GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 太宰治 『雌に就いて』
現代語化
「パジャマ?」
「もっと嫌だ。着ても着なくても同じじゃないか。上着だけなら漫画みたい」
「じゃあやっぱりタオル系?」
「いや、洗濯したての男物の浴衣だ。荒い縞模様で、帯は同じ布の細い紐。柔道着みたいに前で結ぶ。あの、旅館の浴衣な。あれがいいんだ。ちょっと少年っぽいのを好むのかな」
「わかった。君は疲れてるって言いながら、すごい派手なんだね。一番派手な祭りは葬式だって言うのと同じで、君は結構好色なところを狙ってるんだよ。髪は?」
「日本髪は嫌だ。油っぽいし、扱いに困る。形もなんか気持ち悪い」
「ほらね。ぐちゃっとした洋髪とかがいいんだろう?女優だね。昔の帝劇専属の女優とか」
「違うね。女優はケチな名前を惜しんでるから嫌だ」
「冗談言うなよ。マジな話なんだよ」
「そうだよ。俺もゲームだとは思ってない。愛することは命がけだよ。甘くないって」
「どうもわかんない。現実的に行こう。旅行でもしてみる?いろんな女を動かすうちに案外はっきりわかるかも」
「でも、あんまり動かない奴なんだよ。寝てるみたいな女」
「君は照れるからダメなんだ。そうなったら厳粛に言うしかないな。まず、その女に、お好みの旅館の浴衣を着せてみようじゃないか」
「それならいっそのこと、東京駅からやってみようか」
「よしよし。まず東京駅で落ち合う約束をする」
「その前夜に、旅に出ようとそれだけ言うと、うんと頷く。午後2時に東京駅で待ってるよ、と言うと、またうんと頷く。それだけ約束だね」
「ちょっと待て。それってなんの女?小説家?」
「いや、女流作家はダメだ。俺は女流作家には評判が悪いんだよ、どうも。なんかちょっと仕事に疲れた女画家。お金持ちの女画家っているじゃない?」
「同じでしょ」
「そうかな。じゃあやっぱり芸者ってことかな。とにかく、男に驚かなくなってる女ならいいわけだ」
「その旅の前に関係はあるの?」
「あるような、ないような。あったとしても、記憶が夢みたいにはっきりしない。年に3回以上は会わない」
「旅行はどこにする?」
「東京から2、3時間でいける所。山の温泉がいい」
「そんなに浮かれるなよ。女はまだ東京駅にも来てないんだぞ」
「その前の日に、嘘みたいな約束をして、まさかと思いつつも、それでもひょっとしたらというような、頼りない気持ちで、東京駅に行ってみる。来てない。それじゃあひとりで旅行するかと思って、それでも最後の5分まで、待ってみる」
「荷物は?」
「小さいトランク一つ。2時にもう5分しかないって危ないところで、ふと後ろを振り返る」
「女が笑ってる」
「いや、笑ってない。真顔してる。遅れてすみません、って小声で謝ってる」
「君のトランクを黙って受け取ろうとする」
「いや、要らないんですってはっきり断る」
「切符は?」
「1等か3等だ。まあ、3等かな」
「電車に乗る」
「女を誘って食堂車に入る。テーブルの白い布も、テーブルの上の花も、窓の外の流れる景色も、不快じゃない。俺はぼんやりビールを飲む」
「女にも一杯ビールを勧める」
「いや、勧めない。女にはサイダーを勧める」
「夏?」
「秋だ」
「ただ、そうしてぼんやりしてるの?」
「ありがとうと言う。それは俺の耳にもすごく素直に響く。ひとりでホロっとする」
「旅館に着く。もう夕方だね」
「風呂に入るあたりから、そろそろ重大になってくるね」
「もちろん一緒には入らないよね?どうする?」
「一緒には絶対に無理。俺が先だ。一風呂浴びて部屋に戻る。女はどてらに着替えてる」
「それ以降は俺に言わせてくれ。違ったら違うと言ってくれ。大体見当はついてる。君は部屋の縁側の籐椅子に座ってタバコを吸ってる。タバコは奮発してキャメルだ。紅葉の山に夕日が当たってる。しばらくして、女は風呂から上がってくる。縁側の欄干に手ぬぐいをこう広げて掛けるね。それから君の後ろにそっと立って、君の眺めてるものと同じものを従順に見てる。君が美しいと思ってるその気持ちをそのまま汲んでる。長くて5分だね」
「いや、1分で充分だ。5分じゃそれっきり沈んで死んでしまう」
「料理が来るね。お酒も付いてる。飲む?」
「ちょっと待て。女は東京駅で謝ったっきり、それ以降はまだ何も言ってない。この辺で何かもう一言あってもいいんじゃないか」
「いや、ここで不要なこと言ったら台無しだ」
「そうかな。じゃあまあ黙って部屋に入って、食事の前に2人並んで座る。変だな」
「全然変じゃないよ。君は女中と何か話してればいいじゃない」
「いや、そうじゃない。女がその女中を追い返してしまうんだ。こちらでやりますと言って、低くはっきり言うんだ。突然ね」
「なるほどね。そんな女なのだね」
「それで、男の子供みたいに下手な手つきで、僕にお酌をする。得意げに。お銚子を左手に持ったまま、隣の夕刊を畳に広げ、右手を畳について、夕刊を読む」
「夕刊には加茂川の洪水の記事が出てる」
「違う。ここで時事ネタを挟むんだね。動物園の火事がいい。猿が100匹近く檻の中で焼け死んだ」
「陰惨すぎる。やっぱ明日の運勢の欄とか読むのが自然じゃないか」
「俺は酒やめて、ご飯にしようって言う。女と2人で食事をする。卵焼きが付いてる。わびしいったらありゃしない。急に思い出したみたいに、箸を投げて机に向かう。トランクから原稿用紙を出して、それにくしゃくしゃ書き始める」
「どういう意味?」
「俺の弱さだ。こうやってかっこつけて見栄を張らないと、逃げ出せなくなるんだ。癖みたいなものだ。すごく不機嫌になってる」
「じたばたし始めたな」
「書くものがない。いろは47文字を書く。何度も何度も、繰り返す。書きながら女に言う。急ぎの仕事を思い出した。忘れないうちに片付けたいから、あなたはその間に町を観光してきて。静かで素敵な町よ」
「ついに台無しだね。仕方ない。女は承諾する。着替えてから部屋を出る」
「俺はひっくり返るようにして寝転ぶ。あたりを見回す」
「夕刊の運勢欄を見る。一白水星、旅行見合わせ、とある」
「3銭のキャメルを吸う。ちょっと贅沢で嬉しい気持ちになる。自分をかわいく思えてくる」
「女中がそっと入ってきて、お布団は?って聞く」
「跳ね起きて、2つだよって快活に答える。ふと、お酒が飲みたくなるけど、我慢する」
「そろそろ女が戻ってきていい頃だね」
「まだだ。女中がいなくなったのを見計らって、俺は変なことを始める」
「逃げるんじゃないよね?」
「お金を数える。10円紙幣が3枚。小銭が2、3円ある」
「大丈夫だ。女が戻ってきた時には、また偽物の仕事を始めてる。早かったかしらって女がつぶやく。少し戸惑ってる」
「答えない。仕事を続けながら、気にしないで寝なさいって言う、少し命令口調だ。いろはにほへと、1字1字原稿用紙に書き連ねる」
「女は後ろで挨拶してる。お先に」
「ちりぬるをわかって、ゑひもせすって書く。それから原稿用紙を破る」
「ついに気が狂ってきたね」
「仕方ないよ」
「まだ寝ないの?」
「風呂場に行く」
「ちょっと寒くなってきたからね」
「それどころじゃない。軽い混乱が始まってるんだ。お湯に1時間くらい、アホみたいに浸かってる。風呂から這い出る頃には、ぼーっとして、幽霊みたいだ。部屋に戻ると、女は寝てる。枕元にスタンドがついてる」
「女はもう寝てるのか?」
「寝てない。目ん玉はっきりと開いてる。顔色は悪い。口を結んで天井を見つめてる。俺は睡眠薬を飲んで、布団に入る」
「女の?」
「違う。――寝てから5分くらい経って、俺はそっと起きる。いや、むっくり起き上がる」
「涙ぐんでる」
「いや、怒ってる。立ったままでチラッと女を見る。女は布団の中で体を硬くする。俺はそれを見て、何もかもどうでもよくなった。トランクから荷風の冷笑って本を取り出して、また布団の中に入る。女のほうを向いてないまま、夢中で本を読む」
「荷風はちょっと臭くない?」
「それならバイブルだ」
「気持ちはわかるけどさ」
「それなら草双紙みたいなのがいいかな?」
「君、その本は重要だよ。じっくり考えようじゃないか。怪談なんかもいいけどな。何かないかな。パンセは重厚だし、春夫の詩集は近すぎるし、何かありそうなものだけどな」
「――あるよ。俺の唯一の創作集」
「すごく荒涼としてきたね」
「はじめにから読み始める。うろうろうろうろ読みふける。ただひたすらに、救ってくださいって気持ちだ」
「女に旦那がいるの?」
「背中の方で水の流れるような音がした。ぞっとした。かすかな音だったけど、背骨が焼けるような感じがした。女がそっと寝返りを打ったんだ」
「それでどうした?」
「死のうって言った。女も――」
「やめてくれよ。空想じゃない」
原文 (会話文抽出)
「ちりめんは御免だ。不潔でもあるし、それに、だらしがなくていけない。僕たちは、どうも意気ではないのでねえ。」
「パジャマかね?」
「いっそう御免だ。着ても着なくても、おなじじゃないか。上衣だけなら漫画ものだ。」
「それでは、やはり、タオルの類かね?」
「いや、洗いたての、男の浴衣だ。荒い棒縞で、帯は、おなじ布地の細紐。柔道着のように、前結びだ。あの、宿屋の浴衣だな。あんなのがいいのだ。すこし、少年を感じさせるような、そんな女がいいのかしら。」
「わかったよ。君は、疲れている疲れていると言いながら、ひどく派手なんだね。いちばん華やかな祭礼はお葬いだというのと同じような意味で、君は、ずいぶん好色なところをねらっているのだよ。髪は?」
「日本髪は、いやだ。油くさくて、もてあます。かたちも、たいへんグロテスクだ。」
「それ見ろ。無雑作の洋髪なんかが、いいのだろう? 女優だね。むかしの帝劇専属の女優なんかがいいのだよ。」
「ちがうね。女優は、けちな名前を惜しがっているから、いやだ。」
「茶化しちゃいけない。まじめな話なんだよ。」
「そうさ。僕も遊戯だとは思っていない。愛することは、いのちがけだよ。甘いとは思わない。」
「どうも判らん。リアリズムで行こう。旅でもしてみるかね。さまざまに、女をうごかしてみると、案外はっきり判って来るかもしれない。」
「ところが、あんまりうごかない人なのだ。ねむっているような女だ。」
「君は、てれるからいけない。こうなったら、厳粛に語るよりほかに方法がないのだ。まず、その女に、君の好みの、宿屋の浴衣を着せてみようじゃないか。」
「それじゃ、いっそのこと、東京駅からやってみようか。」
「よし、よし。まず、東京駅に落ち合う約束をする。」
「その前夜に、旅に出ようとそれだけ言うと、ええ、とうなずく。午後の二時に東京駅で待っているよ、と言うと、また、ええとうなずく。それだけの約束だね。」
「待て、待て。それは、なんだい。女流作家かね?」
「いや、女流作家はだめだ。僕は女流作家には評判が悪いのだ、どうもねえ。少し生活に疲れた女画家。お金持の女の画かきがあるようじゃないか。」
「同じことさ。」
「そうかね。それじゃ、やっぱり芸者ということになるかねえ。とにかく、男におどろかなくなっている女ならいいわけだ。」
「その旅行の前にも関係があるのかね?」
「あるような、ないような。よしんば、あったとしても、記憶が夢みたいに、おぼつかない。一年に、三度より多くは逢わない。」
「旅は、どこにするか。」
「東京から、二三時間で行けるところだね。山の温泉がいい。」
「あまりはしゃぐなよ。女は、まだ東京駅にさえ来ていない。」
「そのまえの日に、うそのような約束をして、まさかと思いながら、それでもひょっとしたらというような、たよりない気持で、東京駅へ行ってみる。来ていない。それじゃ、ひとりで旅行しようと思って、それでも、最後の五分まで、待ってみる。」
「荷物は?」
「小型のトランクひとつ。二時にもう五分しかないという、危いところで、ふと、うしろを振りかえる。」
「女は笑いながら立っている。」
「いや、笑っていない。まじめな顔をしている。おそくなりまして、と小声でわびる。」
「君のトランクを、だまって受けとろうとする。」
「いや、要らないのです、と明白にことわる。」
「青い切符かね?」
「一等か三等だ。まあ、三等だろうな。」
「汽車に乗る。」
「女を誘って食堂車へはいる。テエブルの白布も、テエブルのうえの草花も、窓のそとの流れ去る風景も、不愉快ではない。僕はぼんやりビイルを呑む。」
「女にも一杯ビイルをすすめる。」
「いや、すすめない。女には、サイダアをすすめる。」
「夏かね?」
「秋だ。」
「ただ、そうしてぼんやりしているのか?」
「ありがとうと言う。それは僕の耳にさえ大へん素直にひびく。ひとりで、ほろりとする。」
「宿屋へ着く。もう、夕方だね。」
「風呂へはいるところあたりから、そろそろ重大になって来るね。」
「もちろん一緒には、はいらないね? どうする?」
「一緒には、どうしてもはいれない。僕がさきだ。ひと風呂浴びて、部屋へ帰る。女は、どてらに着換えている。」
「そのさきは、僕に言わせて呉れ。ちがったら、ちがった、と言って呉れたまえ。およその見当は、ついているつもりだ。君は部屋の縁側の籐椅子に腰をおろして、煙草をやる。煙草は、ふんぱつして、Camel だ。紅葉の山に夕日があたっている。しばらくして、女は風呂からあがって来る。縁側の欄干に手拭を、こうひろげて掛けるね。それから、君のうしろにそっと立って、君の眺めているその同じものを従順しく眺めている。君が美しいと思っているその気持をそのとおりに、汲んでいる。ながくて五分間だね。」
「いや、一分でたくさんだ。五分間じゃ、それっきり沈んで死んでしまう。」
「お膳が来るね。お酒がついている。呑むかね?」
「待てよ。女は、東京駅で、おそくなりまして、と言ったきりで、それからあと、まだ何も言ってやしない。この辺で何か、もう一ことくらいあっていいね。」
「いや、ここで下手なことを言いだしたら、ぶちこわしだ。」
「そうかね。じゃまあ、だまって部屋へはいって、お膳のまえに二人ならんで坐る。へんだな。」
「ちっともへんじゃない。君は、女中と何か話をしていれば、それで、いいじゃないか。」
「いや、そうじゃない。女が、その女中さんをかえしてしまうのだ。こちらでいたしますから、と低いがはっきり言うのだ。不意に言うのだ。」
「なるほどね。そんな女なのだね。」
「それから、男の児のような下手な手つきで、僕にお酌をする。すましている。お銚子を左の手に持ったまま、かたわらの夕刊を畳のうえにひろげ、右の手を畳について、夕刊を読む。」
「夕刊には、加茂川の洪水の記事が出ている。」
「ちがう。ここで時世の色を点綴させるのだね。動物園の火事がいい。百匹にちかいお猿が檻の中で焼け死んだ。」
「陰惨すぎる。やはり、明日の運勢の欄あたりを読むのが自然じゃないか。」
「僕はお酒をやめて、ごはんにしよう、と言う。女とふたりで食事をする。たまご焼がついている。わびしくてならぬ。急に思い出したように、箸を投げて、机にむかう。トランクから原稿用紙を出して、それにくしゃくしゃ書きはじめる。」
「なんの意味だね?」
「僕の弱さだ。こう、きざに気取らなければ、ひっこみがつかないのだ。業みたいなものだ。ひどく不気嫌になっている。」
「じたばたして来たな。」
「書くものがない。いろは四十七文字を書く。なんどもなんども、繰りかえし繰りかえし書く。書きながら女に言う。いそぎの仕事を思い出した。忘れぬうちに片づけてしまいたいから、あなたは、その間に、まちを見物していらっしゃい。しずかな、いいまちです。」
「いよいよぶちこわしだね。仕方がない。女は、はあ、と承諾する。着がえしてから部屋を出る。」
「僕は、ひっくりかえるようにして寝ころぶ。きょろきょろあたりを見まわす。」
「夕刊の運勢欄を見る。一白水星、旅行見合せ、とある。」
「一本三銭の Camel をくゆらす。すこし豪華な、ありがたい気持になる。自分が可愛くなる。」
「女中がそっとはいって来て、お床は? ということになる。」
「はね起きて、二つだよ、と快活に答える。ふと、お酒を呑みたく思うが、がまんをする。」
「そろそろ女のひとがかえって来ていいころだね。」
「まだだ。やがて女中のいなくなったのを見すまして、僕は奇妙なことをはじめる。」
「逃げるのじゃ、ないだろうね。」
「お金をしらべる。十円紙幣が三枚。小銭が二三円ある。」
「大丈夫だ。女がかえったときには、また、贋の仕事をはじめている。はやかったかしら、と女がつぶやく。多少おどおどしている。」
「答えない。仕事をつづけながら、僕にかまわずにおやすみなさい、と言う、すこし命令の口調だ。いろはにほへと、一字一字原稿用紙に書き記す。」
「女は、おさきに、とうしろで挨拶をする。」
「ちりぬるをわか、と書いて、ゑひもせす、と書く。それから、原稿用紙を破る。」
「いよいよ、気ちがいじみて来たね。」
「仕方がないよ。」
「まだ寝ないのか?」
「風呂場へ行く。」
「すこし寒くなって来たからね。」
「それどころじゃない。軽い惑乱がはじまっているのだ。お湯に一時間くらい、阿呆みたいにつかっている。風呂から這い出るころには、ぼっとして、幽霊だ。部屋へ帰って来ると、女は、もう寝ている。枕もとに行燈の電気スタンドがついている。」
「女は、もう、ねむっているのか?」
「ねむっていない。目を、はっきりと、あいている。顔が蒼い。口をひきしめて、天井を見つめている。僕は、ねむり薬を呑んで、床へはいる。」
「女の?」
「そうじゃない。――寝てから五分くらいたって、僕は、そっと起きる。いや、むっくり起きあがる。」
「涙ぐんでいる。」
「いや、怒っている。立ったままで、ちらと女のほうを見る。女は蒲団の中でからだをかたくする。僕はその様を見て、なんの不足もなくなった。トランクから荷風の冷笑という本を取り出し、また床の中へはいる。女のほうへ背をむけたままで、一心不乱に本を読む。」
「荷風は、すこし、くさくないかね?」
「それじゃ、バイブルだ。」
「気持は、判るのだがね。」
「いっそ、草双紙ふうのものがいいかな?」
「君、その本は重大だよ。ゆっくり考えてみようじゃないか。怪談の本なんかもいいのだがねえ。何かないかね。パンセは、ごついし、春夫の詩集は、ちかすぎるし、何かありそうなものだがね。」
「――あるよ。僕のたった一冊の創作集。」
「ひどく荒涼として来たね。」
「はしがきから読みはじめる。うろうろうろうろ読みふける。ただ、ひたすらに、われに救いあれという気持だ。」
「女に亭主があるかね?」
「背中のほうで水の流れるような音がした。ぞっとした。かすかな音であったけれども、脊柱の焼けるような思いがした。女が、しのんで寝返りを打ったのだ。」
「それで、どうした?」
「死のうと言った。女も、――」
「よしたまえ。空想じゃない。」