太宰治 『黄村先生言行録』 「君は大将でしょうね。見せ物の大将に違いな…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 太宰治 『黄村先生言行録』

現代語化

「あんたが大将さん?見世物の大将でしょ?」
「いや」
「任されてやってるの」
「おう」
「譲ってくれるでしょ?」
「え?」
「あれ山椒魚なんでしょ?」
「恐れ入ります」
「実はあの山椒魚ってやつをずっと探してたんです。伯耆国淀江村。おう」
「失礼ですが、ご職業は?」
「どこにも関係ない。あの子は作家だ。まだ無名だけど。俺は失敗者さ。小説も書いた、絵も描いた、政治もやった、女にも惚れた。でも全部失敗、隠者と思えばいいよ。大隠は市に隠れるってね」
「はは」
「隠居さんってか」
「厳しいね。ちょっと飲みなよ」
「もういいよ」
「じゃ、失礼します」
「ちょっと待て」
「なんだよ。これから話じゃないか」
「大体わかったんで、失礼しようと思ったんです。あんた間抜けだね」
「厳しいな。まあ座りなよ」
「暇がないんです。山椒魚を肴にするって無理でしょ」
「気持ち悪いこと言うなよ。勘違いだ。山椒魚を焼いて食う奴がいるって本にも書いてあったけど、俺は食わない。食えって言われても箸はつけないよ。山椒魚の肉を肴にするなんて、そんな荒くれ者じゃない。俺は山椒魚を尊敬してる。できれば家の池に連れてきて一緒に暮らしたいと思ってるんだ」
「だから嫌なんです。医学とか教育とかそういうならわかるけど、道楽隠居が錦鯉にも飽きて、ドイツ鯉じゃつまらん、山椒魚はどうか、一緒に暮らしたい、飲めってそんなふざけた話に、まともに付き合ってるんですか。酔狂も大したもんですね。こっちは大事な商売ほっぽらかしてきてるんですよ。変わり者。ばかばかしいを通り越して腹が立ちます」
「困ったな。金持ちに対する恨みってやつか。どうにか丸く収める方法はないものか。これは予期せぬ事態だ」
「ごまかさないでくださいよ。見え見えですよ。落ち着いてるフリしてても、こたつの中で膝が震えてるじゃないですか」
「けしからん。下品になってきたな。わかった。じゃ、ざっくばらんに言おう。1尺20円でどうだ」
「1尺20円、何の話ですか」
「この伯耆国淀江村の百姓の池から出た山椒魚なら、1丈あるはずだ。本にも書いてある。1尺20円、1丈なら200円だ」
「3尺5寸です。1丈の山椒魚がいると思ってるなんて、かわいいですね」
「3尺5寸!ちっさ。小さすぎる。伯耆国淀江村の、――」
「もういいです。見世物の山椒魚は全部伯耆国淀江村ってことにされてるんです。昔からそう決まってるんです。小さすぎる?悪かったね。あれでもうちは3人で食べていけてるんです。1万円でも手放しません。1尺20円って、バカにしてるんですか。あんた間抜けですね」
「もう駄目だ」
「口が悪かったのは親切心です。無駄な望みはしないでください。じゃ、失礼します」
「送りましょう」
「ノートに書いておいてください。趣味の古代論者が、忙しい人から叱られて。そもそも南部が強いのか、北部が強いのか」

原文 (会話文抽出)

「君は大将でしょうね。見せ物の大将に違いないでしょうね。」
「は、いや、」
「委せられております。」
「うむ。」
「ゆずってくれるでしょうね。」
「は?」
「あれは山椒魚でしょう?」
「おそれいります。」
「実は、私は、あの山椒魚を長い間さがしていました。伯耆国淀江村。うむ。」
「失礼ですが、旦那がたは、学校関係の?」
「いや、どこにも関係は無い。そちらの書生さんは文士だ。未だ無名の文士だ。私は、失敗者だ。小説も書いた、画もかいた、政治もやった、女に惚れた事もある。けれどもみんな失敗、まあ隠者、そう思っていただきたい。大隠は朝市に隠る、と。」
「へへ、」
「まあ、ご隠居で。」
「手きびしい。一つ飲み給え。」
「もうたくさん。」
「それでは、これで失礼します。」
「待った、待った。」
「どうしたという事だ。話は、これからです。」
「その話が、たいていわかったもんで、失礼しようと思ったのです。旦那、間が抜けて見えますぜ。」
「手きびしい。まあ坐り給え。」
「私には、ひまがないのです。旦那、山椒魚を酒のさかなにしようたって、それあ無理です。」
「気持の悪い事をおっしゃる。それは誤解です。山椒魚を焼いてたべる人があるという事は書物にも出ていたが、私は食べない。食べて下さいと言われても、私は箸をつけないでしょう。山椒魚の肉を酒のさかなにするなんて、私はそんな豪傑でない。私は、山椒魚を尊敬している。出来る事なら、わが庭の池に迎え入れてそうして朝夕これと相親しみたいと思っているのですがね。」
「だから、それが気にくわないというのです。医学の為とか、あるいは学校の教育資料とか何とか、そんな事なら話はわかるが、道楽隠居が緋鯉にも飽きた、ドイツ鯉もつまらぬ、山椒魚はどうだろう、朝夕相親しみたい、まあ一つ飲め、そんなふざけたお話に、まともにつき合っておられますか。酔狂もいい加減になさい。こっちは大事な商売をほったらかして来ているんだ。唐変木め。ばかばかしいのを通り越して腹が立ちます。」
「これは弱った。有閑階級に対する鬱憤積怨というやつだ。なんとか事態をまるくおさめる工夫は無いものか。これは、どうも意外の風雲。」
「ごまかしなさんな。見えすいていますよ。落ちついた振りをしていても、火燵の中の膝頭が、さっきからがくがく震えているじゃありませんか。」
「けしからぬ。これはひどく下品になって来た。よろしい。それではこちらも、ざっくばらんにぶっつけましょう。一尺二十円、どうです。」
「一尺二十円、なんの事です。」
「まことに伯耆国淀江村の百姓の池から出た山椒魚ならば、身のたけ一丈ある筈だ。それは書物にも出ている事です。一尺二十円、一丈ならば二百円。」
「はばかりながら三尺五寸だ。一丈の山椒魚がこの世に在ると思い込んでいるところが、いじらしいじゃないか。」
「三尺五寸! 小さい。小さすぎる。伯耆国淀江村の、――」
「およしなさい。見世物の山椒魚は、どれでもこれでもみんな伯耆国は淀江村から出たという事になっているんだ。昔から、そういう事になっているんだ。小さすぎる? 悪かったね。あれでも、私ら親子三人を感心に養ってくれているんだ。一万円でも手放しやしない。一尺二十円とは、笑わせやがる。旦那、間が抜けて見えますぜ。」
「すべて、だめだ。」
「口の悪いのは、私の親切さ。突飛な慾は起さぬがようござんす。それでは、ごめんこうむります。」
「お送りする。」
「君、手帖に書いて置いてくれ給え。趣味の古代論者、多忙の生活人に叱咤せらる。そもそも南方の強か、北方の強か。」


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