GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 太宰治 『乞食学生』
現代語化
「僕の名はね、佐伯五一郎っていうんだよ。覚えておいてね。僕は絶対に恩返しするよ。あなたはいい人ですね。泣いたりなんかして、僕はダメだなあ。僕はご飯を食べていると、時々すごく寂しくなるんだ。悲しいことばかり、一度にドッと思い出してしまうんだ。僕の父はね、恥ずかしい商売をしているんだ。田舎の小学校の先生だよ。20年以上も勤めて、それでも校長になれないんだ。頭が悪いんだよ。息子の僕にさえ、恥ずかしがっているんだよ。生徒もみんなバカにしているんだ。『マンケ』っていうあだ名だよ。だから、僕は偉くならなきゃいけないんだ」
「小学校の先生が、どうしてそんなに恥ずかしい商売なの?」
「僕だって、小説が書けなくなったら、田舎の小学校の先生になろうと思っている。本当に良心を持って、情熱をぶち込める仕事はこの2つしかないと思っている」
「知らないんだよ、あなたは」
「知らないんだよ。村の金持ちの子供には、先生のほうからご機嫌を取らないといけないんだ。校長や村長との関係も、それや、ややこしいんだぜ。言いたくもないよ。僕は先生なんてイヤだ。僕は本気で勉強したかったんだ」
「勉強したらいいじゃないか」
「さっきの元気はどうしたんだい。ダメな奴だ。男は泣くもんじゃないよ。ほら、鼻でもかんで、しっかりしてくれよ」
「なんと言ったらいいのかなあ。変な感じなんだよ。親父を喜ばせようと思って勉強していても、なんだか落ち着かないんだよ。5次方程式が代数的に解けるものかどうか、発散級数の和があるかどうか、今はそんな回りくどいことを考えている時じゃないって、誰かに言われている気がするんだ。個人の事情を捨てろって、こないだも上級の生徒に言われたよ。でも、そんなことを言う生徒は、たいてい頭の悪い、勉強しない奴に決まっているんだ。だから、なんだか変な感じになっちゃうんだよ。回りくどい学問なんかを、している時じゃない。肉体をぶつけていく練習だけの時代なのかしら。考えると、とても心細くなるんだよ」
「あなたはそれを怠惰の言い訳にして、学校をやめたんだな。事大主義っていうんだよ。大地震でも起きて、世界がひっくり返ったら、なんてことばかり夢想している奴なんだね、あなたは」
「たった1日の不安を、生涯の不安とすり替えて騒ぎ回っているんだ。君は秩序の必要性を信じないのかね。ヴァレリーの言葉だけどね」
「法律も制度も風俗も、昔から、ちょっと気の利いた思想家には、いつでも攻撃され、軽蔑されてきたものだ。実際、それを揶揄したり皮肉ったりするのは、いい気持ちのものさ。でも、その皮肉はどんなに安易で危険な遊びか知らなきゃならない。何の責任もないんだからね。法律、制度、風俗、それがどんなにくだらなく見えても、それがなければ、知識も自由も考えられない。大船に乗っていながら、大船の悪口を言ってるようなものさ。海に飛び込んだら、死ぬだけだ。知識も自由思想も、決して自然の産物じゃない。自然は自由でもなく自然は知識の味方をするものでもないと言うんだ。知識は、自然と戦って自然を克服し、人為を建設する力だ。いわば、人工の秩序への努力だ。だからどうしても、秩序とは反自然的な企画なんだが、それでも、人は秩序に拠らなければ、生き延びていくことができないようになっている、というんだがね。君が時代に素直で、勉強を放り出そうとする気持ちもわかるけど、秩序の必然性を信じて、静かに勉強を続けていくのもまた、この際、勇気のある態度じゃないのかね。発散級数の和でも、楕円関数でも、大いに研究すればいいんだよ」
「どうだね。わかったかね」
「ヴァレリーっていうのは、フランスの人でしょう?」
「そうだ。一流の文明批評家だ」
「フランスの人だったらだめだ」
「なぜ?」
「戦敗国じゃないか」
「亡国の言辞ですよ。君は人がいいから、ダメだなあ。あいつの言っている秩序ってのは、古い昔の秩序のことなんだ。古典擁護に違いない。フランスの伝統を誇っているだけなんですよ。うっかりだまされるところだった」
「いや、いや」
「そういうことはない」
「秩序って言葉は、素晴らしいからなあ」
「僕は、フランス人の秩序なんて信じないけど、強い軍隊の秩序だけは信じているんだ。僕には、ギリギリに苛酷な秩序が欲しいんだ。うんと自分をしばってもらいたいんだ。僕たちはみんな、戦争に行きたくて仕方ないんだ。生ぬるい自由なんて、飼い殺しと同じだ。何もできないじゃないか。卑屈になるばかりだ。銃後はややこしくて、難しいねえ」
「何を言ってるんだ。君は、一番骨の折れるところから逃げようとしているだけなんだ。千の主張よりも一つの忍耐」
「いや、千の知識よりも一つの行動」
「そうして君ができる唯一の行動は、裸で人喰い川を泳ぐだけのものじゃないか。分を知らなきゃいけない」
「さっきは、あれは特別なんだよ」
「どうも、ごちそうさまでした」
「事情があったんだよ。聞いてくれるかね?」
「言ってみろ」
「言ってみたって、どうにもならないけど、このごろ僕は、メチャクチャなんだよ。中学だけは家の金で卒業できたんだけど、あとが続かなかったんだ。貧乏なんだよ。僕は数学をもっと勉強したかったから、父に無断で高校に受けて、入ったんだ。葉山さんを知ってるかい?葉山圭造。いつか、鉄道の参与官か何かやっていた。代議士だよ」
「知らないね」
原文 (会話文抽出)
「僕の名はね、」
「僕の名はね、佐伯五一郎って言うんだよ。覚えて置いてね。僕は、きっと御恩返しをしてやるよ。君は、いい人だね。泣いたりなんかして、僕は、だらしがないなあ。僕はごはんを食べていると、時々むしょうに侘しくなるんだ。悲しい事ばかり、一度にどっと思い出しちゃうんだ。僕の父はね、恥ずかしい商売をしているんだ。田舎の小学校の先生だよ。二十年以上も勤めて、それでも校長になれないんだ。頭が悪いんだよ。息子の僕にさえ、恥ずかしがっているんだよ。生徒も、みんな、ばかにしているんだ。マンケという綽名だよ。だから、僕は、偉くならなくちゃいけないんだ。」
「小学校の先生が、なぜそんなに恥ずかしい商売なんだ。」
「僕だって、小説が書けなくなったら、田舎の小学校の先生になろうと思っている。本当に良心をもって、情熱をぶち込める仕事は、この二つしか世の中に無いと思っている。」
「知らないんだよ、君は。」
「知らないんだよ。村の金持の子供には、先生のほうから御機嫌をとらなくちゃいけないんだ。校長や、村長との関係も、それや、ややこしいんだぜ。言いたくもねえや。僕は、先生なんていやだ。僕は、本気に勉強したかったんだ。」
「勉強したら、いいじゃないか。」
「さっきの元気は、どうしたんだい。だらしの無い奴だ。男は、泣くものじゃないよ。そら、鼻でもかんで、しゃんとし給え。」
「なんと言ったらいいのかなあ。へんな気持なんだよ。親爺を喜ばせようと思って勉強していても、なんだか落ちつかないんだよ。五次方程式が代数的に解けるものだか、どうだか、発散級数の和が、有ろうと無かろうと、今は、そんな迂遠な事をこね廻している時じゃないって、誰かに言われているような気がするのだ。個人の事情を捨てろって、こないだも、上級の生徒に言われたよ。でも、そんな事を言う生徒は、たいてい頭の悪い、不勉強な奴にきまっているんだ。だから、なんだか、へんな気持になっちゃうんだよ。迂遠な学問なんかを、している時じゃ無い。肉体を、ぶっつけて行く練習だけの時代なのかしら。考えると、とても心細くなるんだよ。」
「君はそれを怠惰のいい口実にして、学校をよしちゃったんだな。事大主義というんだよ。大地震でも起って、世界がひっくりかえったら、なんて事ばかり夢想している奴なんだね、君は。」
「たった一日だけの不安を、生涯の不安と、すり変えて騒ぎまわっているのだ。君は秩序のネセシティを信じないかね。ヴァレリイの言葉だけれどもね、」
「法律も制度も風俗も、昔から、ちっとは気のきいた思想家に、いつでも攻撃され、軽蔑されて来たものだ。事実また、それを揶揄し皮肉るのは、いい気持のものさ。けれども、その皮肉は、どんなに安易な、危険な遊戯であるか知らなければならぬ。なんの責任も無いんだからね。法律、制度、風俗、それがどんなに、くだらなく見えても、それが無いところには、知識も自由も考えられない。大船に乗っていながら、大船の悪口を言っているようなものさ。海に飛び込んだら、死ぬばかりだ。知識も、自由思想も、断じて自然の産物じゃない。自然は自由でもなく自然は知識の味方をするものでもないと言うんだ。知識は、自然と戦って自然を克服し、人為を建設する力だ。謂わば、人工の秩序への努力だ。だから、どうしても、秩序とは、反自然的な企画なんだが、それでも、人は秩序に拠らなければ、生き伸びて行く事が出来なくなっている、というんだがね。君が時代に素直で、勉強を放擲しようとする気持もわかるけれど、秩序の必然性を信じて、静かに勉強を続けて行くのも亦、この際、勇気のある態度じゃないのかね。発散級数の和でも、楕円函数でも、大いに研究するんだね。」
「どうかね。わかったかね。」
「ヴァレリイってのは、フランスの人でしょう?」
「そうだ。一流の文明批評家だ。」
「フランスの人だったら、だめだ。」
「なぜ?」
「戦敗国じゃないか。」
「亡国の言辞ですよ。君は、人がいいから、だめだなあ。そいつの言ってる秩序ってのは、古い昔の秩序の事なんだ。古典擁護に違いない。フランスの伝統を誇っているだけなんですよ。うっかり、だまされるところだった。」
「いや、いや、」
「そういう事は無い。」
「秩序って言葉は、素晴しいからなあ。」
「僕は、フランス人の秩序なんて信じないけれど、強い軍隊の秩序だけは信じているんだ。僕には、ぎりぎりに苛酷の秩序が欲しいのだ。うんと自分を、しばってもらいたいのだ。僕たちは、みんな、戦争に行きたくてならないのだよ。生ぬるい自由なんて、飼い殺しと同じだ。何も出来やしないじゃないか。卑屈になるばかりだ。銃後はややこしくて、むずかしいねえ。」
「何を言ってやがる。君は、一ばん骨の折れるところから、のがれようとしているだけなんだ。千の主張よりも、一つの忍耐。」
「いや、千の知識よりも、一つの行動。」
「そうして君に出来る唯一の行動は、まっぱだかで人喰い川を泳ぐだけのものじゃないか。ぶんを知らなくちゃいけない。」
「さっきは、あれは、特別なんだよ。」
「どうも、ごちそうさま。」
「事情があったんだよ。聞いてくれるかね?」
「言ってみ給え。」
「言ってみたって、どうにもならんけど、このごろ僕は、目茶苦茶なんだよ。中学だけは、家のお金で卒業できたのだけれど、あとが続かなかったんだ。貧乏なんだよ。僕は数学を、もっと勉強したかったから、父に無断で高等学校に受けて、はいったんだ。葉山さんを知ってるかい? 葉山圭造。いつか、鉄道の参与官か何かやっていた。代議士だよ。」
「知らないね。」