太宰治 『惜別』 「ああ、」…

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青空文庫図書カード: 太宰治 『惜別』

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「あ」
「ずっと前から見てたんですか?」
「ええ、幕初めから。あなたもそう?」
「俺も。この芝居、子供が出てくると泣いちゃうんだ」
「じゃ行きましょうか」
「うん」
「風邪引いたって津田さんから聞いたけど」
「もうあなたまで宣伝しちゃうんですか。津田さんには困るよ。ちょっと咳しただけで寝かせようとするし、無理矢理寝かせるとランゲだって言うんだ。俺があの人を誘わなくて一人じゃ松島に行ったから怒ってるんだ。あの人のほうがクランケだよ。ヒステリーだね」
「ま、いいけどさ、でもちょっとは体調悪かったんでしょ?」
「うん、ガーン・ニヒト。寝てなさいって言うから、昨日と今日寝ながら本読んでたけど、退屈でたまらなくなってこっそり逃げ出したんだ。明日から学校行くわ」
「そうだよね。津田さんの言うことなんかいちいち聞いてたら、そのうち本当に肺病になっちゃうよ。いっそのこと下宿変えたらどう?」
「うん、それも考えてるんだけど、そしたらあの人が寂しがるだろ。ちょっとうるさいけどさ、でも正直なところはあるし、そんなに嫌いじゃないんだ」
「寒くないですか?」
「そばでも食べましょうか」
「宮城野がいいかな。津田さんの説によると、この東京庵の天ぷらそばは油っぽくて食えないらしいよ」
「いや、宮城野の天ぷらだって油っぽいだろ。油っぽくない天ぷらなんて偽物だ」
「その油っぽい天ぷらそばを食べてみよう」
「ええ、そうしましょう。意外においしい予感がしますね」
「貴方んとこは料理の国だって言うけど、日本に来て食べ物がつまらないって困りません?」
「そんなことないですよ」
「料理の国なんて、お金持ちの外国人がお遊びに中国に来たときに言い出したことですよ。そういう人は中国を享楽しに来るんです。で、帰国すると中国通になる。日本でも、中国通って呼ばれる人はたいてい中国に対して自分勝手な偏見を振り回してる。通人ってのは、結局現実から逃げて卑怯な奴らですね。中国でおいしいと言われる料理を食べられるのは、一部の大金持ちか外国の観光客だけです。一般の人たちはひどいもの食べてますよ。日本だってそうでしょ?旅館の料理なんて日本の一般家庭では食べてない。外国人は、そういう旅館の料理を日本の普段の食事だと思ってる。中国は料理の国なんてとんでもないですよ。僕は東京に来て、八丁堀の偕楽園や神田の会芳楼で先輩からごちそうしてもらった料理は、生まれて初めて食べるおいしい料理でした。日本に来てから、料理がまずいと思ったこと一度もありません」
「でもとろろ汁は?」
「あれは特別です。でも津田式の作り方を習ってからは、なんとか食べられるようになりました。おいしいですよ」
「日本の芝居はどうですか。面白いです?」
「日本の景色よりも芝居のほうがずっとわかりやすい。実は先日の松島の景色も、あまりよくわからなかったんです。僕はどうやら景色に対しては、貴方と同様に」
「インポテンスですか?」
「ええ、まあ、そうです」
「僕は絵は子供の頃から好きだったけど、景色は好きじゃない。もう一つ苦手なものは音楽」
「でも日本の浄瑠璃とかは?」
「あれは嫌いじゃないです。あれは音楽というよりは物語だからね。僕は俗人なので、高尚な景色や詩よりも、庶民的なわかりやすい物語が好きなんです」
「松島よりも松島座ですか」
「仙台で活動写真が流行ってるみたいだけど、どうですか」
「東京でもたまに見ましたけど、不安な気がします。科学を娯楽に使うのは危険です。アメリカ人の科学に対する態度は不健康だし邪道です。快楽は向上させるべきものじゃない。昔、ギリシャで弦を1本増やした新しい琴を発明した音楽家が追放されたって話があるでしょ。中国の『墨子』という本にも、公輸って発明家が竹でカササギを作って墨子に見せて、このおもちゃを空に放すと3日間飛ぶんですって自慢したんだけど、墨子は渋い顔をして、それでも大工が車輪を作るには及ばないとその危険な玩具を捨てさせたって書いてあります。僕はエジソンという発明家が世界の危険人物だと思っています。快楽は、原始的なままでもたくさんあるんです。お酒が阿片に進化したせいで、中国はどうなったか。エジソンの娯楽の発明も、同じような結果にならないか心配です。4、50年も経ったらエジソンの後継者たちが次々現れて、世界は快楽に溺れて、想像を絶する悲惨な地獄絵になるんじゃないかってさえ思います。杞憂だと嬉しいんだけど」
「油っぽい」

原文 (会話文抽出)

「ああ、」
「あなたは、さっきから?」
「ええ、この幕のはじめから見ていました。あなたは?」
「僕も、そうです。この芝居は、どうも、子供が出て来るので、つい泣いてしまいますね。」
「出ましょうか。」
「ええ。」
「風邪をひいたとか、津田さんから聞きましたけど。」
「もう、あなたにまで宣伝しているのですか。津田さんには、困ります。僕が少し咳をしたら無理矢理寝かせて、そうして、Lunge だと言うのです。僕があの人をお誘いしないで、ひとりで松島へ行ったので、それで怒っているのです。あの人こそ、Kranke です。Hysterie ですね。」
「そんならいいけど、でも、少しは、からだ工合を悪くしたんでしょう?」
「いいえ。Gar nicht です。寝ていよと言うので、きのうときょう寝ながら本を読んでいたのですが、退屈でたまらなくなって、こっそり逃げ出して来たのです。あしたから、学校へ出ます。」
「そうですね。津田さんの言う事なんかを、いちいちはいはいと聞いていたんじゃ、そのうち本当の肺病になってしまいますよ。いっそ、下宿をかえたらどうですか。」
「ええ、それも考えているのですが、そうすると、あの人が淋しがるでしょう。ちょっとうるさいけれども、しかし、正直なところもあって、僕は、そんなにきらいでないんです。」
「寒くありませんか?」
「お蕎麦でも、たべましょうか。」
「宮城野のほうがいいかしら。津田さんの説に拠ると、この東京庵の天ぷら蕎麦は、油くさくて食えないそうです。」
「いや、宮城野の天ぷらだって油くさいでしょう。油くさくない天ぷらは、にせものです。」
「その油くさい天ぷら蕎麦をたべてみましょう。」
「ええ、そうしましょう。案外、おいしいような予感がしますね。」
「お国は、料理の国だそうですから、日本へ来ても、たべものがお粗末で困るでしょうね。」
「そんな事はありません。」
「料理の国だなんて、それは支那へ遊びに来る金持の外国人の言いはじめた事です。あの人たちは、支那を享楽しに来るのです。そうして自分の国へ帰れば、支那通というものになる。日本でも、支那通と言われている人は、たいてい支那に対するひとりよがりの偏見を振りまわして生きています。通人というのは、結局、現実から遊離した卑怯な人ですね。支那でおいしい所謂支那料理を食べているのは、少数の支那の大金持か、外国の遊覧客だけです。一般の民衆は、ひどいものを食べています。日本だってそうでしょう? 日本の旅館のごちそうを、日本の一般の家庭では食べていない。外国の旅行者は、それでも、その旅館のごちそうを、日本の日常の料理だと思って食べている。支那は決して、料理の国ではありません。僕は東京へ来て、八丁堀の偕楽園や、神田の会芳楼などで、先輩から、所謂支那料理を饗応された事がありますが、僕は生れてはじめて、あんなおいしいごちそうを食べました。僕は日本へ来て、料理がまずいなどと思った事は一度もありません。」
「でも、とろろ汁は?」
「いや、あれは特別です。しかし津田式調理法を習得してから、どうにか、食べられるようになりました。おいしいです。」
「日本の芝居はどうです。面白いですか。」
「僕には、日本の風景よりも、芝居のほうが、ずっとわかりいい。実は、先日の松島の美も、僕にはあまりわからなかったのです。僕はどうも風景に対しては、あなたと同様に、」
「イムポテンツですか?」
「ええ、まあ、そうです。」
「絵は子供の時から大好きでしたが、風景は、それほど好きではありません。もう一つ苦手は、音楽。」
「でも、日本の浄瑠璃などは?」
「ええ、あれは、きらいでありません。あれは音楽というよりは、Roman ですものね。僕は俗人のせいか、あまり高尚な風景や詩よりも、民衆的な平易な物語のほうが好きです。」
「松島よりも松島座、ですか。」
「このごろ仙台で活動写真がひどく人気があるようですが、あれは、どうです。」
「あれは、東京でもちょいちょい見ましたが、僕は、不安な気がしました。科学を娯楽に応用するのは危険です。いったいに、アメリカ人の科学に対する態度は、不健康です。邪道です。快楽は、進歩させるべきものではありません。昔、ギリシャで、絃を一本ふやした新式の琴を発明した音楽家を、追放したというじゃありませんか。支那の『墨子』という本にも、公輸という発明家が、竹で作った鵲を墨子に示して、この玩具は空へ放つと三日も飛びまわります、と自慢したところが、墨子は、にがい顔をして、でもやっぱり大工が車輪を作る事には及ばない、と言ってその危険な玩具を捨てさせたと書いてあります。僕はエジソンという発明家を、世界の危険人物だと思っています。快楽は、原始的な形式のままで、たくさんなのです。酒が阿片に進歩したために、支那がどんな事になったか。エジソンのさまざまな娯楽の発明も、これと似たような結果にならないか、僕は不安なのです。これから四、五十年も経つうちには、エジソンの後継者が続々とあらわれて、そうして世界は快楽に行きづまって、想像を絶した悲惨な地獄絵を展開するようになるのではないかとさえ思われます。僕の杞憂だったら、さいわいです。」
「油くさい」

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