佐左木俊郎 『喫煙癖』 「これはどうも、貴女の方へばかり、煙を吹き…

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青空文庫図書カード: 佐左木俊郎 『喫煙癖』

現代語化

「すみません、そちらの方にばかり煙草の煙を吹きかけてしまって……」
「かかってませんよ。構いません。煙草がお好きな方は仕方ありませんもの。」
「私はどうも、目が開いている間は、煙草をどうしても手放せないんです。」
「煙草がお好きな方は、夜中に目が覚めても、布団の中で一服するそうですからね。」
「私の場合は、そういうレベルじゃありません。とにかく、夜だろうが昼だろうが、目が開いている間はこうして煙草をくわえているんです。何しろ、15、6歳の頃から吸い続けてきたもんですから。」
「もう30年以上お吸いになっているわけですね。」
「いや、もう35、6年になりますかなあ。」
「どちらまで行かれるんですか?」
「私はですね、月寒までです。昔から知っている牧場で、蒸気機関を1つ据え付けてもらって、そこのまあ火夫みたいなことをしています……」
「寒くなりますから、それは良い仕事ですね。」
「あまり給料は多くないんですが、とにかくこれ。私はこうして無闇に煙草を吸うもんですから、煙草代だけでも自分で働かないと……」
「蒸気機関の方は慣れてるんですか?」
「蒸気機関の方はもう、15、6歳の頃から鉄道の機関庫にいて、最近までずっと機関士をやっていたので。そりゃ慣れたもんです。何しろ、私が鉄道に入ったのは、札幌の駅に初めて売店ができた頃ですからなあ。」
「ほう!その頃の札幌をご存知なんですか?」
「そりゃよく知ってますよ。駅に売店ができて何か色々ものを売ってるんだけど、そこに可愛い娘が1人座ってましてなあ。私はその娘の顔を、1日としても見ないと耐えられなくなっちゃって、毎日そこへ煙草を買いに行ったもんです。子供のことですから、お小遣いも大して持ってないでしょ。煙草なんかも贅沢なことだったけど、その娘の顔を見ないと、1日と過ごせなかったもんですからなあ。でもその娘は、それから1年かそこらでいなくなっちゃいましたけどなあ。その頃には私もう、立派に喫煙家になってましたよ。何度か煙草をやめようと思ったこともありましたが、煙草を吸っていると不思議とその煙の中に売店に座っていた娘の顔が浮かんでくるんです。なんかこう、煙草ってものに、その娘の匂いまでついてるみたいな気がしたんでなあ。こうして煙草を吸っていると、今でもその娘の顔が、煙の中に浮かんでくるんですよ。なんたって、その娘のために毎日毎日1年以上も煙草を買いに行ったんですからなあ。」
「それはそれは……実は、その頃あの売店に座っていたのは、私なんです。」
「ははあ!そうですか!」
「そうですよ。」
「これ覚えてますか?」
「思い出しました。あなただったんですか?この指輪は、私が機関車のパイプを切って作ったものですがなあ。」
「銅貨の中に混ぜて、あなたがこれを私にくれて、顔を赤くして逃げるように走って行ったのを、今でも覚えていますよ。私はそれ以来、この指輪を一度も指から外したことありません。こんなにすり減っちゃった。」
「あなたでしたか?それであなたはいま、どこで何をしてるんですか?」
「月寒で小さな店をやって、お茶屋をしてます。すぐそこですから、ぜひお寄りになって、ゆっくりお茶でも召し上がってくださいよ。それにしても、あの頃の方は、あなただったんですか?」

原文 (会話文抽出)

「これはどうも、貴女の方へばかり、煙を吹きかけるようで……」
「煙がかかってようござんすよ。かまいませんよ。煙草の好きな方は仕方がございませんもの。」
「私はどうも、眼を開いている間は、煙草をどうしてもはなせませんのでなあ。」
「煙草の好きな方は、夜中に眼を覚ましても、床の中で一服するそうですからね。」
「私のは、それはそれは、それどころじゃないんです。とにかく、夜中だろうが、昼間だろうが、眼を開いている間はこうして煙草を口にしている始末なんで。何しろ、私あ、十五六の時から燻かして来たんですから。」
「ではもう、三四十年も呑み続けていらっしゃるわけですね。」
「それさね、早三十五六年にもなりますかなあ?」
「何方までおいでになりますかよ?」
「私かね? 私あ、月寒までです。前から知っている牧場で、汽罐を一つ据え付けたもんですて、そこのまあ火夫というようなわけで……」
「これから寒くなりますから、それは、結構な仕事でございますよ。」
「あまりどっとしないんですがね、何しろこれ。私あ、こうして無暗に煙草を燻かすもんですから、煙草銭だけでも自分で働かないと……」
「汽罐の方は手慣れておいでなのですかよ?」
「汽罐の方はそりゃ、私あ、十五六の時から、鉄道の方の、機関庫にいまして、最近までずうっと機関手をやって来ていますから。そりゃ慣れたもんでさあ。何しろ、私が鉄道に這入ったのは、札幌の停車場に、初めて売店というものが出来たころですからなあ。」
「ほう! その頃の札幌を御存じなのですか?」
「そりゃよく知ってまさあ。停車場に売店というものが出来て何かいろいろの物を売っていましたっけが、そこに可愛い娘が一人座ってましてなあ。私あ、その娘の顔を、一日として見ないじゃいられなくなりまして、毎日そこへ、煙草買いに行ったもんでさあ。何しろ子供のことですから、小遣い銭なんかろくろく持ってないんで。煙草なんかも贅沢なことでしたが、何しろその娘の顔を見ないじゃ、一日として凝っとしていられないもんですからなあ。しかし、その娘は、それから一年ばかりでいなくなってしまいましたがなあ。その時には私あもう、立派なはあ、喫煙家になっていましたよ。何度となく、煙草をよそうかと思ったこともありましたが、煙草を燻かしていると奇妙なことにその煙の中へ売店に座っていた娘の顔が浮かんで来ますのでなあ。なんかこう、煙草という煙草には、その娘の匂いまでついているような気がしましたんでなあ。こうして煙草を燻かしていると、今でも私あ、その娘の顔が、煙の中へ見えて来ますんですよ。何しろ、その娘のために毎日毎日一年あまりも煙草を買いに通ったんですからなあ。」
「それはそれは……実を申しますと、あの頃その売店に座っていたのは、私でござんすよ。」
「ははあ! それさね。」
「それさね。」
「これを覚えておいででしょうがね?」
「思い出しました。貴女でしたか? その指輪は、私が、機関車のパイプを切ってこしらえた指輪でしたがなあ。」
「銅貨の中へ混ぜて、貴方がこれを私にくれて、顔を赤くしながら逃げるようにして走って行ったのを、今でも覚えていますよ。私はそれから、この指輪を片時もこの指から脱いたことがございませんよ。こんなに磨り滅ってしまいました。」
「貴女でしたか? それで貴女は、今、どこで何をしておいでになりますね。」
「月寒で、ほんのつまらない店をもって、お茶屋をやっています。すぐですからどうぞお寄りになって、ゆっくり、お茶でもあがって行って下さいましよ。それはそれは、あの時の方は、貴方でございましたか?」

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