芥川龍之介 『俊寛』 「あれが少将の北の方じゃぞ。」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 芥川龍之介 『俊寛』

現代語化

「あれが少将の奥さんだよ」
「奥さんって、成経さんと結婚してたんですか?」
「抱いてた子供も少将の子だよ」
「なるほど、言われてみれば、こんな田舎に似合わずきれいな顔してました」
「きれいな顔ってたった何だよ? どういう顔のこと?」
「えっと、目が細くて、ほっぺたがぷっくりしてて、鼻がそんなに高くなくて、ちょっとぼーっとしてる顔かなって」
「それもやっぱり都の好みなんだよ。この島じゃ、目がぱっちりしてて、ほっぺたがシュッとしてて、鼻も人より少し高い、キリッとした顔が美人とされる。だから今の奥さんも、ここでは誰も美人とは言わないよ」
「やっぱり田舎ってかわいそうですね。美しいってことがわかんないんだ」
「いや、この島の土人も美しいってことはわかるよ。ただ好みが違うだけ。でもその好みだって、ずっと変わらないわけじゃない。その証拠に、お寺のお仏さんの姿を拝んでみなよ」
「三界六道の教主とか、南無大慈大悲釈迦牟尼如来とか、すごい仏様も、時代によっていろいろ姿が変わってる。仏様でさえそうなら、美人ってのも時代によって変わるはずだよ。都でもこれから500年か1000年か経ったら、この島の土人の女どころか、海外の女みたいに怖い顔がはやるかもしれないよ」
「そんなことないですよ。日本人の顔はいつの時代も日本人の顔でしょ」
「でもその日本人の顔も、時と場合によっては当てにならないよ。今の上臈の顔ってみんな中国の仏像そっくりでしょ? これは都人の顔の好みが、中国に影響されてるってことじゃないの? すると何代か後には、青い目の胡人の女の顔に夢中になってるかもしれないよ」
「変わらないのは顔だけじゃないですよ。心も昔のままです」

原文 (会話文抽出)

「あれが少将の北の方じゃぞ。」
「北の方と申しますと、――成経様はあの女と、夫婦になっていらしったのですか?」
「抱いていた児も少将の胤じゃよ。」
「なるほど、そう伺って見れば、こう云う辺土にも似合わない、美しい顔をして居りました。」
「何、美しい顔をしていた? 美しい顔とはどう云う顔じゃ?」
「まあ、眼の細い、頬のふくらんだ、鼻の余り高くない、おっとりした顔かと思いますが、――」
「それもやはり都の好みじゃ。この島ではまず眼の大きい、頬のどこかほっそりした、鼻も人よりは心もち高い、きりりした顔が尊まれる。そのために今の女なぞも、ここでは誰も美しいとは云わぬ。」
「やはり土人の悲しさには、美しいと云う事を知らないのですね。そうするとこの島の土人たちは、都の上臈を見せてやっても、皆醜いと笑いますかしら?」
「いや、美しいと云う事は、この島の土人も知らぬではない。ただ好みが違っているのじゃ。しかし好みと云うものも、万代不変とは請合われぬ。その証拠には御寺御寺の、御仏の御姿を拝むが好い。三界六道の教主、十方最勝、光明無量、三学無碍、億億衆生引導の能化、南無大慈大悲釈迦牟尼如来も、三十二相八十種好の御姿は、時代ごとにいろいろ御変りになった。御仏でももしそうとすれば、如何かこれ美人と云う事も、時代ごとにやはり違う筈じゃ。都でもこの後五百年か、あるいはまた一千年か、とにかくその好みの変る時には、この島の土人の女どころか、南蛮北狄の女のように、凄まじい顔がはやるかも知れぬ。」
「まさかそんな事もありますまい。我国ぶりはいつの世にも、我国ぶりでいる筈ですから。」
「所がその我国ぶりも、時と場合では当てにならぬ。たとえば当世の上臈の顔は、唐朝の御仏に活写しじゃ。これは都人の顔の好みが、唐土になずんでいる証拠ではないか? すると人皇何代かの後には、碧眼の胡人の女の顔にも、うつつをぬかす時がないとは云われぬ。」
「変らぬのは御姿ばかりではない。御心もやはり昔のままだ。」


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