太宰治 『創生記』 「てれかくしたくさん。たいした苦心ね。(た…

青空文庫現代語化 Home書名リスト太宰治 『創生記』

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。 正しく現代語化されていない可能性もありますので、必ず原文をご確認ください。


青空文庫図書カード: 太宰治 『創生記』

現代語化

「手がかかりましたね。だいぶ苦労しましたよね。(頼む、お医者へ)の一言でよかったのに。」
「おいおい。お前さ。」
「許してください、許してください。」
「許して、ね、声だけでも小さく、ね。」
「俺のせいじゃないんだ。全部神様の思し召しなんだ。俺が悪かったんじゃないんだ。でも、前世で亭主を怒鳴りつける女とか、ひどく汚いものだったために、今その罰を受けてるんだ。黙って耳を澄ませば、俺の前世の女のわめき声が、地の底から、ここまで聞こえてくるような気がするんだ。愛は言葉だ。俺たちって弱いし無能だから、せめて言葉だけでも良くしようよ。それ以外に、人を喜ばせられるものを何を持ってる? 言には出せないけど私は誠実です、か。牧野君から聞いただろう? 行き詰まりのどん底で、自分の誠実さだけは疑わず、あちこちで命がけでその誠実を主張し、訴えても、ただルンペンの土管の生活にまで落ちてしまって、目をぱちくりさせて、三日三晩寝ずに考えてやっとわかった。自分の誠実さを疑わず、主観的な盲目の誇りが、あのいい人を土管の奥まで追い詰めた。俺自身、何も見るべきものがない。日々夜夜厳しい反省をすることこそ、本当の誠実だ。ああ、やっぱり、愛は言葉だ。俺は、友人の恥ずかしい病気を慰めようと、ただそればかりに夢中で、自分から進んで病気になった。でも、そんなこと、みんな無駄だった。誰も信じてくれないんだ。同じころ、いきなり友人に大金を贈って、酒か旅行に使ってください。今月の小遣いが余ってしまったのです、と本心をつづったはずなのに、また失敗。友人、太宰にはやましいことがあるらしく、そのうち助けを求めに来るだろう、と思ったらしく(この推測は、後に当の友人に聞いて確かめた)、そうみたいで、それでも酒を飲んで遊んではいたそうだけど、なんだか不安で、楽しくなかったらしいんだって。あれもこれも、その後ずーっと、友人たちの笑い話になっていた。病気の友人ですら、俺の熱い愛情を理解してくれなかった。言葉にしない愛の表現なんて、まだこの世では許されてないんじゃないか。その栄光の失敗から5年後、また私の友人が同じ病気で入院していて、そのころの俺は巧言令色の徳を信じてたから、1時間ほどその友人の背中をさすり、小便の世話をして、将来への少しの希望の光を見せてあげた。自分の体は一切動かさないで、全部言葉で、お粥を一口一口スプーンで飲ませ、汁物に浮かぶ三つ葉すくってあげて、全部これ、自分が寝そべって天井を見ながらの巧言令色。友人は、心のこもったお礼を言って、すぐに仲間内で美談として語り継がれて、うるさいことばかりだった。それは、お前も知ってるはずだ。悔しいんだよ。残念なんだ。お前にも聞いてもらおう。いいか。本当のことを、そのまま、ありのままに、見事に言い当てるもんじゃないよ。わざとしくじる楽しさを知れ。キミガ見事ナ失敗ヲ祝ス。ホントニ。ひとり恥ずかしく日々苦しみ、太陽も見ることのできない自己嫌悪の痩せ犬、明日死ぬかもしれない命を、太陽のように輝く野外劇場にわざわざ引きずり出して神を恐れず、堂々として、恥知らずで、自分の趣味という杖で、若い者の生涯の行く末を決めてやる。時には罰して、時には褒めて、雲のように自由に動く、ポーのような化け物。泥棒でさえ、この大物の悪に比べれば、たいしたことないし、殺人さえ許される今の世の中、でも、一番悪い、絶対に改心する見込みのない昼間の強盗、十万百万の証拠となる紙幣を、鼻先に突きつけられてさえ、ほう、たくさんあるじゃないか、寄付金かい? 党への献上金かい? わははははっ、と不気味な妖怪みたいな笑い声を残して去って行って、たぶんは、生まれてこのかたずっと、この検事局での大ぼらを練習してきたような年寄り、清廉潔白で、素晴らしい平和主義者、ばんざいですねと陣笠をかぶせ、むやみやたらに手を握り合って、うろつき歩き、最後は抱き合って、涙まで浮かべて、ば、ばんざい! 笑い話じゃないぞ。お前はこの陣笠を笑えない。この陣笠は、立派だ。理性とか、打算とか策略とかには、愛の魚メダカ一匹ですら住めないんだ。教えてやる。愛は、言葉だ。山内一豊の10両、いらない。もう一度言う。言葉で表現できない愛情は、本当に深い愛情じゃない。難しいことなんて、どこにもない。難しいものは愛じゃない。盲目、戦い、混乱の中こそ、より多くの真珠が見つかる。「私、――何も、――」そう言って、しとやかに礼をすれば、それだけで、かなりの気持ちを伝えられるんだ。今の世の人たちは、優しい一言に飢えてる。特に異性の優しい一言に。明白な完璧な嘘に、一度素直にだまされてみたいものだよ。このささやかな祈りが、そのまま慈悲深い偉大な王の祈りなんだ。」

原文 (会話文抽出)

「てれかくしたくさん。たいした苦心ね。(たのむ、お医者へ)と一言でよかったのにねえ。」
「おい、おい。おめえ、――」
「かんにん、かんにん。」
「かんにんして、ね、声だけでも低く、ね。」
「おれのせいじゃないんだ。すべて神様のお思召さ。おれは、わるくないんだ。けれども、前生に亭主を叱る女か何か、ひどく汚いものだったために、今その罰を受けているのだ。だまって耳をすませば、おれのその前生の女の、わめき声が、地の底の底から、ここまで聞えて来るような気がするのだ。愛は言葉だ。おれたち、弱く無能なのだから、言葉だけでもよくして見せよう。その他のこと、人をよろこばせてあげ得る何をおれたち持っているのか。口には言えぬが私は誠実でございます、か。牧野君から聞いたか? どんづまりのどん底、おのれの誠実だけは疑わず、いたる所、生命かけての誠実ひれきし、訴えても、ただ、一路ルンペンの土管の生活にまで落ちてしまって、眼をぱちくり、三日三晩ねむらず考えてやっと判った。おのれの誠実うたがわず、主観的なる盲目の誇りが、あのいい人を土管の奥まで追いつめた。おのれ、一点みるべきものなし、日夜きょうきょうの厳酷の反省こそは、まことの誠実。ああ、やっぱり、愛は言葉だ。おれは、友人の不名誉の病い慰めようと、一途に、それのみ思いつめ、われからすすんで病気になった。けれども、そんなこと、みんなだめ。誰も信じて呉れぬのだ。同じころ、突如一友人にかなりの金額送って、酒か旅行に使いたまえ。今月の小使銭あまってしまったのです、と本心かきしたためた筈でございましたが、また失敗。友人、太宰にやましきことあり、そのうち御助力たのみに来るぞ、と思ったらしく、この推察は、のち、当の友人に聞いてたしかめ、そうで、それでも酒のんで遊んだそうだが、何だか不安で、愉快でなかった由にて、あれといい、これといい、その後ながいこと、友人たちの物笑いになっていた。その当の病気の友人さえ、おれの火の愛情を理解しては呉れなかった。無言の愛の表現など、いまだこの世に実証ゆるされていないのではないか。その光栄の失敗の五年の後、やはり私の一友人おなじ病いで入院していて、そのころのおれは、巧言令色の徳を信じていたので、一時間ほど、かの友人の背中さすって、尿器の世話、将来一点の微光をさえともしてやった。わが肉体いちぶいちりん動かさず、すべて言葉で、おかゆ一口一口、銀の匙もて啜らせ、あつものに浮べる青い三つ葉すくって差しあげ、すべてこれ、わが寝そべって天井ながめながらの巧言令色、友人は、ありがとうと心からの謝辞、ただちにグルウプ間に美談として語りつがれて、うるさきことのみ多かった。それは、おまえも知っている筈。くやしいのだ。残念なのだ。おまえに聞かせる。いいか。ほんとうのことを、まさしくその通りに、美事に言い当てるものじゃないよ。わざとしくじる楽しさを知れ。キミガ美シキ失敗ヲ祝ス。ホントニ。ひとり恥ずかしく日夜悶悶、陽のめも見得ぬ自責の痩狗あす知れぬいのちを、太陽、さんと輝く野天劇場へわざわざ引っぱり出して神を恐れぬオオルマイティ、遅疑もなし、恥もなし、おのれひとりの趣味の杖にて、わかきものの生涯の行路を指定す。かつは罰し、かつは賞し、雲の無軌道、このようなポオズだけの化け物、盗みも、この大人物の悪に較べて、さしつかえなし、殺人でさえ許されるいまの世、けれども、もっとも悪い、とうてい改悛の見込みなき白昼の大盗、十万百万証拠の紙幣を、つい鼻のさきに突きつけられてさえ、ほう、たくさんあるのう、奉納金かね? 党へ献上の資金かね? わあっはっはっ、と無気味妖怪の高笑いのこして立ち去り、おそらくは、生れ落ちてこのかた、この検事局に於ける大ポオズだけを練習して来たような老いぼれ、清水不住魚、と絹地にしたため、あわれこの潔癖、ばんざいだのうと陣笠、むやみ矢鱈に手を握り合って、うろつき歩き、ついには相抱いて、涙さえ浮べ、ば、ばんざい! 笑い話じゃないぞ、おまえはこの陣笠を笑えない。この陣笠は、立派だ。理智や、打算や策略には、それこそ愛の魚メダカ一匹住み得ぬのだ。教えてやる。愛は、言葉だ。山内一豊氏の十両、ほしいと思わぬ。もいちど言う、言葉で表現できぬ愛情は、まことに深き愛でない。むずかしきこと、どこにも無い。むずかしいものは愛でない。盲目、戦闘、狂乱の中にこそより多くの真珠が見つかる。『私、――なんにも、――』そうして、しとやかにお辞儀して、それだけでも、かなりの思い伝え得るのだ。いまの世の人、やさしき一語に飢えて居る。ことにも異性のやさしき一語に。明朗完璧の虚言に、いちど素直にだまされて了いたいものさね。このひそやかの祈願こそ、そのまま大悲大慈の帝王の祈りだ。」

青空文庫現代語化 Home書名リスト太宰治 『創生記』


青空文庫現代語化 Home リスト