太宰治 『火の鳥』 「何しに来たんだい?」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 太宰治 『火の鳥』

現代語化

「何しに来たんだい?」
「ああ、お母さん。あなたは、ちょっと二階へ行ってろ。僕は、この子に話があるんだ」
「自惚れちゃ、ダメよ。私、仕事の相談に来たの」
「帰れ」
「ご機嫌、悪いのね」
「私、数枝のアパートから逃げて来たの」
「おや、おや」
「私、働く」
「もう、僕は、君をあきらめているんだ」
「君には、手のつけられない横着なところがある。君は、君自身の苦悩に少し自惚れ持ち過ぎていやしないか?どうも、僕は、君を買いかぶりすぎていたようだ。君の苦しみなんざ、掌に針立てたくらいのもので、苦しいには、ちがいない、飛びあがるほど苦しいさ、けれども、それでわあわあ騒ぎまわったら、人は笑うね。はじめのうちこそ愛嬌にもなるが、そのうちに、人は、てんで相手にしない。そんなものに、かまっている余裕なんて、悲しいことには、今の世の中の人たち、誰にもないのだ。僕は知っているよ。君の思っていることくらい、見透せないでたまるか。私は、虫けらだ。精一杯だ。命をあげる。ああ、信じてもらえないのかなあ。そうだろう?いずれ、そんなところだ。だけど、いいかい、真実というものは、心で思っているだけでは、どんなに深く思っていたって、どんなに固い覚悟を持っていたって、ただ、それだけでは、虚偽だ。インチキだ。胸を割ってみせたいくらい、まっとうな愛情持っていたって、ただ、それだけで、だまっていたんじゃ、それは傲慢だ、いい気なもんだ、ひとりよがりだ。真実は、行為だ。愛情も、行為だ。表現のない真実なんて、ありゃしない。愛情は胸のうち、言葉以前、というのは、あれも結局、修辞じゃないか。だまっていたんじゃ、わからない、そう突放されても、それは、仕方のないことなんだ。真理は感ずるものじゃない。真理は、表現するものだ。時間をかけて、努力して、創りあげるものだ。愛情だって同じことだ。自身のしらずらしさや虚無を堪えて、優しい挨拶送るところに、あやまりない愛情が在る。愛は、最高の奉仕だ。みじんも、自分の満足を思っては、いけない」
「君は一体、今まで何をして来た。それを考えてみるがいい。言えないだろう。言えないはずだ。何もしやしない。僕は、君を、もう少し信頼していた。あの山宿を逃げるときだって、僕は、気まぐれから君に手伝いしたのじゃないのだぜ。君に、たしかな目的があって、制止できない渇望があって、そうして、ちゃんと聡明な、具体的な計画があっての、出京だとばかり思っていた。それが、どうだ、八重田数枝のとこに、ころがりこんで、そのまんま、何もしやしない。八重田数枝は、あんな、気のいいやつだから、だまって、のんきそうに君を世話していたようだったが、でも、ずいぶん迷惑だったろうと思うよ。君が精一杯なら、八重田数枝だって、自分一人を生かすのだけで、それだけで精一杯、やっとのところで生きているのだ。少しは、人の弱さを、大事にしろよ。君の思いあがりは、おそろしい。僕だって、君に、いくど恥をかかされているかわからない。あんな、薄汚い新聞記者と、喧嘩させて、だまって面白がって見ていやがって、僕は、あんなやつとは、口きくのさえイヤなんだぜ。僕は、プライドの高い男だ。どんな偉い先輩にでも、呼び捨てにされると、イヤな気がする。僕は、ちゃんと、それだけの仕事をしている。あんな奴と、決闘して、あとで、僕は、どんなに恥ずかしく、苦しい思いしたか、君は知るまい。生まれてはじめて、あんなぶざまな真似をした。君は、一体僕をなんだと思っているのだ。八重田数枝のところに居辛くなって、そうして、今度は僕の家へ飛び込んで来て、自惚れちゃダメよ、仕事の相談に来たの、なんて、いつもの僕なら、君はいまごろ横っつらの二つや三つぶん殴られている」

「殴らないの?」
「寝て起きて来たようなこと言うなよ」
「帰り給え。僕は、言いたいだけのことは、言ったんだ。あとは、もっぱら敬遠主義だ。君も少しは考えるがいい。帰れ。路頭に迷ったって、僕の知ったことじゃない」
「路頭は、寒くて、イヤ」
「笑わせようたって、だめさ」
「さちよ、ここにいるか」
「いる」
「女優になるか」
「なる」
「勉強するか」
「する」
「バカなやつ」
「お母さんと、どんな話をしていた?」
「私、お母さん好きよ」
「これから、うんと孝行するの」

原文 (会話文抽出)

「何しに来たんだい?」
「ああ、お母さん。あなたは、ちょっと二階へ行ってろ。僕は、この子に話があるんだ。」
「自惚れちゃ、だめよ。あたし、仕事の相談に来たの。」
「かえれ。」
「御気嫌、わるいのね。」
「あたし、数枝のアパアトから逃げて来たの。」
「おや、おや。」
「あたし、働く。」
「もう、僕は、君をあきらめているんだ。」
「君には、手のつけられない横着なところがある。君は、君自身の苦悩に少し自惚れ持ち過ぎていやしないか? どうも、僕は、君を買いかぶりすぎていたようだ。君の苦しみなんざ、掌に針たてたくらいのもので、苦しいには、ちがいない、飛びあがるほど苦しいさ、けれども、それでわあわあ騒ぎまわったら、人は笑うね。はじめのうちこそ愛嬌にもなるが、そのうちに、人は、てんで相手にしない。そんなものに、かまっている余裕なんて、かなしいことには、いまの世の中の人たち、誰にもないのだ。僕は知っているよ。君の思っていることくらい、見透せないでたまるか。あたしは、虫けらだ。精一ぱいだ。命をあげる。ああ、信じてもらえないのかなあ。そうだろう? いずれ、そんなところだ。だけど、いいかい、真実というものは、心で思っているだけでは、どんなに深く思っていたって、どんなに固い覚悟を持っていたって、ただ、それだけでは、虚偽だ。いんちきだ。胸を割ってみせたいくらい、まっとうな愛情持っていたって、ただ、それだけで、だまっていたんじゃ、それは傲慢だ、いい気なもんだ、ひとりよがりだ。真実は、行為だ。愛情も、行為だ。表現のない真実なんて、ありゃしない。愛情は胸のうち、言葉以前、というのは、あれも結局、修辞じゃないか。だまっていたんじゃ、わからない、そう突放されても、それは、仕方のないことなんだ。真理は感ずるものじゃない。真理は、表現するものだ。時間をかけて、努力して、創りあげるものだ。愛情だって同じことだ。自身のしらじらしさや虚無を堪えて、やさしい挨拶送るところに、あやまりない愛情が在る。愛は、最高の奉仕だ。みじんも、自分の満足を思っては、いけない。」
「君は一たい、いままで何をして来た。それを考えてみるがいい。言えないだろう。言えない筈だ。何もしやしない。僕は、君を、もう少し信頼していた。あの山宿を逃げるときだって、僕は、気まぐれから君に手伝いしたのじゃないのだぜ。君に、たしかな目的があって、制止できない渇望があって、そうして、ちゃんと聡明な、具体的な計画があっての、出京だとばかり思っていた。それが、どうだ、八重田数枝のとこに、ころがりこんで、そのまんま、何もしやしない。八重田数枝は、あんな、気のいいやつだから、だまって、のんきそうに君を世話していたようだったが、でも、ずいぶん迷惑だったろうと思うよ。君が精一ぱいなら、八重田数枝だって、自分ひとりを生かすのだけで、それだけで精一ぱい、やっとのところで生きているのだ。少しは、人の弱さを、大事にしろよ。君の思いあがりは、おそろしい。僕だって、君に、いくど恥をかかされているかわからない。あんな、薄汚い新聞記者と、喧嘩させて、だまって面白がって見ていやがって、僕は、あんなやつとは、口きくのさえいやなんだぜ。僕は、プライドの高い男だ。どんな偉い先輩にでも、呼び捨にされると、いやな気がする。僕は、ちゃんと、それだけの仕事をしている。あんな奴と、決闘して、あとで、僕は、どんなに恥ずかしく、くるしい思いしたか、君は知るまい。生れてはじめて、あんなぶざまな真似をした。君は、一たい僕をなんだと思っているのだ。八重田数枝のところに居辛くなって、そうして、こんどは僕の家へ飛び込んで来て、自惚れちゃだめよ、仕事の相談に来たの、なんて、いつもの僕なら、君はいまごろ横っつらの二つや三つぶん殴られている。」
「殴らないの?」
「寝て起きて来たようなこと言うなよ。」
「かえり給え。僕は、言いたいだけのことは、言ったんだ。あとは、もっぱら敬遠主義だ。君も少しは考えるがいい。かえれ。路頭に迷ったって、僕の知ったことじゃない。」
「路頭は、寒くて、いや。」
「笑わせようたって、だめさ。」
「さちよ、ここにいるか。」
「いる。」
「女優になるか。」
「なる。」
「勉強するか。」
「する。」
「ばかなやつ。」
「おふくろと、どんな話をしていた?」
「あたし、お母さん好きよ。」
「これから、うんと孝行するの。」


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