太宰治 『火の鳥』 「かえらせたら、いいのだ。女優なんて、そん…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 太宰治 『火の鳥』

現代語化

「帰らせちゃえばいいじゃん。女優なんて、あんな派手なことさせちゃダメだよ。日本に帰さなきゃダメなんだ。」
「でも――」
「酔って絡んでるわけじゃないのよ。ごめんね。でも――男って、なんで女のことになると変に責任持ちたがるの?なんでみんな、ありきたりなお説教したがるの?さっちゃんが、今までどんだけ苦しい生活で、必死に頑張ってきたか知ってるの?さっちゃんはもう大人よ。子供じゃない。ほっといても大丈夫。私も最初は、あの娘に腹立った。女優なんてありえないって思った。あなたと同じように、日本に帰った方がいいと思ってた。でも、あれは私の間違い。だって、さっちゃんが日本に帰っても得するのは私たちじゃん。あの子は幸せじゃないよ。あなたもそうよ。やっぱり、どこかずるい。ちっちゃい、ちっちゃい、自分の利益が、心のどこかに絶対あるでしょ。あなたが勝手に責任感じて、それでイライラして、苦しくなって、今度はどこか遠い人に責任押し付けて、自分は知らん顔したいんでしょ?そうでしょ。」
「ごめんね。失礼なことばっかり言って。」
「でもさ、あの子を今田舎に帰すなんて、やっぱり残酷でしょ。よくそんなこと言えるね。あの子を日本に帰しちゃダメよ。あなたは、去年あの子が何をしたか知ってるでしょ?どんだけ笑われたか知ってるでしょ?東京は忙しくて、もうそんなこと忘れたみたいにしてくれるけど、田舎はうるさいよ。あの子は絶対村八分よ。一生村の笑われもの。田舎の人って、3代前の鶏泥棒のこともずっと覚えて恨み合ってるんだから。」
「違うよ。」
「故郷なんてそんなもんじゃないよ。家族なんてそんなもんじゃない。僕は故郷を失った人の悲劇を知ってる。乙さんは故郷がなかった。あなたも知ってると思うけど、乙さんは伯父さんの妾の子なんだ。生みの親と一緒にあちこち転々とした。それは苦労したよ。僕は知ってる。あの人は偉くなることに一生懸命だった。自分を捨てた父親を見返してやろうと思ってた。飛び抜けて頭が良かったんだ。本当にすごかったよ。勉強もした。偉くならなきゃいけないと思ってたんだ。歴史に名を残そうと思った。でも、最後には力尽きて、死ぬ前に僕に親孝行しろって言った。我慢して、我慢して、慎ましく生きろって言った。僕は最初冗談かと思った。でも、最近になって、少しずつわかるような気がするよ。」
「違うよ、そんなんじゃない。」
「あなたはそれでいいの。立派な家庭で何不自由なく育って、立派に勉強もして、親もちゃんといるんだから、須々木乙彦じゃなくても、親孝行するように、家を守りなさいって、みんなが本気でそう言うわ。でも、私たちとは違うの。そんなんじゃない。毎日食べることに追われて、借金返すことに追われて、正しいことを横目に見て、それにも気づきながら、どんどん流されて、いつの間にか社会からひどい烙印押されちゃってるの。さっちゃんなんてもっとひどい。あの子はもう世の中を一度失脚しちゃったのよ。屑よ。親孝行なんて、そんな立派なこと、もうできないのよ。したくても許されない。名誉回復。そんな言葉変ね?みじめな言葉よね。でも、私たち、一度過ちを犯した人間は、どんだけそれに憧れてるかわからない。そのために命なんていらない。何だってする。」
「さっちゃんは、かわいそうに、今一生懸命なのよ。私にはわかる。あの子を少しでも偉くしてあげたい。」
「待てよ。」
「あなたはさっき、あの子を偉くしてあげたいって言ってたでしょ?それは間違い、筆記の間違いみたいにはっきり間違い。人は人を偉くすることはできないんだよ。今のこの世の中は厳しいんだ。一朝一夕に名誉回復して、みんなに褒められるなんて、それは無知なロマンチシズムだよ。昔の夢だ。須々木乙彦みたいなすごい男でも、それができずに死んだんだ。今は人間、誰にも迷惑かけずに、自分一人をコントロールすることだけでも、それだけでも大変なことなんだ。それができたら、それはもう新しい英雄だ。立派なものだ。本当の自信っていうのは、自分一人だけの明確な社会的な責任感ができて初めて生まれるものじゃないのかな。まず自分を、自分の周りを安心できるように育てて、自分の小さな故郷の、自分の貧しい家族の、しっかりした部下になって頑張らなきゃいけない。そうしないと、どんな小さな野望も、現実は絶対に許さないよ。賭けてもいい。高野幸代は失敗する。このままじゃどん底に落ちる。火を見るより明らかだ。世の中はつらいんだ。厳しいんだ。毎日毎日、今の世の中の厳しさが身にしみる。少しもでたらめは許されない。みんなが、鵜の目鷹の目で見てるよ。イヤな事だけど、仕方がない。」
「負けたのよ。あなたは負けたのよ。」
「ああ、聞きたくない、聞きたくない。あなたまでそんな、情けないこと言わないでよ。ずるい、ずるい。臆病だよ。負け惜しみだ。ああ、もう、理屈はいいよ。世の中の人たちはみんな優しい。みんな手助けしてくれる。冷たくて意地悪なのは、あなたたちだけだよ。どん底に突き落とすのは、あなたたちだ。負けても、嘘ついて取り繕ってる男だけが、人の努力を笑って突き落とすんだよ。あなたはダメだ。あなたはこれからはさっちゃんに触っちゃダメだよ。一ミリも触っちゃダメ。」
「なんて嘘なのよ。私はリアリストなの。わかってるのよ。あなたの言ってること、わかってるのよ。知ってるけど、それでも、もしかしたらって夢を持っていたい。持っていたいの。笑わないでね。私たちはダメなの。どんどんダメになる。わかってる。ああ、ダメ、はっきり決めないでよ。死にたくなっちゃう。でも、さっちゃんだけは、ああ、偉くしたい、偉くしたい。あの子、頭がいい。あの子、可愛い。あの子、かわいそう。知ってる?さっちゃんは今、ある劇作家の愛人なの。偉くなれ、なれ。愛人なんてしなくても済むように――」
「誰だ。どこの人だ。案内せよ。」
「お立ちください。いつかこんなことが起きると思っていました。すごい出世だ。さあ、案内せよ。どこの男だ。さっちゃんにそんなことさせてはいけないんだ。」
「バカだ。バカもバカ、大バカだ。君にはお礼を言う。よく教えてくれた。」
「私はさっちゃんを愛してる。愛して、愛して、愛してる。誰よりも強く愛してる。忘れたことがなかった。あの子の苦しみは、私が一番知ってる。全部知ってる。あの子はいい人だ。あの子を堕落させてはいけない。バカだ、バカだ。人の愛人になるなんて。バカだ。死ね! 私が殺してやる。」

原文 (会話文抽出)

「かえらせたら、いいのだ。女優なんて、そんな派手なことさせちゃ、いけないのだ。国へかえらせなければ、いけないのだ。」
「でも、――」
「いいえ、酔って絡むわけじゃないのよ。ごめんなさいね。でも、――男の人って、どうして皆そんなに、女のこととなると変に責任、持ちたがるのかしら。どうして皆、わかり切ったお説教したがるのかしら。あなたは、さちよが、いままで、どんなに苦しい生活を、くぐり抜け、切り抜けして生きて来たか、ご存じ? さちよだって、もう、おとなよ。子供じゃない。ほって置いたって大丈夫。あたしだって、はじめは、あの子に腹が立った。女優なんて、とんでもない、と思っていた。やはり、あなたと同じように、国へかえったほうが、一ばん無事だと思っていた。だけど、それは、あたしの間違い。だって、さちよが国へかえって、都合のよいのは、それは、あたしたちのほうよ。あの子は、ちっとも仕合せでない。あなただってそうよ。やっぱり、どこか、ずるいのよ。けちな、けちな、我利我利が、気持のどこかに、ちゃんと在るのよ。あなたが勝手に責任感じて、そうして、むしゃくしゃして、お苦しくて、こんどは誰か、遠いところに居る人に、その責任、肩がわりさせて、自身すずしい顔したいお心なのよ。そうなのよ。」
「ごめんなさいね。うち、失礼なことばかり言って。」
「でも、ねえ。あの子を、いま田舎へかえすなんて、やっぱり、残酷よ。よく、そんなこと、言えるのね。あの子を国へかえしちゃいけない。あなたは、あの子が、去年どんなことをしたか知ってるわね。どんなに笑われたか、知っているわね。東京は、いそがしくて、もう、そんなこと忘れたような顔していて呉れるけど、田舎は、うるさい。あの子は、きっと座敷牢よ。一生涯、村の笑われもの。田舎の人ったら、三代まえに鶏ぬすまれたことだって、ちゃんと忘れずに覚えていて、にくしみ合っているんだもの。」
「ちがう。」
「ふるさとは、そんなものじゃない。肉親は、そんなものじゃない。僕は、ふるさとを失った人の悲劇を知っている。乙やんには、ふるさとが無かった。君も、ごぞんじだろうと思うが、乙やんは、僕の伯父の、おめかけの子だ。生みの母親と一緒に転々した。それは苦労した。僕は知っている。あの人は、偉くなることに努めた。自分を捨てた父親を、見かえしてやろうと思っていた。ずば抜けて、秀才だった。全く、すばらしかったなあ。勉強もした。偉くならなければいけないと思っていたのだ。歴史に名を残そうと考えた。けれども、矢尽き、刀折れて、死ぬる前の日、僕に、親孝行しろ、と言った。しのんで、しのんで、つつましく生きろ、と言った。僕は、はじめ冗談か、と思った。けれども、このごろになって、あ、あ、と少しずつ合点できる。」
「いいえ、そんなんじゃない。」
「あなたは、それでいいの。ご立派な御家庭に、なに不自由なくお育ちになって、立派に学問もおありなさることだし、ちゃんと御両親もそろっておいでのことでしょうし、それは須々木乙彦でなくったって、あなたには、親孝行なさるよう、お家を大事になさるよう、誰だって、しんからそれをおすすめするわ。だけど、あたしたちは、ちがうの。そんなんじゃない。一日一日、食って生きてゆくことに追われて、借銭かえすことに追われて、正しいことを横目で見ながら、それに気がついていながら、どんどん押し流されてしまって、いつのまにか、もう、世の中から、ひどい焼印、頂戴してしまっているの。さちよなんか、もっとひどい。あの子は、もう世の中を、いちど失脚しちゃったのよ。屑よ。親孝行なんて、そんな立派なこと、とても、とても、できなくなってしまったの。したくても、ゆるされない。名誉恢復。そんな言葉おかしい? あわれな言葉ね。だけど、あたしたち、いちど、あやまち犯した人たち、どんなに、それに憧がれているか。そのためには、いのちも要らない。どんなことでも、する。」
「さちよは、可愛そうに、いま一生懸命なのよ。あたしには、わかる。あの子を少しでも偉くしてあげたい。」
「待て。」
「君は、いま、あの子を偉くしてあげたい、と言ったね。それは、間違い、書取のミステークみたいに、はっきり、間違い。人は、人を偉くすることができない。いまの、この世の中は、きびしいのだ。一朝にして名誉恢復、万人の喝采なんて、そいつは、無智なロマンチシズムだ。昔の夢だ。須々木乙彦ほどの男でも、それができずに、死んだのだ。いまは人間、誰にもめいわくかけずに、自分ひとりを制御することだけでも、それだけでも、大事業なんだ。それだけでも、できたら、そいつは新しい英雄だ。立派なものだ。ほんとうの自信というものは、自分ひとりの明確な社会的な責任感ができて、はじめて生れて来るものじゃないのか。まず自分を、自分の周囲を、不安ないように育成して、自分の小さいふるさとの、自分のまずしい身内の、堅実な一兵卒になって、努めて、それからでなければ、どんな、ささやかな野望でも、現実は、絶対に、ゆるさない。賭けてもいい。高野幸代は、失敗する。いまのままですすめば、どん底に蹴落される。火を見るよりも、明らかだ。世の中は、つらいのだ。きびしいのだ。一日、一日、僕には、いまのこの世の中の苛烈が、身にしみる。みじんも、でたらめを許さない。お互い、鵜の目、鷹の目だ。いやなことだ。いやなことだが、仕方がない。」
「負けたのよ。あなたは、負けたのよ。」
「ああ、聞きたくない、聞きたくない。あなたまで、そんな、情ないことおっしゃる。ずるい、ずるい。意気地がない。臆病だ。負け惜しみだ。ああ、もう、理屈は、いやいや。世の中の人たちは、みんな優しい。みんな手助けして呉れる。冷く、むごいのは、あなたたちだけだ。どん底に蹴落すのは、あなたたちだ。負けても、嘘ついて気取っている男だけが、ひとのせっかくの努力を、せせら笑って蹴落すのだ。あなたは、いけない。あなたは、これから、さちよに触っては、いけない。一指もふれては、いけない。なんて、嘘なのよ。あたしは、とてもリアリスト。知っているのよ。あなたの言うこと、わかっているのよ。知っていながら、それでも、もしや、という夢、持ちたいの。持っていたいの。笑わないでね。あたしたち、永遠にだめなの。わるくなって行くだけなの。知っている。ああ、いけない、はっきりきめないで、ね。死にたくなっちゃう。だけど、さちよだけは、ああ、偉くしたい、偉くしたい。あの子、頭がいい。あの子、可愛い。あの子、ふびんだ。知っている? さちよは、いま、ある劇作家のおめかけよ。偉くなれ、なれ。おめかけなんて、しなくてすむように、――」
「誰です。どこの人です。案内し給え。」
「立ち給え。いずれ、そんなことだろうと思っていた。たいへんな出世だ。さ、案内し給え。どこの男だ。さちよにそんなことさせちゃ、いけないのだ。」
「ばかだ。ばかも、ばかも、大ばかだ。君には、お礼を言う。よく知らせて呉れた。」
「僕は、さちよを愛している。愛して、愛して、愛している。誰よりも高く愛している。忘れたことが、なかった。あのひとの苦しさは、僕が一ばん知っている。なにもかも知っている。あのひとは、いいひとだ。あのひとを腐らせては、いけない。ばかだ、ばかだ。ひとのめかけになるなんて。ばかだ。死ね! 僕が殺してやる。」


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