太宰治 『富嶽百景』 「モウパスサンの小説に、どこかの令嬢が、貴…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 太宰治 『富嶽百景』

現代語化

「モウパッサンの小説に、どこかの令嬢が貴族のところへ毎晩、川を泳いで逢いに行ったって書いてありましたが、着物はどうしたんでしょうね。まさか裸ではないでしょう。」
「そうですね。」
「海水着ではないでしょうか。」
「頭の上に服を載せて結んで、そうして泳いで行ったんですかね?」
「それとも服のまま這って、ずぶ濡れの姿で貴族と会って、二人でストーブで乾かしたのかな?そうすると帰る時にはどうするんだろう。せっかく乾かした服をまたずぶ濡れにして泳がないといけない。心配ですね。貴族の方が泳いでくれば良いのに。男なら褌一つで泳いでもそんなにみっともないわけじゃないし。貴族、鉄槌だったんですかね?」
「いや、令嬢の方からたくさん惚れてたからです。」
「そうかもしれませんね。外国の物語の令嬢は勇敢で可愛いですね。好きになったら川を泳いででも会いに行くんだから。日本ではそうはいかない。なんていう芝居があるじゃないですか。真ん中に川が流れてて、両方の岸で男と姫君が悲しんでる芝居が。ああいう時、姫君は悲しむ必要ないんですよ。泳いで行けば済むんです。芝居で見るとすごく狭い川なんですよ。じゃぶじゃぶ歩いて渡ったらいいんじゃないですか。あんな悲しみなんて意味ないですよ。同情しませんよ。朝顔の大井川はあれは大雨だし、朝顔は盲目だから分かりますけど、あれだって泳いで泳げないことはないでしょう。大井川の棒杭にしがみついて、お日様を恨んでたんだから意味ないですよね。あ、一人いますよ。日本にも勇敢な人が一人いましたよ。すごい人です。知ってますか?」
「いますか?」
「清姫です。安珍を追いかけて日高川を泳ぎました。泳ぎまくりました。あの人はすごいです。文献によると、清姫はあの時14歳だったそうですよ。」

原文 (会話文抽出)

「モウパスサンの小説に、どこかの令嬢が、貴公子のところへ毎晩、河を泳いで逢ひにいつたと書いて在つたが、着物は、どうしたのだらうね。まさか、裸ではなからう。」
「さうですね。」
「海水着ぢやないでせうか。」
「頭の上に着物を載せて、むすびつけて、さうして泳いでいつたのかな?」
「それとも、着物のままはひつて、ずぶ濡れの姿で貴公子と逢つて、ふたりでストオヴでかわかしたのかな? さうすると、かへるときには、どうするだらう。せつかく、かわかした着物を、またずぶ濡れにして、泳がなければいけない。心配だね。貴公子のはうで泳いで来ればいいのに。男なら、猿股一つで泳いでも、そんなにみつともなくないからね。貴公子、鉄鎚だつたのかな?」
「いや、令嬢のはうで、たくさん惚れてゐたからだと思ひます。」
「さうかも知れないね。外国の物語の令嬢は、勇敢で、可愛いね。好きだとなつたら、河を泳いでまで逢ひに行くんだからな。日本では、さうはいかない。なんとかいふ芝居があるぢやないか。まんなかに川が流れて、両方の岸で男と姫君とが、愁嘆してゐる芝居が。あんなとき、何も姫君、愁嘆する必要がない。泳いでゆけば、どんなものだらう。芝居で見ると、とても狭い川なんだ。ぢやぶぢやぶ渡つていつたら、どんなもんだらう。あんな愁嘆なんて、意味ないね。同情しないよ。朝顔の大井川は、あれは大水で、それに朝顔は、めくらの身なんだし、あれには多少、同情するが、けれども、あれだつて、泳いで泳げないことはない。大井川の棒杭にしがみついて、天道さまを、うらんでゐたんぢや、意味ないよ。あ、ひとり在るよ。日本にも、勇敢なやつが、ひとり在つたぞ。あいつは、すごい。知つてるかい?」
「ありますか。」
「清姫。安珍を追ひかけて、日高川を泳いだ。泳ぎまくつた。あいつは、すごい。ものの本によると、清姫は、あのとき十四だつたんだつてね。」


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