太宰治 『火の鳥』 「よう、」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 太宰治 『火の鳥』

現代語化

「よう、」
「あなたは、初日を見なかったね?」
「素晴らしいね」
「初日の評判、あなたは新聞で読まなかったんですか?センセーション。大センセーション。天才女優の出現。ああ、笑っちゃいけません。本当なんですよ。俺のとこでは、梶原剛氏に劇評頼んだのだが、どうです、あのおじいさん涙を流さんばかり、オリガの苦悩を、この女優によって初めて知らされた、と、いやもう、さすがのじいさん、まいってしまった。どれ、どれ、拝見」
「何か、こう、貫禄とでも、いったようなものが在りますね。まるで、別人の感じだ。ああ、退場した」
「うまい!落ちついていやがる。あいつは、まだまだ、大物になれる。シめたものさ。なにせ、あいつは、こわいものを知らない女ですからな」
「あなたは、毎日、見に来ているの?」
「そうさ」
「俺は、照れ隠しに、こうしてはしゃいでいるんじゃないんだぜ。君たちと違って、俺は正直だ。感情を偽ることが、できない。うれしいのだ。本当に、うれしいのだ。踊り出したいくらいだ。社の用事なんか、どうにでも、ごまかせるのだから、毎日ここへやって来て、廊下の評判を聞いている次第です。軽蔑し給うな」
「それは、あなたは、うれしいだろうな」
「だんだん、あの人も、立派になってゆくし」
「えっへっへ」
「知っていやがる。それを言われちゃ、一言もない。あなたは、まだ忘れていないんだね。俺が、あいつを立派な気高い女にしてくれ、って、あなたに頼んだこと、まだ、忘れていないんだね。こいつあ、まいった。いや、ありがとう、ありがとう。この後ともに、よろしく頼むぜ」
「あ、いけない。ヴェルシーニンの登場だ。俺は、あのヴェルシーニンの性格は、我慢できないんだ。背筋が、寒くなる。イヤな、奴だ」
「ね、向こうへ行こう。楽屋にでも遊びに行ってみるか」
「ヴェルシーニン。鼻もちならん。俺も、とうとう、セリフまで覚えちゃった」
「――そうです。忘れられてしまうでしょう。それが私たちの運命なんですから。どうにも仕方がないですよ。私たちにとって厳粛な、意味の深い、非常に大事なことのように考えられるものも、時がたつと、――忘れられてしまうか、それとも重大でなくなってしまうのです。――チエッ、まるで三木朝太郎そっくりじゃねえか。――そして、我々がこうやって忍従している現在の生活が、やがてそのうちに奇怪で、不潔で、無智で、滑稽で、事によったら、罪深いもののようにさえ思われるかも知れないのです。――いよいよ、三木だ。ヘドが出そうだ」
「もし、もし」
「あのう、これを、高野さんから」
「なんだね」
「いいえ」
「あなたでは、ございません」
「僕だ」

原文 (会話文抽出)

「よう、」
「あなたは、初日を見なかったね?」
「素晴らしいね。」
「初日の評判、あなた新聞で読まなかったんですか? センセーション。大センセーション。天才女優の出現。ああ、笑っちゃいけません。ほんとうなんですよ。おれのとこでは、梶原剛氏に劇評たのんだのだが、どうです、あのおじいさん涙を流さんばかり、オリガの苦悩を、この女優に依ってはじめて知らされた、と、いやもう、流石のじいさん、まいってしまった。どれ、どれ、拝見。」
「何か、こう、貫禄とでも、いったようなものが在りますね。まるで、別人の感じだ。ああ、退場した。」
「うまい! 落ちついていやがる。あいつは、まだまだ、大物になれる。しめたものさ。なにせ、あいつは、こわいものを知らない女ですからな。」
「あなたは、毎日、見に来ているの?」
「そうさ。」
「おれは、てれ隠しに、こうしてはしゃいでいるんじゃないんだぜ。君たちと違って、おれは正直だ。感情をいつわることが、できない。うれしいのだ。ほんとうに、うれしいのだ。おどり出したいくらいだ。社の用事なんか、どうにでも、ごまかせるのだから、毎日ここへやって来て、廊下の評判を聞いている次第です。軽蔑し給うな。」
「それは、あなたは、うれしいだろうな。」
「だんだん、あの人も、立派になってゆくし。」
「えっへっへ。」
「知っていやがる。それを言われちゃ、一言もない。あなたは、まだ忘れていないんだね。おれが、あいつを立派な気高い女にして呉れ、って、あなたに頼んだこと、まだ、忘れていないんだね。こいつあ、まいった。いや、ありがとう、ありがとう。こののちともに、よろしくたのむぜ。」
「あ、いけない。ヴェルシーニンの登場だ。おれは、あのヴェルシーニンの性格は、がまんできないんだ。背筋が、寒くなる。いやな、奴だ。」
「ね、むこうへ行こう。楽屋にでも遊びに行ってみるか。」
「ヴェルシーニン。鼻もちならん。おれは、とうとう、せりふまで覚えちゃった。」
「――そうです。忘れられて了うでしょう。それが私たちの運命なんですから。どうにも仕方がないですよ。私たちにとって厳粛な、意味の深い、非常に大事のことのように考えられるものも、時がたつと、――忘れられて了うか、それとも重大でなくなってしまうのです。――ちえっ、まるで三木朝太郎そっくりじゃねえか。――そして、我々がこうやって忍従している現在の生活が、やがてそのうちに奇怪で、不潔で、無智で、滑稽で、事によったら、罪深いもののようにさえ思われるかも知れないのです。――いよいよ、三木だ。へどが出そうだ。」
「もし、もし。」
「あのう、これを、高野さんから。」
「なんだね。」
「いいえ。」
「あなたでは、ございません。」
「僕だ。」


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