太宰治 『ヴィヨンの妻』 「へえ? しかし、奥さん、お金ってものは、…

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青空文庫図書カード: 太宰治 『ヴィヨンの妻』

現代語化

「へぇ? でも、奥さん、お金っていうのは、自分の手に、握ってみないうちは、当てにならないものですよ」
「いいえ、それがね、本当に確かなのよ。だから、私を信じて、表沙汰にするのは、今日1日待ってくださいね。それまで私は、このお店で手伝っていますから」
「お金が、返ってきたら、そりゃもう何も」
「なにせ今年も、あと5、6日なのですからね」
「ええ、だから、それだから、あの私は、おや? お客さんですわよ。いらっしゃいませ」
「おばさん、すみません。エプロンを貸してくださいな」
「や、美人雇ったんだ。こいつは、すごい」
「誘惑しないでくださいよ」
「お金がかかってるからだですから」
「百万ドルの名馬か?」
「名馬も、雌は半値だそうです」
「軽蔑するなよ。これから日本は、馬でも犬でも、男女同権だってさ」
「ねえさん、俺は惚れた。一目惚れだ。が、しかし、お前は、子持ちだな?」
「いいえ」
「これは、この前私どもが親戚からもらってきた子ですの。これでもう、やっと私どもにも、後継ぎができたというわけですわ」
「金もできたし」
「色もできた、借金もできた」
「何にしますか? 寄せ鍋でも作りましょうか?」

原文 (会話文抽出)

「へえ? しかし、奥さん、お金ってものは、自分の手に、握ってみないうちは、あてにならないものですよ」
「いいえ、それがね、本当にたしかなのよ。だから、私を信用して、おもて沙汰にするのは、きょう一日待って下さいな。それまで私は、このお店でお手伝いしていますから」
「お金が、かえって来れば、そりゃもう何も」
「何せことしも、あと五、六日なのですからね」
「ええ、だから、それだから、あの私は、おや? お客さんですわよ。いらっしゃいまし」
「おばさん、すみません。エプロンを貸して下さいな」
「や、美人を雇いやがった。こいつあ、凄い」
「誘惑しないで下さいよ」
「お金のかかっているからだですから」
「百万ドルの名馬か?」
「名馬も、雌は半値だそうです」
「けんそんするなよ。これから日本は、馬でも犬でも、男女同権だってさ」
「ねえさん、おれは惚れた。一目惚れだ。が、しかし、お前は、子持ちだな?」
「いいえ」
「これは、こんど私どもが親戚からもらって来た子ですの。これでもう、やっと私どもにも、あとつぎが出来たというわけですわ」
「金も出来たし」
「いろも出来、借金も出来」
「何にしますか? よせ鍋でも作りましょうか?」

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