太宰治 『新釈諸国噺』 「ああ、いやだ。また一つ、としをとるのよ。…

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青空文庫図書カード: 太宰治 『新釈諸国噺』

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「ああ、嫌だ。また一つ、年を取るんですよ。今年の正月に、「十九の春」なんてお客さんにからかわれ、羽根突きも楽しく、何かいいことがあるかなと思って、うかうか暮らしていたら、あなた、一夜明けたらもう二十じゃないの。二十なんて、イヤですよね。楽しいのは、十代だけですよ。こんな派手な振袖も、もう来年からは、おかしいわね。ああ、嫌だ。」
「思い出したよ。その帯を叩く仕草で思い出した。」
「ちょうど今 から二十年前、あなたはお花見の宴会で私の前に座って、今と同じことを言って、そんな仕草で帯を叩いていたよね?あの時も確か十九って言ってたよ。それから二十年経ってるんだから、あなたは今年三十九才だよ。十代もくそもない、来年は四十代だ。四十まで振袖を着ていたら、もう振袖に愛着も湧かないだろう。体が小さいから若く見えるけど、まだ十九って、ひどいじゃないか。」
「私は神様じゃないよ。縁起でもない。拝むなよ。興が醒めるね。お酒でも飲もう。」
「まあ、旦那様。おめでとうございます。絶対に男の子ですよ。」
「何の?」
「のんびりしていらっしゃる。あなたのお産のことがあるでしょう?」
「あ、そうか。生まれたのか。」
「いいえ、それはわかりませんが、今ね、この老婆が畳占で占ってみたところ、あなた、三度やり直しても同じ結果、絶対に男の子。私の占いは当たるよ。旦那様、おめでとうございます。」
「いやいや、そんなにわざわざお祝いを言われても恐縮です。それ、これはお祝儀。」
「まあ、どうしましょうねえ。暮れから、こんなに嬉しいことばかり。そういえば、今日の明け方の夢に、千羽の鶴が空に舞い、四海波を押しのけて万亀が泳いで、」
「あの、本当ですよ、旦那様。目が覚めてから、「これは不思議なありがたい夢だ」とすごく気になっていたところに、あなた、いきなり旦那様が、お産が終わるまで宿を貸してくれって台所口から入ってこられて、夢はやっぱり正夢なのかしら、これも普段のお不動様信仰のおかげでしょうか。おほほ。」
「わかった、わかった。めでたいよ。ところで何か食べるものはないか?」
「あら、まあ、」
「どうかと心配していたのに、卵はお気に召したようで、残らずお召し上がりになってしまった。酔っ払いは、こういうのが好きなんだな。食べものに飽きた旦那様には、こんなものがすごく珍しいみたいだね。さて、それでは次に何を差し上げましょうか。数の子なんかいかがですか?」
「数の子か。」
「あら、だって、お産にちなんで数の子ですよ。ねぇ、つぼみさん。縁起物ですよ。ちょっと洒落た趣向じゃないかしら。旦那様は、そんな粋なお料理が、一番好きだってさ。」
「今あの老婆は、つぼみさん、と言ったけど、あなたのお名前は、つぼみなの?」
「ええ、そうですよ。」
「あの、花の蕾の、つぼみ?」
「しつこいですね。何度言っても同じでしょ。あなただって、頭が薄いくせに何言ってるの。ひどいわ、ひどいわ。」
「あなた、お金持ってる?」
「ちょっとは、あります。」
「私にください。」
「困ってるんですよ。本当に、今年の暮れほど困ったことはありません。上の娘をよそに嫁がせて、まず一安心と思っていたら、それがあなた、一年経つか経たないうちに、乞食みたいな格好で赤ん坊を抱いて、四、五日前に私のところへ帰ってきて、旦那が手ぬぐいを下げて銭湯へ出かけて、それっきり他の女のところへ行ってしまった、って泣くんですけど、ばかばかしい話じゃないですか。娘もぼんやりしてるけど、その旦那もひどいじゃないですか。育ちがいいとか言って、のっぺりした顔で、俳諧だか何だか得意なんだそうで、私は最初から気が進まなかったのに、娘が惚れ込んでしまっているものだから、仕方なく一緒にさせたら、銭湯へ行ってそのまま家へ帰らないなんて、あんまり人を踏みつけていますよ。笑い事じゃない。娘はこれから赤ん坊を抱えて、どうなるんです。」
「それじゃ、あなたにも孫がいるんだね。」
「ありますよ。」
「バカにしないでください。私だって、人間のはしくれです。子どももいれば、孫もいます。何の不思議もありませんよね。お金をくださいよ。あなた、すごいお金持ちだっていうじゃないですか。」
「いや、そんなでもないけど、少しなら、ありますよ。」

原文 (会話文抽出)

「ああ、いやだ。また一つ、としをとるのよ。ことしのお正月に、十九の春なんて、お客さんにからかわれ、羽根を突いてもたのしく、何かいい事もあるかと思って、うかうか暮しているうちに、あなた、一夜明けると、もう二十じゃないの。はたちなんて、いやねえ。たのしいのは、十代かぎり。こんな派手な振袖も、もう来年からは、おかしいわね。ああ、いやだ。」
「思い出した。その帯をたたく手つきで思い出した。」
「ちょうどいまから二十年前、お前さんは花屋の宴会でわしの前に坐り、いまと同じ事を言い、そんな手つきで帯をたたいたが、あの時にもたしか十九と言った。それから二十年経っているから、お前さんは、ことし三十九だ。十代もくそもない、来年は四十代だ。四十まで振袖を着ていたら、もう振袖に名残も無かろう。からだが小さいから若く見えるが、いまだに十九とは、ひどいじゃないか。」
「わしは仏さんではないよ。縁起でもない。拝むなよ。興覚めるね。酒でも飲もう。」
「まあ、お旦那。おめでとうございます。どうしても、御男子ときまりました。」
「何が。」
「のんきでいらっしゃる。お宅のお産をお忘れですか。」
「あ、そうか。生れたか。」
「いいえ、それはわかりませんが、いまね、この婆が畳算で占ってみたところ、あなた、三度やり直しても同じ事、どうしても御男子。私の占いは当りますよ。旦那、おめでとうございます。」
「いやいや、そう改ってお祝いを言われても痛みいる。それ、これはお祝儀。」
「まあ、どうしましょうねえ。暮から、このような、うれしい事ばかり。思えば、きょう、あけがたの夢に、千羽の鶴が空に舞い、四海波押しわけて万亀が泳ぎ、」
「あの、本当でございますよ、旦那。眼がさめてから、やれ不思議な有難い夢よ、とひどく気がかりになっていたところにあなた、いきなお旦那が、お産のすむまで宿を貸せと台所口から御入来ですものねえ、夢は、やっぱり、正夢、これも、日頃のお不動信心のおかげでございましょうか。おほほ。」
「わかった、わかった。めでたいよ。ところで何か食うものはないか。」
「おや、まあ、」
「どうかと心配して居りましたのに、卵はお気に召したと見え、残らずおあがりになってしまった。すいなお方は、これだから好きさ。たべものにあきたお旦那には、こんなものが、ずいぶん珍らしいと見える。さ、それでは、こんど何を差し上げましょうか。数の子など、いかが?」
「数の子か。」
「あら、だって、お産にちなんで数の子ですよ。ねえ、つぼみさん。縁起ものですものねえ。ちょっと洒落た趣向じゃありませんか。お旦那は、そんな酔興なお料理が、いちばん好きだってさ。」
「いまあの婆は、つぼみさん、と言ったが、お前さんの名は、つぼみか。」
「ええ、そうよ。」
「あの、花の蕾の、つぼみか。」
「くどいわねえ。何度言ったって同じじゃないの。あなただって、頭の毛が薄いくせに何を言ってるの。ひどいわ、ひどいわ。」
「あなた、お金ある?」
「すこしは、ある。」
「あたしに下さい。」
「こまっているのよ。本当に、ことしの暮ほど困った事は無い。上の娘をよそにかたづけて、まず一安心と思っていたら、それがあなた、一年経つか経たないうちに、乞食のような身なりで赤子をかかえ、四、五日まえにあたしのところへ帰って来て、亭主が手拭いをさげて銭湯へ出かけて、それっきり他の女のところへ行ってしまった、と泣きながら言うけれど、馬鹿らしい話じゃありませんか。娘もぼんやりだけど、その亭主もひどいじゃありませんか。育ちがいいとかいって、のっぺりした顔の、俳諧だか何だかお得意なんだそうで、あたしは、はじめっから気がすすまなかったのに、娘が惚れ込んでしまっているものだから、仕方なく一緒にさせたら、銭湯へ行ってそのまま家へ帰らないとは、あんまり人を踏みつけていますよ。笑い事じゃない。娘はこれから赤子をかかえて、どうなるのです。」
「それでは、お前さんに孫もあるのだね。」
「あります。」
「馬鹿にしないで下さい。あたしだって、人間のはしくれです。子も出来れば、孫も出来ます。なんの不思議も無いじゃないか。お金を下さいよ。あなた、たいへんなお金持だっていうじゃありませんか。」
「いや、そんなでもないが、少しなら、あるよ。」

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