「ええ、そうなんです。言葉って、生きてることの不安から、芽が出るものじゃないですか。腐った土から毒きのこが生えるように、不安が言葉を醸造してるんじゃないですか。喜びの言葉もありますけど、それにもやっぱり、イヤらしい工夫がこらされてませんか。人間は、喜びの中にも、不安を感じるんでしょうね。人間の言葉って、みんな工夫。気取ったものです。不安のないところには、そんなイヤらしい工夫なんて必要ないでしょう。私は乙姫様が、何か喋ったのを聞いたことがありません。でも、黙ってる人にありがちな、ウラで皮肉なことを考えてることも、乙姫様は決してしません。何も考えてないんです。ただ、ふわりと笑って琴を弾いたり、この広間をぶらぶら歩き回ったり、桜桃の花びらを口に入れて遊んだりしてます。ほんと、のんびりしてます」
「そうなんだ。あの人も、やっぱりこの桜桃の酒を飲むの。マジで、これ、美味すぎだよね。これさえあれば、何もいらない。もっともらってもいいかな」
「どうぞ、どうぞ。遠慮とかしてるの、バカみたいですよ。あなたは無制限に許されてます。ついでに何か食べたらどうですか。目に見える岩、全部ごちそうです。油っこいのがいいですか。ちょっと酸っぱいのがいいですか。どんな味のものもありますよ」
「ああ、琴の音が聞こえる。寝っ転がって聞いていいのかな」
「ああ、酔っぱらって寝っ転がるの、気持ちいいですよね。ついでに何か、食べよっかな。キジの焼き鳥味の藻があるかな」
「ありますよ」
「あと、あと、クワの実みたいな味の藻は?」
「あるでしょう。でも、あなたって、妙に野蛮なものが好きですね」
「本性が出た。俺は田舎者だから」
「これが風流の極みだってさ」
原文 (会話文抽出)
「どこへ行くんだらう。」
「お部屋でせう。」
「さつきから、お前はお部屋お部屋と言つてゐるが、そのお部屋はいつたい、どこにあるの? 何も、どこにも、見えやしないぢやないか。」
「ずつと向う、乙姫の歩いて行く方角の、ずつと向うに、何か見えませんか。」
「ああ、さう云はれて見ると、何かあるやうだね。」
「あれか。小さいものだね。」
「乙姫がひとりおやすみになるのに、大きい御殿なんか要らないぢやありませんか。」
「さう言へば、まあ、さうだが、」
「あのお方は、何かね、いつもあんなに無口なのかね。」
「ええ、さうです。言葉といふものは、生きてゐる事の不安から、芽ばえて来たものぢやないですかね。腐つた土から赤い毒きのこが生えて出るやうに、生命の不安が言葉を醗酵させてゐるのぢやないのですか。よろこびの言葉もあるにはありますが、それにさへなほ、いやらしい工夫がほどこされてゐるぢやありませんか。人間は、よろこびの中にさへ、不安を感じてゐるのでせうかね。人間の言葉はみんな工夫です。気取つたものです。不安の無いところには、何もそんな、いやらしい工夫など必要ないでせう。私は乙姫が、ものを言つたのを聞いた事が無い。しかし、また、黙つてゐる人によくありがちの、皮裏の陽秋といふんですか、そんな胸中ひそかに辛辣の観察を行ふなんて事も、乙姫は決してなさらない。何も考へてやしないんです。ただああして幽かに笑つて琴をかき鳴らしたり、またこの広間をふらふら歩きまはつて、桜桃の花びらを口に含んだりして遊んでゐます。実に、のんびりしたものです。」
「さうかね。あのお方も、やつぱりこの桜桃の酒を飲むかね。まつたく、これは、いいからなあ。これさへあれば、何も要らない。もつといただいてもいいかしら。」
「ええ、どうぞ。ここへ来て遠慮なんかするのは馬鹿げてゐます。あなたは無限に許されてゐるのです。ついでに何か食べてみたらどうです。目に見える岩すべて珍味です。油つこいのがいいですか。軽くちよつと酸つぱいやうなのがいいですか。どんな味のものでもありますよ。」
「ああ、琴の音が聞える。寝ころんで聞いてもいいんだらうね。」
「ああ、あ、酔つて寝ころぶのは、いい気持だ。ついでに何か、食べてみようかな。雉の焼肉みたいな味の藻があるかね。」
「あります。」
「それと、それから、桑の実のやうな味の藻は?」
「あるでせう。しかし、あなたも、妙に野蛮なものを食べるのですね。」
「本性暴露さ。私は田舎者だよ。」
「これが風流の極致だつてさ。」