芥川龍之介 『運』 「冗談云っちゃいけない。」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 芥川龍之介 『運』

現代語化

「マジふざけんなよ。」
「それであんた、それで終わり?」
「それなら別にわざわざ話してもらうようなことでもないよ。」
「夜が明けて、その男が、こうなったのも宿命だろうから、やっぱり夫婦になってくれだって。」
「なるほど。」
「夢のお告げでも何でもないのに、娘は、観音様の言うとおりだと思って、つい首を縦に振ったんだって。で、形だけの結婚式を済ませると、まず今すぐ必要だろうって塔の奥から出してくれたのが絹10疋に綾10疋だってさ。このまねだけは、あなたにもちょっと難しいかもな。」
「そしたら男は、日が暮れたら帰ってくるから、娘を一人置いてさっさとどこかに行ったんだって。そのあと一人ぼっちになった娘は、前よりずっと寂しくなって。どんなに気が強くても、こうなるとさすがに心細くなるでしょ。それで暇つぶしに、何気なく塔の奥に行ってみるとどうだ。絹と綾なんかどうでもいいけど、金目当ての宝石とか砂金とかがいっぱい皮箱の中に並べてあるじゃない。これにはいくら気丈な娘でも、思わずビビったんだって。「物によるとこんな財産があるのは、単なる引剥とか泥棒じゃねえんだよ。――そう思うと、今までただ寂しかっただけだったのに、急に怖くなってきて、一刻もここにいられない気分になった。何しろ、もし悪い連中に捕まったらどうなるかわかんないんだから。「それで、逃げ場を探そうと思って急いで戸口の方に戻ろうとすると、誰かが皮箱の陰から、しわがれた声で呼び止めたんだって。何しろ、人がいないと思ってたから、びっくり仰天だよ。見たら、人間ともナマコともつかないやつが、砂金の入った袋を積んだ上に丸まって座ってた。――それが目くされで、皺だらけで、腰の曲がった、背の低い、60くらいのおばあさん尼だったんだよ。しかも娘の考えを知ってるのか知らないのか、前かがみになって、見た目に似合わないやさしい声で、初対面なのに挨拶するんだ。「こちらとしては本当に気楽なもんでね、でも、逃げようとするのを邪魔されたら大変なことになると思って、渋々皮箱の上に肘をつきながら、別に出るはずのない世間話を始めたんだ。どうも話ぶりからすると、この老婆は、今まであの男の料理番か何かだったみたいだったよ。でも、男の商売のことになると、妙に何も言わないんだ。それだけでも娘としては気になるのに、その尼がまた、ちょっと耳が遠いもんだから、同じ話を何度も何度も言い直したり聞き直したりで、こっちとしてはもう泣きそうになるほどイライラしたよ。「そんな感じで、昼まで続いたんだ。すると、やれ清水の桜が咲いたの、やれ五条の橋ができたのって言ってるうちに、幸い、年なのか、この老婆が居眠りを始めたの。それも娘の返事がよくなかったせいもあるんだろうね。それで、娘はタイミングを見計らって、相手の寝息をうかがいながら、そっと入り口まで這っていって、そーっと戸を開けてみたんだ。外もちょうどよく、人の気配はなかったよ。「ここでそのまま逃げ出してしまえば、何も問題なかったんだけど、ふと今朝もらった綾と絹のことを思い出して、それを取りにまたそーっと皮箱のところまで戻ったんだ。すると、何した拍子か、砂金の袋につまずいて、思わず手が老婆の膝に触れちゃったから、大変よ。尼のやつびっくりして目を覚ますと、しばらくはただ唖然としてたみたいだけど、急に気が狂ったみたいに、娘の足にかじりついたんだ。それで、半分泣き声で、早口で何かまくし立てるんだ。切れ切れに聞こえた言葉によると、もし娘に逃げられたら、自分がどんなひどい目に遭うかわからないって、そう言ってるらしいよ。でも、こっちとしてはここにいたら命に関わるから、そんなことには耳を貸せないよ。それで、ついに女同士の大げんかが始まったんだ。「殴る。蹴る。砂金の袋を投げつける。――梁に巣を作ったネズミも、落ちそうな騒ぎだよ。それに、こうなると、狂ったみたいに、老婆の力もバカにならないんだ。でも、そこは歳の差かね。まもなく、娘が、綾と絹を脇に抱えて、息を切らしながら、塔の戸口をそっと忍び出たときには、尼はもう息もできなかったよ。これは後で聞いたんだけど、死体は、鼻からちょっと血が出て、頭から砂金を浴びせられたまま、薄暗い隅に、仰向けに倒れてたんだって。「こっちは八坂寺を出ると、町家が多いところにはさすがに気が引けたみたいで、五条京極あたりの知人の家に行ったんだ。この知人って言っても、その日暮らしの貧乏人なんだけど、絹を1疋あげたからだろうね、お湯を沸かしたり、お粥を炊いたり、いろいろ面倒を見てくれたんだって。それで、娘もやっと一安心できたんだ。」
「俺も、やっと安心したよ。」

原文 (会話文抽出)

「冗談云っちゃいけない。」
「それで、もうおしまいかい。」
「それだけなら、何もわざわざお話し申すがものはございませぬ。」
「夜があけると、その男が、こうなるのも大方宿世の縁だろうから、とてもの事に夫婦になってくれと申したそうでございます。」
「成程。」
「夢の御告げでもないならともかく、娘は、観音様のお思召し通りになるのだと思ったものでございますから、とうとう首を竪にふりました。さて形ばかりの盃事をすませると、まず、当座の用にと云って、塔の奥から出して来てくれたのが綾を十疋に絹を十疋でございます。――この真似ばかりは、いくら貴方にもちとむずかしいかも存じませんな。」
「やがて、男は、日の暮に帰ると云って、娘一人を留守居に、慌しくどこかへ出て参りました。その後の淋しさは、また一倍でございます。いくら利発者でも、こうなると、さすがに心細くなるのでございましょう。そこで、心晴らしに、何気なく塔の奥へ行って見ると、どうでございましょう。綾や絹は愚な事、珠玉とか砂金とか云う金目の物が、皮匣に幾つともなく、並べてあると云うじゃございませぬか。これにはああ云う気丈な娘でも、思わず肚胸をついたそうでございます。「物にもよりますが、こんな財物を持っているからは、もう疑はございませぬ。引剥でなければ、物盗りでございます。――そう思うと、今まではただ、さびしいだけだったのが、急に、怖いのも手伝って、何だか片時もこうしては、いられないような気になりました。何さま、悪く放免の手にでもかかろうものなら、どんな目に遭うかも知れませぬ。「そこで、逃げ場をさがす気で、急いで戸口の方へ引返そうと致しますと、誰だか、皮匣の後から、しわがれた声で呼びとめました。何しろ、人はいないとばかり思っていた所でございますから、驚いたの驚かないのじゃございませぬ。見ると、人間とも海鼠ともつかないようなものが、砂金の袋を積んだ中に、円くなって、坐って居ります。――これが目くされの、皺だらけの、腰のまがった、背の低い、六十ばかりの尼法師でございました。しかも娘の思惑を知ってか知らないでか、膝で前へのり出しながら、見かけによらない猫撫声で、初対面の挨拶をするのでございます。「こっちは、それ所の騒ぎではないのでございますが、何しろ逃げようと云う巧みをけどられなどしては大変だと思ったので、しぶしぶ皮匣の上に肘をつきながら心にもない世間話をはじめました。どうも話の容子では、この婆さんが、今まであの男の炊女か何かつとめていたらしいのでございます。が、男の商売の事になると、妙に一口も話しませぬ。それさえ、娘の方では、気になるのに、その尼がまた、少し耳が遠いと来ているものでございますから、一つ話を何度となく、云い直したり聞き直したりするので、こっちはもう泣き出したいほど、気がじれます。――「そんな事が、かれこれ午までつづいたでございましょう。すると、やれ清水の桜が咲いたの、やれ五条の橋普請が出来たのと云っている中に、幸い、年の加減か、この婆さんが、そろそろ居睡りをはじめました。一つは娘の返答が、はかばかしくなかったせいもあるのでございましょう。そこで、娘は、折を計って、相手の寝息を窺いながら、そっと入口まで這って行って、戸を細目にあけて見ました。外にも、いい案配に、人のけはいはございませぬ。――「ここでそのまま、逃げ出してしまえば、何事もなかったのでございますが、ふと今朝貰った綾と絹との事を思い出したので、それを取りに、またそっと皮匣の所まで帰って参りました。すると、どうした拍子か、砂金の袋にけつまずいて、思わず手が婆さんの膝にさわったから、たまりませぬ。尼の奴め驚いて眼をさますと、暫くはただ、あっけにとられて、いたようでございますが、急に気ちがいのようになって、娘の足にかじりつきました。そうして、半分泣き声で、早口に何かしゃべり立てます。切れ切れに、語が耳へはいる所では、万一娘に逃げられたら、自分がどんなひどい目に遇うかも知れないと、こう云っているらしいのでございますな。が、こっちもここにいては命にかかわると云う時でございますから、元よりそんな事に耳をかす訳がございませぬ。そこで、とうとう、女同志のつかみ合がはじまりました。「打つ。蹴る。砂金の袋をなげつける。――梁に巣を食った鼠も、落ちそうな騒ぎでございます。それに、こうなると、死物狂いだけに、婆さんの力も、莫迦には出来ませぬ。が、そこは年のちがいでございましょう。間もなく、娘が、綾と絹とを小脇にかかえて、息を切らしながら、塔の戸口をこっそり、忍び出た時には、尼はもう、口もきかないようになって居りました。これは、後で聞いたのでございますが、死骸は、鼻から血を少し出して、頭から砂金を浴びせられたまま、薄暗い隅の方に、仰向けになって、臥ていたそうでございます。「こっちは八坂寺を出ると、町家の多い所は、さすがに気がさしたと見えて、五条京極辺の知人の家をたずねました。この知人と云うのも、その日暮しの貧乏人なのでございますが、絹の一疋もやったからでございましょう、湯を沸かすやら、粥を煮るやら、いろいろ経営してくれたそうでございます。そこで、娘も漸く、ほっと一息つく事が出来ました。」
「私も、やっと安心したよ。」


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