夢野久作 『戦場』 「……ええか……よく聞け……軍医の学問の第…

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青空文庫図書カード: 夢野久作 『戦場』

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「……いいか……よく聞け……軍医の勉強で一番最初に教えられることは、自傷の鑑別方法だ。戦場から逃げ出すために、自分自身で作る卑怯な傷の診察法だ。俺たちはこれを自傷……略してS・Wと呼んでいる。つまりS・Wの特徴は、命に別条のない手や足に多いことだ。そんなところを戦友に撃ってもらったり、自分で撃ったりして作った傷は、距離が近いから貫通創の近くに火傷ができる。火薬のカスが黒いポツポツになってしみ込んでいることもある。……そうでなくてもフランス軍の弾丸と俺たちの弾丸は先端の形が違うから、傷口の状態が一目でわかるほど違っている。口径の違う拳銃の傷はもっとはっきりしている。塹壕の外にわざと足を投げ出したり、手を突き出したりして受けた怪我と、銃身をかまえて前進しながら受けた傷とは、三歳児でも区別できることをお前たちは知らないのか。それくらいの自傷がわからなくて軍医が務まると思うのか。そんな卑怯でずるい傷に俺たちがだまされて、次々に鉄十字章と年金を支給していたら、国の将来はどうなると思うのか。常識で考えてもわかるだろう……仮病、詐病、佯狂、その他なんでもいいから兵隊が自分自身で作った体の故障は、一目でわかるように看護兵まで叩き込まれているんだぞ……俺たちは……」
「……………」
「……今……お前たちの国は、お前たちの両親が成し遂げた素晴らしい民族性の発達を恐れて敵対する全世界の国々から滅ぼされそうになっている。学問、芸術、経済政策において、模範的な進取の精神を輝かせて、世界をリードしようとしている俺たちドイツ民族に対して、卑怯で野蛮な世界の未開民族どもが、ありとあらゆる非人道的な暴力で襲いかかってきている。イギリス、フランス、イタリア、ロシア、アメリカ、などなど、みんな俺たちの文化を恐れ、俺たちの正義を滅ぼそうとしている古くさい野蛮国家だ……わかったか……」
「……………」
「これを怒ったカイザーは今、俺たちを率いて全世界と戦っている。お前たちの両親や同胞、ドイツ民族の存亡をかけて戦っている。人類文化の発展のために…いいか……」
「……………………」
「その戦いの勝敗の分かれ道……ドイツ国民全員の生死の境目の運命は、今、お前たちの正面で吠え、唸り、燃え、渦巻いているヴェルダンの要塞戦にかかっているのだ。その危機一髪の戦いに肉弾となって砕けた勇敢な死骸は……見ろ……お前たちの後ろにあの通り山積みしているんだ。……その死骸を見てお前たちは恥ずかしくないのか」
「……………」
「お前たちはそれでも人間か。誇りあるドイツ民族か。世界を敵として正義のために戦うべく、両親兄弟に送り出された勇士と思っているのか」
「……………」
「……下等な蟻や蜂を見ろ。あんな下等な生き物でもお前たちのような卑怯な本能は持っていないぞ。お前たちは実に虫ケラ以下の存在だ。神も人も憎む破廉恥漢とはお前たちのことだ。……お前たちは売国奴だ。非国民だ。生かしておけばドイツ軍の士気に害を及ぼす害虫だ。ボルシェビキ以上の裏切り者だ……」
「……………」
「お前たちは戦死者の仲間入りはできない。もちろん……故郷の両親や家族にも扶助金は渡らない覚悟をしろ。ただしお前たちの卑怯な行為が、お前たちの両親、兄弟、友人に絶対に知られない……軍法会議にもかけられない……今日ただ今だけの秘密の中で葬られることを、無上の名誉と光栄として俺の処分を受けろ」

原文 (会話文抽出)

「……ええか……よく聞け……軍医の学問の第一として教えられることは自傷の鑑別方法である。戦場から退却きたさに、自分自身で作る卑怯な傷の診察し方である。吾儕軍医はこれを自傷……略してS・Wと名付けている。すなわちS・Wの特徴は生命に別条のない手や足に多い事である。そんな処を戦友に射撃してもらったり、自分で射撃したりして作った傷は、距離が近いために貫通創の附近に火傷が出来る。火薬の燃え粕が黒いポツポツとなって沁み込んでいる事もある。……さもなくとも仏軍の弾丸と吾軍の弾丸は先頭の形が違うために傷口の状況が、一目でわかるほど違っている。口径の違うピストルの傷は尚更、明瞭である。塹壕の外に故意と足を投出したり、手を突出したりして受けた負傷と、銃身を構えて前進しながら受けた傷とは三歳児でも区別出来ることを汝等は知らんのか。それ位の自傷がわからなくて軍医がつとまると思うのか。そんな卑怯な、横着な傷に吾儕、軍医が欺むかれて、一々鉄十字勲章と、年金を支給されるように吾々が取計らって行ったならば、国家の前途は果してドウなると思っているのか。常識で考えてもわかる事だ……仮病、詐病、佯狂、そのほか何でも兵隊が自分自身で作り出した肉体の故障ならば、一目でわかるように看護卒の端々までも仕込まれているのだぞ……俺達は……」
「……………」
「……現在……汝等の父母の国は、汝等の父母が描きあらわした偉大な民族性の発展を恐れ憎んでいる全世界の各国から撃滅されむとしつつ在る。学術に、技芸に、経済政策に、模範的の進取精神を輝かして、世界を掠奪せむとしている吾々独逸民族に対して、卑怯、野蛮な全世界の未開民族どもが、あった限りの非人道的な暴力を加えつつ在る。英、仏、伊、露、米、等々々は皆、吾々の文化を恐れ、吾々の正義を滅ぼそうとしている旧式野蛮国である……わかったか……」
「……………」
「これを憤ったカイゼルは現在、吾々を率いて全世界を相手に戦っている。汝等の父母、同胞、独逸民族の興亡を賭して戦っている。人類文化の開拓のために…よろしいか……」
「……………………」
「その戦いの勝敗の分岐点……全、独逸民の生死のわかれ目の運命は、今、汝等の真正面に吠え、唸り、燃え、渦巻いているヴェルダンの要塞戦にかかっているのだ。その危機一髪の戦いに肉弾となって砕けた勇敢なる死骸は……見ろ……汝等の背後にあの通り山積しているのだ。……その死骸を見て汝等は恥しいとは思わないのか」
「……………」
「汝等はそれでも人間か。光栄ある独逸民族か。世界を敵として正義のために戦うべく、父母兄弟に送られて来た勇士と思っているのか」
「……………」
「……下等動物の蟻や蜂を見よ。あんな下等な生物でも汝等のような卑怯な本能は持っていないぞ。汝等は実に虫ケラ以下の存在だ。神……人……共に憎む破廉恥漢とは汝等の事だ。……汝等は売国奴だ。非国民だ。生かしておけば独逸軍の士気に関する害虫だ。ボルセビイキ以上の裏切者だ……」
「……………」
「汝等は戦死者の列に入る事は出来ない。無論……故郷の両親や妻子にも扶助料は渡らない覚悟をしろ。ただ汝等の卑怯な行為が、汝等の父母、兄弟、朋友たちに絶対に洩らされない……軍法会議にも渡されない……今日只今限りの秘密の中に葬むられる事を、無上の名誉とし、光栄として余の処分を受けよ」

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