GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 太宰治 『女の決闘』
現代語化
「私はあの暗い中庭で、生まれて初めて拳銃を撃った時、自分が死ぬ覚悟で撃ちました。同時に、狙っているのは自分の心臓だとわかりました。それから一発一発と撃つたびに、自分を引き裂くような快感がありました。この心臓は、これまで夫や子供のそばで、セコンドのように時を刻んでいました。それが今は無数の弾丸で撃ち抜かれています。こんなになった心臓を、どうして元の場所へ持って行けますか。たとえあなたが神様ご自身であっても、私を元へお返しになることはできません。神様でも、鳥よ虫になれとはおっしゃれません。先にその鳥の命を断ってからでも、そうおっしゃることはできません。私を生きたまま元の道へお返しになることもできないのは同じ理屈です。あなたでも人間の言葉では、そんなことはできないでしょう」
「私は、あなたの教えで禁じられているように自分の意志のままに進んで来て、振り返りもしませんでした。それはよくわかっています。でも、どなたも私に対して、お前の愛し方は違うから、別の愛し方をしろとはおっしゃれません。あなたの心臓は私の胸にははまりません。私の心臓もあなたの胸にははまりません。あなたは私を謙虚を知らない、我儘な人間だと言われるかもしれませんが、それと同じ権利で、私はあなたを気の弱い卑屈な方だと言うことができます。あなたの尺度で私を測って、その尺度が足りないからといって、私を異常だと言われるわけにはいきません。あなたと私との間には、対等な決闘は成り立ちません。武器が違います。もう私のところへお出でにならないでください。切にお断りします」
「私にとっての恋愛は、自分の身を包む皮のようなものでした。その皮に少し汚れや傷がつくと、私はどうにかして治さなければなりませんでした。その恋愛がひどく傷つけられた時、私はそのためにもがいて腐るように死ぬのではなく、意識して、立ったままで死のうと思いました。相手の手で殺してもらうつもりでした。そして、恋愛を潔く公然と相手に奪わせようと思いました」
「それが逆になって、私が勝ってしまいました。私は名誉を救っただけで、恋愛を救うことができませんでした。すべての不治の傷のように、恋愛の傷も死ななければ治りません。どの恋愛でも傷つけられると、恋愛の神が侮辱されて、その報いに犠牲を求めるからです。決闘の結果は予想と違いましたが、とにかく私は自分の恋愛を相手に渡すのに、身を屈めて無理やり渡すのではなく、名誉を以て渡そうとしたのだと自負しています」
「どうぞ聖者の光輪を尊敬するのと同じ気持ちで、勝利を得た者の額の月桂冠を尊敬してください」
「どうぞ私の心臓をいたわってください。あなたが尊敬する神様と同じように、私を大胆に、威厳を持って死なせてください。私は自分がしたことを一人で神様の前へ持って行こうと思います。名誉ある人妻として持って行こうと思います。私は十字架に釘付けにされたように、自分の恋愛に釘付けにされて、無数の傷から血を流しています。こんな恋愛がこの世で、この世にいる人妻のために、正当な恋愛だったかどうかは、これからの第三の人生に入ればわかるでしょう。私がこの世に生まれる前と、生まれてから経験した第一期、第二期の人生では、それが教えられませんでした」
原文 (会話文抽出)
「先日お出でになった時、大層御尊信なすってお出での様子で、お話になった、あのイエス・クリストのお名に掛けて、お願致します。どうぞ二度とお尋下さいますな。わたくしの申す事を御信用下さい。わたくしの考では若しイエスがまだ生きてお出でなされたなら、あなたがわたくしの所へお出でなさるのを、お遮りなさる事でしょう。昔天国の門に立たせて置かれた、あの天使のように、イエスは燃える抜身を手にお持になって、わたくしのいる檻房へ這入ろうとする人をお留なさると存じます。わたくしはこの檻房から、わたくしの逃げ出して来た、元の天国へ帰りたくありません。よしや天使が薔薇の綱をわたくしの体に巻いて引入れようとしたとて、わたくしは帰ろうとは思いません。なぜと申しますのに、わたくしがそこで流した血は、決闘でわたくしの殺した、あの女学生の創から流れて出た血のようにもう元へは帰らぬのでございます。わたくしはもう人の妻でも無ければ人の母でもありません。もうそんなものには決してなられません。永遠になられません。ほんにこの永遠と云う、たっぷり涙を含んだ二字を、あなた方どなたでも理解して尊敬して下されば好いと存じます。」
「わたくしはあの陰気な中庭に入り込んで、生れてから初めて、拳銃と云うものを打って見ました時、自分が死ぬる覚悟で致しまして、それと同時に自分の狙っている的は、即ち自分の心の臓だと云う事が分かりました。それから一発一発と打つたびに、わたくしは自分で自分を引き裂くような愉快を味いました。この心の臓は、もとは夫や子供の側で、セコンドのように打っていて、時を過ごして来たものでございます。それが今は数知れぬ弾丸に打ち抜かれています。こんなになった心の臓を、どうして元の場所へ持って行かれましょう。よしやあなたが主御自身であっても、わたくしを元へお帰しなさる事はお出来になりますまい。神様でも、鳥よ虫になれとは仰ゃる事が出来ますまい。先にその鳥の命をお断ちになってからでも、そう仰ゃる事は出来ますまい。わたくしを生きながら元の道へお帰らせなさることのお出来にならないのも、同じ道理でございます。幾らあなたでも人間のお詞で、そんな事を出来そうとは思召しますまい。」
「わたくしは、あなたの教で禁じてある程、自分の意志の儘に進んで参って、跡を振り返っても見ませんでした。それはわたくし好く存じています。併しどなただって、わたくしに、お前の愛しようは違うから、別な愛しようをしろと仰ゃる事は出来ますまい。あなたの心の臓はわたくしの胸には嵌まりますまい。又わたくしのはあなたのお胸には嵌まりますまい。あなたはわたくしを、謙遜を知らぬ、我慾の強いものだと仰ゃるかも知れませんが、それと同じ権利で、わたくしはあなたを、気の狭い卑屈な方だと申す事も出来ましょう。あなたの尺度でわたくしをお測りになって、その尺度が足らぬからと言って、わたくしを度はずれだと仰ゃる訳には行きますまい。あなたとわたくしとの間には、対等の決闘は成り立ちません。お互に手に持っている武器が違います。どうぞもうわたくしの所へ御出で下さいますな。切にお断申します。」
「わたくしの為には自分の恋愛が、丁度自分の身を包んでいる皮のようなものでございました。若しその皮の上に一寸した染が出来るとか、一寸した創が付くとかしますと、わたくしはどんなにしてでも、それを癒やしてしまわずには置かれませんでした。わたくしはその恋愛が非常に傷けられたと存じました時、その為に、長煩いで腐って行くように死なずに、意識して、真っ直ぐに立った儘で死のうと思いました。わたくしは相手の女学生の手で殺して貰おうと思いました。そうしてわたくしの恋愛を潔く、公然と相手に奪われてしまおうと存じました。」
「それが反対になって、わたくしが勝ってしまいました時、わたくしは唯名誉を救っただけで、恋愛を救う事が出来なかったのに気が付きました。総ての不治の創の通りに、恋愛の創も死ななくては癒えません。それはどの恋愛でも傷けられると、恋愛の神が侮辱せられて、その報いに犠牲を求めるからでございます。決闘の結果は予期とは相違していましたが、兎に角わたくしは自分の恋愛を相手に渡すのに、身を屈めて、余儀なくせられて渡すのでは無く、名誉を以て渡そうとしたのだと云うだけの誇を持っています。」
「どうぞ聖者の毫光を御尊敬なさると同じお心持で、勝利を得たものの額の月桂冠を御尊敬なすって下さいまし。」
「どうぞわたくしの心の臓をお労わりなすって下さいまし。あなたの御尊信なさる神様と同じように、わたくしを大胆に、偉大に死なせて下さいまし。わたくしは自分の致した事を、一人で神様の前へ持って参ろうと存じます。名誉ある人妻として持って参ろうと存じます。わたくしは十字架に釘付けにせられたように、自分の恋愛に釘付けにせられて、数多の創から血を流しています。こんな恋愛がこの世界で、この世界にいる人妻のために、正当な恋愛でありましたか、どうでしたか、それはこれから先の第三期の生活に入ったなら、分かるだろうと存じます。わたくしが、この世に生れる前と、生れてからとで経験しました、第一期、第二期の生活では、それが教えられずにしまいました。」