太宰治 『乞食学生』 「君たちも、これから、なるべくならビイルを…

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青空文庫図書カード: 太宰治 『乞食学生』

現代語化

「君たちもこれから、なるべくビールを飲むな!カール・ヒルティ先生の言うところによると、諸君は教養ある学生であるから、酒を飲んでも乱に陥らない。故に無害である。否、時には健康上有益である。しかし、諸君を真似て飲む中学生、あるいは労働者たちは自らを制することができず、酒に溺れ、そのために身を亡す危険が多い。だから諸君は、彼らのため!彼らのために酒を飲むな、と。彼らのためだけでなく、僕たちのためにも、酒を飲むな。僕たちは悪い時代に育ち、悪い教育を受け、暗い学問をした。飲酒は誇りであり、正義感の表現でさえあったのだ。僕たちの、この悪癖を綺麗に抜くのは至難である。君たちに頼む。君たちさえ清潔な明るい習慣を作ってくれたなら、僕たちの暗黒の虫も遠からずそれに従うだろう。僕たちに負けてはならない。打ち勝て。以上、一般論は終わりだ。どうも僕は、こんな当たり前の概念論は苦手なんだ。どんなつまらない本にだって、そんなことはちゃんと書かれているんだからね。なるべくなら僕は、清潔な、強い、明るい、なんてそんな形容詞を使いたくないんだ。自分の体に傷をつけて、そこから吹き出た言葉だけで言いたい。下手くそでもいい、自分の血肉を削った言葉だけを、どもりながら言いたい。どうも一般論は照れくさい。演説はこれでやめる」
「佐伯君、僕に20円くらいあるんだけど、これで制服と靴を買い戻してくれよ。また、外見は元の生活に戻るんだ。葉山さんの家にも、辛抱して行ってくれよ。寂しい時は下宿で毛布をかぶって勉強するんだ。それが一番華やかな青春だ。何くそと固パンかじって勉強してくれよ。約束するね?」
「わかってるよ」
「そんなこと言ってると、君の顔はまるで昔の侍みたいに見えるね。明治時代だ。古いな」
「士族のお生まれではないでしょうか」
「熊本君、ここに20円あります。これで佐伯の制服と制帽と靴を買い戻してやってください」
「要らないよ、そんなもの」
「いや、君にあげるわけじゃないんだ。熊本君の友情を見込んで、一時お預かりするだけだ」
「わかりました」
「かしこまりました。他日、佐伯君の学業成った暁には――」
「いや、それには及びません」
「ここを出ましょう。街を少し歩いてみましょう」
「おい佐伯、その風呂敷包みは重くないか。僕が代わりに持ってやろう。いいんだ、僕によこせ。よし来た。アル・テル・ナ・テ・ヴ・マン、と。知ってるかい?どっこいしょのうんとこしょって意味なんだ。フロベールはこの言葉1つに3か月も苦心したんだぞ」

原文 (会話文抽出)

「君たちも、これから、なるべくならビイルを飲むな! カール・ヒルティ先生の曰く、諸君は教養ある学生であるから、酒を飲んでも乱に陥らない。故に無害である。否、時には健康上有益である。しかし、諸君を真似て飲む中学生、又は労働者たちは自らを制することが出来ぬため、酒に溺れ、その為に身を亡す危険が多い。だから諸君は、彼等のために! 彼等のために酒を飲むな、と。彼等のため、ばかりではない。僕たちの為にも、酒を飲むな。僕たちは、悪い時代に育ち、悪い教育を受け、暗い学問をした。飲酒は、誇りであり、正義感の表現でさえあったのだ。僕たちの、この悪癖を綺麗に抜くのは至難である。君たちに頼む。君たちさえ、清潔な明るい習慣を作ってくれたら、僕たちの暗黒の虫も、遠からずそれに従うだろう。僕たちに負けてはならぬ。打ち勝て。以上、一般論は終りだ。どうも僕は、こんなわかり切ったような概念論は、不得手なのだ。どんな、つまらない本にだって、そんな事は、ちゃんと書かれてあるんだからね。なるべくなら僕は、清潔な、強い、明るい、なんてそんな形容詞を使いたくないんだ。自分のからだに傷をつけて、そこから噴き出た言葉だけで言いたい。下手くそでもいい、自分の血肉を削った言葉だけを、どもりながら言いたい。どうも、一般論は、てれくさい。演説は、これでやめる。」
「佐伯君、僕に二十円くらいあるんだがね、これで制服と靴とを買い戻し給え。また、外形は、もとの生活に帰るのだ。葉山氏の家にも、辛抱して行き給え。わびしい時には、下宿で毛布をかぶって勉強するのだ。それが一ばん華やかな青春だ。何くそと固パンかじって勉強し給え。約束するね?」
「わかってるよ。」
「そんな事を言ってると、君の顔は、まるで、昔のさむらいみたいに見えるね。明治時代だ。古くさいな。」
「士族のお生まれではないでしょうか。」
「熊本君、ここに二十円あります。これで、佐伯の制服と制帽と靴を買い戻してやって下さい。」
「要らないよ、そんなもの。」
「いや、君にあげるわけじゃないんだ。熊本君の友情を見込んで、一時、おあずけするだけだ。」
「わかりました。」
「たしかに、おあずかり致します。他日、佐伯君の学業成った暁には、――」
「いや、それには及びません。」
「ここを出ましょう。街を、少し歩いて見ましょう。」
「おい佐伯、その風呂敷包みは重くないか。僕が、かわりに持ってやろう。いいんだ、僕によこせ。よし来た。アル・テル・ナ・テ・ヴ・マン、と。知ってるかい? どっこいしょの、うんとこしょって意味なんだ。フロオベエルは、この言葉一つに、三箇月も苦心したんだぞ。」


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