芥川龍之介 『運』 「もうかれこれ三四十年前になりましょう。あ…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 芥川龍之介 『運』

現代語化

「もうかれこれ3、40年前になるでしょう。あの女がまだ娘の頃に、この清水の観音様に、お願いをかけたことがありました。どうか一生安楽に暮らせますようにって申しましてね。何しろ、その頃は、あの女もたった一人のお母さんに死別れた後で、それこそ日々の暮らしにも困るような身の上でしたから、そういうお願いをしたのも、無理はありません。「死んだお母さんというのは、もともと白朱社の巫女で、一時はとても人気があったようですが、狐を使うというウワサを立てられてからは、すっかり人も来なくなってしまったようです。それがまた、白アバタの、年齢に似合わず色っぽい、大柄な婆さんでございましてね、何しろ、あの顔つきじゃ、狐どころか男からも……」
「お母さんの話はいいから、その娘の話の方を聞きたいね」
「いや、これは前置きで。――そのお母さんが亡くなったので、残った娘は1人で細腕ですから、いくら頑張っても、暮らしていけません。そこで、あの容姿の美しい、利発者の娘が、お籠りをするにも、ボロを着ているために、周りの目が気になってできないという始末でした」
「へぇ。そんなにいい女だったのかい」
「左様でございます。性格も顔も、私の贔屓目では、どこに出しても、恥ずかしくないと思っておりましたが」
「残念なことに、昔だね」

原文 (会話文抽出)

「もうかれこれ三四十年前になりましょう。あの女がまだ娘の時分に、この清水の観音様へ、願をかけた事がございました。どうぞ一生安楽に暮せますようにと申しましてな。何しろ、その時分は、あの女もたった一人のおふくろに死別れた後で、それこそ日々の暮しにも差支えるような身の上でございましたから、そう云う願をかけたのも、満更無理はございません。「死んだおふくろと申すのは、もと白朱社の巫子で、一しきりは大そう流行ったものでございますが、狐を使うと云う噂を立てられてからは、めっきり人も来なくなってしまったようでございます。これがまた、白あばたの、年に似合わず水々しい、大がらな婆さんでございましてな、何さま、あの容子じゃ、狐どころか男でも……」
「おふくろの話よりは、その娘の話の方を伺いたいね。」
「いや、これは御挨拶で。――そのおふくろが死んだので、後は娘一人の痩せ腕でございますから、いくらかせいでも、暮の立てられようがございませぬ。そこで、あの容貌のよい、利発者の娘が、お籠りをするにも、襤褸故に、あたりへ気がひけると云う始末でございました。」
「へえ。そんなに好い女だったかい。」
「左様でございます。気だてと云い、顔と云い、手前の欲目では、まずどこへ出しても、恥しくないと思いましたがな。」
「惜しい事に、昔さね。」


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