横光利一 『微笑』 「しかし、君がそうして自由に外出できるとこ…

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青空文庫図書カード: 横光利一 『微笑』

現代語化

「でもさ、お前自由に出歩けてるじゃん。監視あんま厳しくなさそーじゃん。」
「いや、厳しーよ。俳句で出るときだけ許可されるんだ。下宿部屋全部が憲兵ばっかりで、俺の一人部屋を囲んでるんだからさ。自由にできるの俳句だけなんだよ。もうマジ無理。今日も憲兵ついて来たけど、句会があるからって品川で撒いちゃったわ。」
「科学のことはよくわかんねーんだけど、今は秘密争奪戦だから、お前も結構ヤベーな。気ぃつけろよ。」
「そうなんだよ。こないだも優秀な技師がピストルでやられちまった。すげーヤツだったのにさ。一度横須賀来てよ。俺らの工場見せんだよ。」
「いや、そんなとこ見せられても、わかんないし、知らん方がいーよ。お前には聞きたいことまだいっぱいあるけど、もう全部やーめた。それより、アインシュタインの間違いって、あれ何?」
「あれは仮説が間違ってんだよ。仮説から仮説へってのがアインシュタインの原理だから、最初の仮説をぶっ壊したら、他が全部ダメになっちゃって――」

原文 (会話文抽出)

「しかし、君がそうして自由に外出できるところを見ると、まだ看視はそれほど厳しくないのですね。」
「厳しいですよ。俳句のことで出るというときだけ、許可してくれるのです。下宿屋全部の部屋が憲兵ばかりで、ぐるりと僕一人の部屋を取り包んでいるものですから、勝手なことの出来るのは、俳句だけです。もう堪らない。今日も憲兵がついて来たのですが、句会があるからと云って、品川で撒いちゃいました。」
「科学上のことはよく僕には分らなくて、残念だが、今は秘密の奪い合いだから、君も相当に危いですね、気をつけなくちゃ。」
「そうです。先日も優秀な技師がピストルでやられました。それは優秀な人でしたがね。一度横須賀に来てみて下さい。僕らの工場をお見せしますから。」
「いや、そんな所を見せて貰っても、僕には分らないし、知らない方がいいですよ。あなたにこれでお訊ねしたいことが沢山あるが、もう全部やめです。それより、アインシュタインの間違いって、それは何んですか。」
「あれは仮設が間違っているのですよ。仮設から仮設へ渡っているのがアインシュタインの原理ですから、最初の仮設を叩いてみたら、他がみな弛んでしまって――」

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